よぉ、坂上じゃ無ぇか。 俺が新聞部に来てるのが珍しいか?
ンまぁ当然だよな、こんなクソ暑くて汚ェ部室になんかわざわざ来る用なんてねぇ。
だがちょっと日野と話したい事があって来たんだが……今はいないのか。
何処行った? すぐ戻るのか?
何だ、今日は他の新聞部と取材に出てるから部室には戻ってこないかもしれないのか。
そうだよな、あいつだって副部長だ、結構忙しいもんなァ。
で、お前は何だ? 留守番か?
……なるほど、web新聞のコラムを書くよう言われたから下書きしてんのか。
思ったより真面目に部活動してんだな、偉いもんだ。
そうだな……むしろ日野よりもお前の方がいいか。
よし、坂上少し話を聞いてくれ。
そう身構えんじゃ無ェよ、心配すんな、怖ェ話じゃ無ぇ。
恋愛相談……ってヤツになるのか?
いや、俺の話じゃねぇ、ダチが困ってるから聞いてほしいんだ。
相談されたはいいが、いかんせん俺はそういった色恋沙汰には詳しくなくてな。
細々した部分には気付かないこともあるってのは、自分だってわかってんだよ。
ボクシング部でも愛だの恋だのといった話をチャラチャラする奴はいねぇし、俺のダチともそんな話には滅多にならねぇ。そういう関係になる相手も周囲にはいねぇしな。
その点、テメェだったら俺とは違って色々な奴に話を聞いてるだろ。
曲がりなりにも新聞部だ、取材やレポートなんかで他の生徒にも声かけてんだもんな?
なに、別によく分からなかったらそれでいいんだ。
俺だってよく分からないから上手いこと言えなかった訳だし、ただ聞いてくれるだけでもこっちも気が楽になる。
だからそう肩肘張らず気楽に構えてくれや。
そいつは別にモテないって訳じゃ無ェんだが少しばかり気が回らない所があるんだろうな。 女と付き合っても長続きはしねぇようなヤツで、未だに恋人らしい恋人がいた事のねぇ奴だ。
女の方から近づいてくるタイプでも無ぇし、そいつも好んで女のケツを追いかけるタイプでも無ぇ。
どちらかというとそうだな、ダチと連んで趣味のバイクをいじったり、身体をうごかして遊んでる方が楽しいって性分だったから、別にモテなくても気にしてなかったんだよ。
高校ではずっと部活に力を入れていたから女遊びする暇なんざ無かったしな。
あぁ、そいつは運動部でな。
お前も知ってるだろうが鳴神学園の運動部はレベルが高ぇんだよ。
もちろん、中には野球部みたいに部員全員が幽霊部員みたいなやる気のねぇ部もあるが、サッカー部は強豪だしバレーやバスケも県大会の常連だ。
運動部に力が入っているってのは、新聞部の部室と運動部の部室を比べて見ても分かンだろ?
新聞部はこんなクソ暑い部屋で扇風機もない中、窓を開けて記事を書いてるんだもんな。
ひでぇもんだぜ、ボクシング部にだって空調くらいあるからな。
だが運動部は当然、練習は厳しいんだ。
授業が終わったらみっちり部活で結構ハードな練習を放課後みっちりやってるんだ。
家に帰ったらもう、飯食ったらすぐ疲れてダウンなんて日はザラにあるんだぜ。
とはいえ、学生の本分は勉強だろ?
朝練が辛くて授業で寝ていて赤点なんてなったら本末転倒だ。
だから最近は朝練をせず効率的なメニューを組んで体力を使い果たさないようコンディションを整えるようメニュー調整するのが普通になってきてるんだよな。
ボクシング部も最近は無理な朝練をやらないよう指導してるし、花形のサッカー部だって一軍選手はコンディションを崩さないよう、やっても軽いストレッチくらいに抑えたりしてるんだぜ。
サッカー部に関しては、下手に猛特訓をして花形選手を怪我させたらいけないなんて事情もあるんだろうけどな。
けどよ、中学時代からスポーツや格闘技で散々と身体を慣らしてきた上努力や根性なんて言葉ばっかり聞かされてたようなヤツが急に朝練やめろって言われてもやめられるかよ、なぁ?
