赤裸々な秘匿

 心地よい疲労に身を包まれたまま荒井昭二が目を覚ますと隣に寄り添っていた新堂誠は荒井の髪を撫でながら笑っていた。
「おう、何だもう起きたのか?」
 どこか呆けた頭を精一杯に動かして周囲の様子を窺えば時間は午前零時を過ぎた頃合いになる。 新堂はすでに服を着ていたが薄手のタオルケット一枚かけられた荒井はまだ裸のままだ。
 その様子から荒井は自分が意識を手放す前に新堂に何をされたのかを思い出し顔が赤くなっていくのに気付いた。
 両親がいないからと新堂を部屋に誘い自然とベッドへ入ったのが夕食を終えてすぐだったはずだが、それからすぐに抱き潰されて一時間以上は眠っていたか気を失っていたことになる。
「すいません、新堂さん。また僕が先に……」
 辺りを見ればシーツなどは一通り変えてある。身体も綺麗になっていたから汚れた所は拭いてくれたのだろう。粗雑に見える新堂は見た目通り粗野で何をやらせても大雑把ではあるのだが事後のケアに関しては荒井が思っていた以上に気遣ってくれていた。正直なところもっと雑に捨て置かれ気が向いた時にだけ乱暴に抱かれるのではないかと想像していたのでこれは嬉しい誤算である。
「謝るのはコッチだっての。いつも悪ィな……もっと優しくしてやりてェんだがどうも最中には歯止めがきかなくなっちまってダメだな」
 新堂は苦笑いしながら荒井の首筋を撫でる。そこには新堂の残した噛み痕がくっきりと残っていた。
 新堂は耐え難いほど心地よさを覚えた時に強く噛みつく癖がある。獣のように衝動的に噛みついて来るのは彼が感情を自制しきれない幼児性の表れだろう。
 噛みつく事で心地よさを覚えその快楽を得るため相手の痛みより自らの快楽を優先させるような人間は子供っぽく負けず嫌いなのだという話を荒井は何となく思い出していた。
 だがそれで言えば荒井にもひどい噛み癖があるのだからお互い様だろう。
 新堂の腕に幾つも荒井の噛み跡が残っているのは膝立ちのまま新堂にホールドされ深く突き上げられた歓喜に耐えかねての行動なのだ。
 つまるところ、荒井もまた負けず嫌いの子供なのだ。
  荒井は新堂の腕に残した自分の痕跡をなぞっていた。
「……すいません、また僕は貴方の身体を傷つけてしまいましたね。これでは練習に支障があるでしょう?」
 新堂はボクシング部の部長だ。これから大会もあるから練習を続ける上で明らかに人の噛んだ痕を晒す訳にはいくまい。咬傷は思ったより深い傷になる。治療の経過が悪ければ化膿だってするのだ。
 それでも新堂は気にした様子もなく笑っていた。
「すぐに消毒したから心配無ェよ。普段はバンテージ巻いてる場所だし、さして目立たねぇだろ。それよりお前の方がちょいっと目立つかもなァ」
 新堂はそう言いながら再び荒井の首筋を撫でる。確かにこの位置だとワイシャツを着てもその上から傷が見えるだろう。今の時期は水泳の授業だってあるのだからなおさらだ。
 それでなくとも男子高校生など下世話の塊のような性質があるものだ。妙な所に傷痕などを残していれば勘ぐられるのが当然だろう。
「別にいいですよ、元々隠すつもりもありませんし言いたい奴には言わせておけばいいんです」
 だが荒井はさして気にする素振りもなく自ら傷痕に触れていた。実際にさして気にしていなかったし見られて何を言われようが構わないと思っていたのは本音だ。
 元々あまり好んで学校に来るタイプでもなかったのもあるし、荒井が友人と認めた相手なら下らない噂に惑わされるような事もないと信じていたのもある。 自分の下世話な噂を流す連中など最初から興味がない相手なのだから好かれようが嫌われようが好奇の目で見られようが別にどうでもよかったのだ。
「おまえがそう言うならいいけどよ……んでも、2,3日は軟膏塗ってガーゼでもあてておけ。おまえの綺麗な首に傷を残したら流石に悪ィからな」
 新堂はこの傷を見られ何かを勘ぐられる事が気になるのか、それとも純粋に傷が深い事を気にしているのか荒井には判別つかなかった。
 荒井は新堂のことを愛しているしそれを誰かに知られても恥ずかしいとも思わないが新堂の方はまだそこまで踏み入って受け入れる事が出来ていないのを何とはなしに気付いていたからだ。
「やっぱり少し深ェな……今もうガーゼ貼っておくか。いいだろ、荒井」
