これから先へのプレゼント


 11月も半ばを過ぎた頃、もうすぐ荒井昭二の誕生日が来るというのに何をプレゼントしたら喜ぶのか検討も付かなかった新堂誠は少しでもヒントがつかめれば良いと思い、新聞部へと顔を出した。
 すでに三年は二年に引き継ぎをし受験勉強に備えている時期ではあるが、面倒見のいい日野貞夫は当然のように部室で下級生の書いた記事の下読みをしている。隣には日野に頼まれたのか、かつての部長である朝比奈慎也も添削などをしていた。
「ん、珍しいな新堂じゃないか。新聞部に何か用か? 生憎、坂上も倉田も今は取材に出ていていないんだが……」
「いや、日野に聞きたいことがあってよ。たいした事じゃないからそのままで聞いてくれよ」
 新堂は近くにあったパイプ椅子を広げて腰掛けると腕を組み目を閉じて考えるような仕草を見せてから言った。
「なぁ、誕生日プレゼントってどういうモノが喜ばれるんだろうな」
 その言葉に真っ先に反応したのは隣にいた日野ではなく意外にも普段大人しそうに俯いて黙々と仕事をする朝比奈の方だった。
「誕生日プレゼントはね! 何が喜ぶかとかは一回おいておいて、相手の希望はそれとなくでも聞いておいたほうが絶対にいいよ。下手なサプライズとか奇をてらった演出で喜ばそうとか、驚かそうなんて自分の希望はいったん捨てて冷静になるんだ。いいね!」
「お、おう……朝比奈?」
「会話の流れで自然にこっちの予算を伝えてさ。普段使いできるものがいいのか、ぬいぐるみみたいに部屋においておけるものがいいのか、相手がどんなモノを欲しいのか具体的にはわからなくても、小物系か人形系か、どんなジャンルの品物が欲しいのかくらいは最低おさえておかないと失敗しやすいから注意して! 特にアクセサリとかコスメだったら絶対に本人が欲しいものを間違えずに買うんだ、何ならそういうのは本人と一緒に買った方がいいからね!」
「お、おう、わ……わかった……って日野、朝比奈ってこんな喋るやつなのか?」
「……わからん、俺もこんな朝比奈は初めて見た」
 まるでスイッチが入ったように能弁に語る朝比奈を前に、新堂も日野もつい気圧されする。朝比奈は日野とは仲が良いが新堂とはそれほど面識がある訳でもなく、むしろ新堂のことを怖がっているような素振りが見えたからここまで饒舌に話すと思っていなかったのだ。
 驚く新堂と日野を横目に、朝比奈はなお熱弁をふるった。
「もしプレゼントに予算より安いものをねだられたのだとしたら、デートの後に渡すのがオススメだよ。映画館でも遊園地でも食事でもして、その後スマートにプレゼントを渡すんだ。誕生日にはプレゼントの他に特別な時間を準備するのって大事だから、そういうのは喜ばれると思うよ。最も、外に出るのが好きな相手だってのが絶対条件だけどね。ほら、家でゆっくり二人で過ごす方が特別感があるって子もいるから、そのあたりもちゃんとリサーチして」
「あ、あぁ……わかった、ありがとうな……」
「そうそう、プレゼントはいらないから普段はいけないようなテーマパークに行きたい、なんて子もいるから、何が欲しいのかってのは絶対に聞いてからのほうが失敗しないよ! 何が喜ぶんだろうなーなんて考えているならまず聞いたほうがいいって!」
 普段大人しい朝比奈がこの時とばかりにグイグイとくるものだから流石の新堂もただ「おぉ」と「あぁ」しか言えなくなる。そんな彼に日野はふと思いついたように囁いた。
「朝比奈はな、あんなナリをしてるがけっこうモテるんだが……」
 日野いわく、朝比奈は大人しく控えめな性格のわりにかわいらしい顔立ちをしているのもあり「優しそう」「尽くしてくれそう」といった印象を抱いた女性から絶えず告白され彼女が途切れた事のない程度にはモテているのだそうだ。だが、顔と外見に引き寄せられた女性たちはしばらく付き合っていると優柔不断で押しの弱い面がどうしても目についてしまうようで、一週間もしないうちに「つまらない人」とと思われフられてしまうことが殆どなのだという。(最も、これは朝比奈がふだんから日野のお膳立てもあり本人の実力以上に目立ってしまっている、というのも責任の一因かもしれないが)
 それでも女の子の誕生日はこの3年で幾度も経験し、彼女たちの注文を逐一覚えておくくらいの甲斐性はあったのだろう。朝比奈の言葉には妙な説得力があった。
「女の子ならサプライズが好きなんてうたい文句で周囲を煽るような雑誌もあるけど実際プレゼントでもらえるなら実用品とか普段ではちょっと手の届かないブランド品の小物とか、そういうのが嬉しがる子も多いんだ。驚かせることと喜ばせることは別だから、ちゃんと話し合って決めた方が断然いいからね」