そいつは古い精神論が骨の髄まで染みついててな、朝練が中止になった後も早起きして学校に来てトレーニングしてんだよ。
早起きは意識的にしてるんじゃなく、もう日課になって身体に染みついてる訳だし。
他の生徒でぎゅうぎゅう詰めになった電車に乗るより、早朝で人の少ない電車に乗った方が気分がいいってのもあったしな。
学校も自主練までは禁止してなかったから、勝手に来て好きにやるぶんは目こぼししてくれてた。
それに、自主練だったらそいつも無理はしねぇ。
普通より早く家を出て1時間程度トレーニングをして、それから遅刻しないよう部室でダラけて授業に行くんだ。
運動部は部室にクーラーおいてある場所多いからな。朝練ついでにクーラーでたっぷり涼みつつ軽く朝寝して授業に出る……。
朝早く誰もいない通学路を一人、ランニングしながら練習場まで行って軽く汗を流したらクーラーの恩恵を一人で受けるのも、結構気持ちいいもんだしな。
でだ、そいつにはダチが一人いた。
いや、ダチと言うほど親しい訳では無ェし、それほど話をする訳でもねぇ。
知り合ってからも日が浅いし、年も一つ下だからダチと言うほど深い付き合いとは言えなかったかもしれねぇな。
だが、ただの顔見知りとか知り合いって言うよりはもう少し踏み込んだくらいの関係だ。
そうだな、ちょうど今のテメェと俺くらいの関係か。
テメェにとって俺はダチって呼べるほど仲が良いような気はしねぇだろ?
俺は先輩だし話す機会も少ねぇ。だけどこうして顔を合わせればよくも知らねぇクラスメイトよりは気軽に話せるんじゃ無ぇか。
テメェはそう思って無ぇかもしれねぇが、少なくとも俺はそう思ってるぜ。だからこそこんな話をお前に聞かせてるんだ。
他人というほど遠くはない、だけどダチというには少し距離のあるお前だからこそわかる事もあるだろうし、できる話もあるって訳だな。
まぁ、そいつとはとにかくその位の付き合いだった訳だ。
知り合ってから一ヶ月程度しか経ってねぇそいつとは、特に趣味が合う訳でもなかった。
そいつは見るからにインドア派って奴でな。
外に出かけるなら家で一日読書でもするか映画を見るかそういった時間の方が有意義だと思ってそうなやつだったよ。
体力はあるようだがスポーツが得意って訳じゃねぇ。
話す事も小難しいことばかりなんだが、話すのは結構上手くてな。 興味がないような話や面倒くさそうな内容でも妙に上手く話すもんだから、ソイツがそれまで気にしてなかったような世界のこともあれこれ聞かせてくるんだよ。
見た目は真面目そうだし、実際に頭もいいんじゃ無ぇのか?
だがその割に学校をサボるのは日常茶飯事でな。時々学校行くのが億劫になってゲームセンターなんかで時間潰してると、そいつも同じように暇つぶしでゲームなんかしてんだよ。
優等生なのにいいのか、って言えばコッチが思っているほど優等生ではないなんて言ってな。
二人して連れ立って学校サボった日も一度や二度じゃ無かったと思うぜ。
ははッ、見た目だけならチンピラが真面目な後輩を脅して無理矢理連れ歩いてるようにしか見えなかっただろうけどな。
だが別に無理矢理捕まえて引っ張らずとも、ソイツは俺がいると向こうからよく近づいて話しかけたりしてきたんだ。
だからコッチもそこまで嫌ってるって訳でも無ェんだろうと思ってたぜ。
そいつは後輩のくせに俺にもズケズケと物を言うし意見もする。そういう所は気に入ってたし、アイツからすれば俺なんか運動しか取り柄のない奴にしか見えないだろうに俺の話も聞いてたしな。
だからソイツの事は別に嫌いじゃ無ぇ。
ダチと言うには付き合いが浅ェとは思うんだが、一緒にいて下らない話しなんざしている時は十年来の知り合いみたいに妙に気があって、話してて楽しかったんだよ。
だがやっぱりダチというのとは少し違うんだよな。
具体的に何が違うってのは分からねぇんだが、他の連中とは少し違うんだ。
何が違うかまではわからねぇんだが、特別なんだといえば確かにそうだと思えるような距離感なんだよ。
しかもソイツは何を考えているかは分からねぇんだよな。
普段から表情を変えるような事はねぇし、話していても淡々としてて、コッチの事をどう思ってるのかもわからねェんだよ。
ダチだとは思ってねぇだろ。
学校では1年歳が違うだけで先輩と後輩っていう埋めらねぇような溝ってのがあるもんな。
テメェだって俺をダチだとは思えないだろ?
どちらかといえば「頼りになる優しい先輩」ってトコか。
……おい、何で苦笑いしてんだよ。
俺は頼りになる柴犬が大好きな優しいお兄さんだろ?
よし、わかればいいんだ。困った時は呼べよ。殴り合いで解決する事だったらいつでも力を貸してやるからな。
で……まぁ、ソイツは何を考えてるか分からねぇままよく連むようになってた。
時々朝練を終えて休んでる所に現れて「そろそろ出ないと遅刻ですよ」なんて声をかけたりしてな。 一限出るのが億劫になったらそのまま部室でサボる時もあるんだが、そういう時はそいつも一緒になってサボるんだ。
それで他愛もない話をしたり、そのまま授業をフケて映画見に行ったりはするから別段嫌われてる訳じゃ無ェんだろ。
かといって滅茶苦茶に好かれてるって感じもしねぇんだよ。
坂上は日野の事が好きだろ?
……違ェよ、別にそういう意味じゃねぇ。先輩として尊敬してるし信頼してンだろ?
倉田とかもそうだよな。
テメェとか倉田を見てると日野や朝比奈がよく後輩に慕われてるってのがわかるぜ。いつもニコニコしてあいつらの周囲を追いかけてるだろ?
そういう態度なら「あぁ、こいつに好かれてるな」って気持ちにもなるし、コッチも可愛がってやるって気にもなるんだ。
だがソイツはそういう訳じゃねぇ。
一緒にいて楽しそうな顔をするって訳でもねぇし、話す事もコッチが興味ありそうな事ばかりでもねぇ。
ふと思い立った話を訥々としていくって感じで、どうにも捉えどころがねぇんだよ。
だから、俺はソイツの事を気にかけてるし嫌いって訳でもねぇんだが、ソイツが俺をどう思っているかは全然わからねぇんだ。
でもよ、別にそれでもよかったんだ。
ソイツが俺の事をどう思おうともそれほど重大な事じゃねぇ。アイツがこっちに来た時に適当な話で盛り上がるならそれで充分だったからな。
だから朝練をした後いつものように空調が効いた部室でごろ寝している時、あいつが近づいてきたのに気付いても気にはしなかったんだよ。
時々姿を現して「そろそろ遅刻ですよ」と声をかけたり「今日は映画でも見に行きませんか」なんて声をかけたりする事が珍しくなくなってたからな。
ただその日はちょっとバテていて、起き上がるのも億劫でな。寝たふりをしてたといえば感じ悪ィヤツだと思われるだろうが、半ば寝てはいたんだ。
ここの所毎日のように一人で朝練をしていたから疲れもあったんだろうな。
そうしたらソイツはこっちが寝ているのに気付いて、最初は近くに座って様子を見ていた。 起きたら声をかけようとでも思ったんだろうな。
それから何度か声をかけて、身体を軽く揺さぶったりした。
朝のHRが近くなってきたからそろそろ起きないと遅刻すると声をかけようと思ったのかもしれねぇ。
最もその時は本当に疲れてたからこのまま一寝してから授業に出るつもりではあったんだがな。
揺らしても声をかけても起きないのを見て、ソイツは立ち上がった。
きっとコッチを起こすのは諦めて教室に行くんだろうなと思いながら疲れた身体を投げ出していたら、ソイツはこっちに近づいてくるんだよ。
何か用があるのか?
それとも寝たふりしているのがバレてんのか?
まぁどうでもいいと思っているうちにな……。
……キスされたんだよ。
寝たふりしてるし、少なくとも向こうは寝てると思ってたんだろ?
だからキスなんかしてきたんだろうが、コッチはもうパニックさ。
確かにただのダチじゃねぇ。知り合いというほど浅い付き合いでもねぇ。
けどよォ……キスして愛を語らったり囁いたりする関係かっていうと、そうでも無ェだろ?
はぁ? そいつは美人なのかって?
……まぁ、美人だろうな。
同じ年頃の連中と比べれば少し落ち着いてるくらいだが顔立ちは整ってるし、美人といって差し支えは無ェだろうさ。
ただどこか陰気なヤツだからよ……美人だってのもよく見なきゃわからねぇし、誰からも好かれるってタイプでも無ぇよ。
ほら、福沢だってすげぇ美人って訳じゃねぇけど明るいし華があるから可愛く思えるだろ? 倉田もそうだ、愛嬌があって犬みたいにキャンキャンと絡みついてくるからかわいげある。
そういった積極的な奴らと比べれば対照的だよな。
背丈は? 髪型は?