「ふーむ、確かに女子がつかうコスメは見た目やパッケージも充分に可愛いからな。いい所のブランド品だといい値段もするしプレゼントには良さそうに思えるけどなぁ」
 腕を組み考える日野の肩を掴むと、朝比奈は大げさなくらいに首を振ってみせた。
「そう思うだろ日野。でもそれは罠なんだよねー、女の子ってほんの少しの色味が違うのとか、ラメが入ってる、入ってないとかそういうのもすっごい気にするし、メイクによっては肌質があわないと全然使ってもらえないから、単純にブランドだからで喜ばれるってものでもないんだよ」
「だとすると、服とか靴とか……小物系が安パイって事か?」
 新堂の問いかけに、朝比奈は再び大きく首をふる。男にしてはやや長い髪が軽く揺れた。
「それもダメ、安パイに見えて結構地雷になるやつ。いや、僕らの可愛いな、似合いそうだなって服とか小物と相手の子が好きだな、可愛いなって思う小物とかってかなり違うし、サイズも同じSサイズ、Mサイズであっても実際に試着してみないと会わない所があったりするんだよ。ほら、量産品だと手の長さとか肩まわりとか若干サイズ違う個とがあるからね。だから、へんにサプライズしないで堂々と『誕生日、何が欲しい』って聞いた方がいいって。もー、僕なんて『あれやだ』で買い直したこともあるし『サイズが違う』で激怒された事もあるし『センスない』でフラれた事もあるんだから……」
 朝比奈は悲しそうな顔をし長くため息をつく。彼女が途切れた事のない朝比奈は同時に長続きしたこともなくフラれた回数も多いためその言葉には鉛のように重かった。
「つまり、朝比奈は相手にちゃんと欲しいものを聞いた方がいいって事だな」
 日野がなだめるように背中をさすってやれば朝比奈は泣きそうな顔を押さえながら頷く。
「そう、そうだよ。例えサプライズが好きってタイプでもね、サプライズででっかいぬいぐるみとかもらってもどこに置くんだーってキレるもんなんだよ。だからサプライズで何かプレゼントするなら本命のプレゼントとは別に、ちょっとした花束とかを手渡すとかでいいんじゃないかな、花ならあっても怒らないし枯れてなくなれば捨てられるだろ? そうじゃない限りサプライズとかは絶対やめておいたほうがいいよ。やっぱ相手の欲しいものが長く使ってもらえるだろうしね、わかったね、新堂……」
「お、おう……すげぇ参考になったぜ、ちゃんと聞いてから買うことにするわ……ありがとうな、朝比奈」
 かくして新堂は想像してなかったほど熱意あるアドバイスを得た上で、プレゼントを喜んでもらいたいなら相手の意見を聞いた方が絶対にいい、という重い教訓を託され荒井を呼び出すことにした。善は急げではないが誕生日まで期日は迫っている、話は早いほうがいいだろう。そう思い事前に「誕生日プレゼントで欲しいものがあったら教えておいてくれ。今日からしばらく昼休みは教室棟の屋上にいるからツラ出せよな」と丁重なメッセージを送ったところメッセージを送った当日に荒井は屋上までやってきたのだ。
「おっす」
 片手を上げ声をかければ荒井は億劫そうに小さく頭を下げる。
 鳴神学園は屋上から飛び降りた生徒の噂が後を絶たないにもかかわらず屋上の出入りは禁止されていなかったのだが屋上まで行くのにかなり長い廊下と階段を経由しなければいけないのと、やれ人死にが出た、自殺者の幽霊が出るといった恐ろしい噂が多いのもあり立ち入るものはほとんどいなかった。秋も深まり外の気温が随分とさがってきた今の時期は尚更誰も来たがらず、木枯らしが吹きすさぶ屋上には新堂と荒井のほか人の姿はない。
 荒井は新堂の隣に腰掛けると暫く考えたような素振りを見せてから口を開いた。
「覚えてたんですね、僕の誕生日」
「あたりまえだろ? 一応、俺の誕生日にもプレゼントもらってるしな」
 新堂の鞄にはスポーツ用のサングラスが入っている。日差しが強い時でもランニングがしやすいようにと荒井がくれたものであり以前から欲しいとは思っていたが値段が高くて手が出なかったものだ。突然のプレゼントに驚いたもののこちらの欲しいものであり欲しいデザインだったのは荒井が普段からよっぽどこちらを良く観察しているからだろう。 荒井の目聡さは他の連中と比べて群を抜いておりそれはもはや執着と呼ぶべき領域であった。
 だが生憎新堂はそこまで察しの良い方ではない上、荒井という人間は自分の本心を隠す傾向がある上多趣味でもあるため見ているだけで何が欲しいかは想像できなかった。