俺の話じゃ無ぇからそんな詳しい事は知る訳ねぇだろ……髪はそんなに長くねぇし背も高くねぇよ。むしろ小柄だし華奢だろうな。 本気出して腕を握ったら骨が折れるんじゃ無ェかと思った事すらあるぜ。
そいつはキスだけすると何も言わないで出て行った。
それだけなんだ。
それだけなんだがな……。
悩みってのはその先だ。
それから、ソイツと話してねぇんだよ。意図的に避けてるのか避けられてるのかわかんねぇんだが、もう一週間は顔を見てねぇ。
学校には来てるみたいだが、俺が来ると逃げてるのか姿を見せないし以前はよく顔を見せてた部室にも来なくなった。
病気や怪我をしてないのはいいんだが、こうなるとアイツが何を考えてんのかますますわからなくなるんだよ。
……こういう時、お前だったらどうする、坂上?
俺は……よくわからねぇから、答えが出せねぇんだ。
……はぁ!? 何だテメェ、俺が思ったより真面目なヤツだって言うのか?
チッ……色恋沙汰に興味が無いって訳じゃねぇんだが、縁は無かったからな。こういった話はニガテなんだよ。
テメェはどうだよ……いや、テメェは思ったよりモテるんだよな。
どうなんだ、モテるお前だったらこういう時どうする。
……なるほどな。
まず、自分自身がどうしたいのか。ソイツとどうなりたいのかを……考えてみる、か。
俺は以前みたいに普通に話したりしていれば良かったんだが……。
……そういう風にはもうなれねぇよな。
そうなれば、もう縁が無かったと離れた方が気が楽か?
でもよォ、あいつと話すのは楽しかったんだよな。
朝練なんかキツくて辛ぇ事も続けられたのはアイツが時々見に来たからなんだ。
最初は真面目にやってたんだが、思ったが一人でやるのはやっぱり辛ぇ。すぐにやめちまおうと思った時、あいつが偶然それを見て話すようになったからな。
二人で話している時は……楽しかったよな、まぁ。
さっきも言ったがアイツは話すのが上手ェし、俺みたいなヤツにも分かりやすく話してくれる。それに俺の話す事も結構聞いてくれんだよ。時々呆れる事もあるが頭っから聞かないって態度はとらねぇんだ。
俺みたいなナリだとな、見るからに女遊びか荒事自慢しかないんだろうってろくすっぽ話も聞かないヤツが多いからよ。ただ話を聞いてくれるってだけでも結構助かってた所ってあるんだぜ。
あれからソイツとは会ってねぇとは言ったが、本気で探してねぇってのもそうなんだ。
顔を合わせたら何を話していいかわからねぇし、全部夢だったらどれだけ気が楽だろうなんて考えてる自分がいるんだよ。
こんな曖昧なままじゃ、ソイツを見つけたところでまともに話せるかも自信ねぇしな。
それなら自分がどうしたいか決めるべきだってのは確かにそうだ。
だがなァ……俺は……。
俺自身が本当にどうしたいのかとか、どう思ってるのかなんてよくわからねぇんだよなぁ。
……執着、か。
そうだな、アイツに執着をしてないといえばそりゃ嘘だ。あれから少なからず意識しているのは当然だが、その前から多少の愛着みたいなのはあったもんな。
じゃ無ェとそんなにタイプの違うヤツと連んだりするかって。
もし友情よりも執着が勝っているのならそれは愛情に近いんだってなら……。
……俺の気持ちもそういうモノなのかもしれねぇな。
あー、少しすっきりしたぜ。
悪ィな、坂上。 日野に話すよりお前の方が良かったかもしれねぇな。
あぁ……何だかんだいって、自分の中でそれを認めたくないだけだったのかもしれねぇ。
それを認めちまうと自分が異常なんじゃないかと思ってたんだけどよ……お前からすると、そうでも無ぇみたいだしな。
さて、少し本気でアイツを探してみるとするか……。
……屋上で見た?
テメェ、あいつが何処にいるのか知ってるのか。いや、そもそも名前言ってなかったよな俺は。
はぁ? 言わなくても分かる?
あー、そうかよそうかよ。お前って鈍くせぇ癖に目聡いんだな。
でも一応はこれは他人の話だ。 テメェも他言は無用だぜ。
じゃ、行ってくるわ。
おう、坂上。
今度は礼に何かおごってやるぜ。美味いパフェの店知ってっから、甘ェもんが好きなら一緒に行こうぜ。
はぁ? その時上手くいってたら、ソイツも一緒につれてきてほしい?
わかったよ、じゃ、そうなるように祈っててくれや。