 最初は同じくらいの値段で荒井が普段使いするようなものをプレゼントしようと考えていたが朝比奈の意見を聞き、直接何が欲しいのか確認したほうがいいと考え直したのだ。
「それは別に良いんですよ、僕があったほうが良いだろうと思ってプレゼントしたのでお返しなどは別に考えてませんでしたから」
 荒井は目を伏せながら小声で言う。それは怒っているというより照れているように見えた。
「だったら俺だっていっしょだ。俺だってお前に何かしてやりてぇんだよ。ましてや誕生日だもんな。で、ここに来るって事は何かしら欲しいものがあるのか? 先に言っておくが、あんまり高ェもんはやめてくれよ」
 新堂は普段から金銭面でルーズな所があるため常に金欠ではあるのだが、それでも荒井からプレゼントをもらってからは少ないなりに貯金をしていた。もらったプレゼントと同じくらいの品なら返せる程度の金額は準備しているからよっぽど無理を言われない限りは大丈夫だろう。これは新堂が借りを作りっぱなしというのは落ち着かないという性分なのも多少はあった。
 新堂のことばに、荒井はすこし考えるような素振りを見せる。現実的で合理的な荒井なら万年筆や時計のような実用品を望むのだろうか。
 漠然とそんな予想をしていた新堂にとって荒井の提案は意外なものだった。
「それなら、ピアスを買ってくれませんか。貴方から見て僕に似合いそうなものが欲しいです」
「ピアス? ピアスだって?」
 新堂は思わず荒井の耳たぶに触れる。荒井は校則を破るような真似をするタイプではなく、当然校則違反であるピアスの穴など開けてないからだ。 触れてみて実際、まだピアスの穴は開いてない。
「おまえ穴開いてないだろ? どうするんだピアスなんて……」
 驚きの声をあげながら耳たぶをもむ新堂に荒井はくすぐったそうに笑う。
「まだ開けてませんけど、卒業したら開けてみたいと思っているんですよ。どうです? ……案外似合うと思いませんか?」
 荒井の言葉で、新堂は自然とピアスをつけた姿を想像していた。元々顔立ちは綺麗なのだから何をしても似合うだろうが細身で小柄な荒井が見た目にそぐわぬ無骨なピアスが案外と似合うのではないだろうか。いや、それならピアスより手軽なイヤーカフを付けさせてみたい気持ちもある。きっとよく見たら付けているとわかるものより遠目から見てもはっきりピアスをしているのがわかる存在感がある方が似合う気がしたし、その方が自分がプレゼントしたものだというのがはっきりわかるのも良いと思った。
 荒井が自分のプレゼントしたものを身につけているという実感も沸く方が当然嬉しい。
「……自分がプレゼントしたものを身につけてくれる、って想像するだけで嬉しいんじゃないですか」
 新堂の気持ちを見透かしたかのように笑うと荒井は彼の顔をのぞき込む。
「どうです? 自分がプレゼントをしたものをつける姿、想像しただけで楽しいでしょう。まるで貴方が僕の所有者になったような心持ちになって……」
「なぁっ、何言ってんだよ……」
「僕は、そうですよ。貴方が僕のプレゼントしたサングラスを使っている時、僕はすこし喜ばしいんです。僕を傍に置いてくれているようですし、ちゃんと僕のモノでいてくれるようですからね」
 そして耳に触れる新堂と手を重ねると妖しい視線を注ぐ。それは毒のように甘美な言葉で新堂の脳髄を揺さぶった。
「だから新堂さん、一緒に僕のピアスを選んでくれませんか。男のピアスならそれほど流行り廃りもありませんよね」
「そうだけど、卒業までピアスの穴開けないつもりかよ。校則違反で怒られたりするのはおまえの性分じゃないだろ」
「はい、ですから……卒業したら、あなたが僕の耳にピアスホールを開けてもらいたいんです。僕はそれを楽しみにして、貴方からのプレゼントを大切にしておきますから……」
 新堂が卒業するまであと半年もないが一つ年下の荒井が卒業する日となれば随分と先の事のように思える。
 それまでにいくつピアスを買ってやれるだろう。誕生日だけでなくとも機会があればピアスを買い卒業した後自分の手で荒井の耳に穴を開ける事が出来るのならそれはきっと面白い。
「悪くねぇな……こんどカタログでも見るか? 俺が行く店を紹介してもいいけどよ」
「どちらでもいいですよ。貴方が好きにしてくれるなら、僕はそれでいい」
 楽しそうに笑う荒井の身体を自然と抱きしめ、新堂はその耳たぶに触れる。もしこの耳に自分の選んだピアスをつけるための穴を開ける事ができるのなら、その独占欲と支配欲はどれだけ昂ぶり満たされるのだろう。
 そう思っている事実に、新堂は知らぬうちに随分と荒井に支配されているのだという事に気付く。
 だがきっとそれは、幸福な支配なのだろう。