 新堂は再度首筋の傷を確かめるとおもむろに立ち上がりテレビ台の下に置かれた救急箱を取り出す。 どうやら今回は本当に傷の深さを心配しているようだ。確かに噛んだ傷は深くなりやすい。新堂は犬歯がやけに尖っているからなおさら深い傷になるのだ。 きっと荒井が目を覚ましていない時から気にしていたのだろう。それだというのにかみ癖が直らないのだから仕方ない事だが。
「少しだけじっとしてろよ」
 慣れた様子で軟膏を塗り丁重にガーゼを当てる姿を見ながら、荒井はどこか呆けたまま聞いていた。
「新堂さん。あの……僕としていて、気持ちいいですか」
「はぁっ!? 何言ってんだお前、突然だな……」
 ガーゼをあて紙絆創膏を貼ろうとしていた新堂の手が止まる。荒井に注ぐ視線は驚きと戸惑いの色がうかがえたがすぐに頬を赤くすると頭を掻きはじめた。
「そりゃ、なぁ……抱いてつまんねー奴だったらわざわざ抱いたりしねぇだろ?」
「でも僕は……そこまで上手くないでしょう? ……口でも、手でもです。僕は今までそれだけで貴方をちゃんとイかせた事もありませんし……セックスを始めればいつも僕が先に果ててしまう。ちゃんと貴方も楽しんでもらえているのかは不安に……なります……」
 荒井は淡々と事実を告げているだけのつもりだったが新堂は耳まで赤くして荒井の肩へ触れると。
「もういい、もういいからやめてくれ荒井……恥ずかしいだろそんな……そんな事言われてもなぁ……」
 呻くようにつぶやいて、顔を真っ赤にしている。
 荒井も新堂に抱かれるまで身体の経験はなかったが新堂も荒井を抱くまで童貞だった。それだけではなくセックスに関する知識が中学生の保健体育知識で留まっている有様で前戯にしても愛撫にしてもするのもされるのも初めて、フェラチオという言葉さえ言うのも恥ずかしいといった純情さだったのだ。
 だから性を露骨に感じさせる話をされると恥ずかしさが先立ってしまうのだろう。そういった点で新堂はおどろくほど初心だったのだ。
「何赤くなってるんですか、僕にはもっとすごい事をしてるでしょう」
「それはそれだろ? いや、違うんだよ改めてそう普通に言われるとどんな顔していいかわかんねぇんだって」
「でも……僕が口でする時、くすぐったそうに笑いますよね? ……気持ちよさよりくすぐったさが勝っているんじゃないですか?」
 さらに迫るよう強く問いかければ新堂は顔を赤くしたまま深く長い息を吐いた。
「そうだなぁ……俺はお前としかした事が無ェから他と比べてるワケじゃ無ェけど……おまえが口でする時は気持ちいいというよりくすぐったい方が勝ってつい笑っちまうんだ。別に馬鹿にしてるワケじゃ無ェんだけどな」
「やっぱりそうなんですか……すいません。きちんと勉強してるつもりなんですが、どうしても動きが拙くて……」
「ま、仕方ないんじゃ無いか? おまえどっちかというと身体動かすより頭つかうタイプだろ? 慣れてもねぇ動きを覚えるまで時間がかかるのってのもあるからな」
 新堂はさして気にする様子もなく荒井を責める事もなかったが、それでも気が収まらなかったのは自分の拙さを痛感していたからだろう。
 先にも言った通り新堂の性知識は中学生の保健体育でぴったり止まっておりその手の本やAVといったものにもあまり触れてこなかった様子でセックスの時に具体的に何をするのか全く分かってないといった有様だった。それだというのに初めてした時から荒井の身体が持たなくなる程激しく抱き、その後も何度抱き潰されたか数えるのも億劫な程に上手く荒井の身体を覚えていったのだ。
 格闘技の心得があるからかそれとも動物的な本能でもあるというのか、新堂の攻めはいつも的確に快楽を与えていたし、以前気持ち良いと感じた場所をほとんど覚えており「確かここが好きだったよな」なんて笑いながら貫いてくるのだからたまったものじゃない。
 回数を重ねれば重ねるほど荒井は早く果てている実感があり、どんどん新堂を楽しませる余裕がなくなっていくのが現状だったのだ。
「わかってますよ。ですが……僕は最近、貴方に抱き潰されてばかりです。たまにはちゃんと貴方を気持ち良くさせたいので……」
 荒井は新堂の傍らへと座ると上目遣いになる。
「あの、少し練習をさせてください。口で……貴方は僕の気持ち良いところをよく覚えてくれてますよね。だから、僕も貴方の好きなところをもっと覚えたいんです。あぁ、勘違いしないでください。別に貴方へ献身したいといった愛情の類いではありません。これは僕のプライドの問題なんです」
 最後に余計なことを言わなければ可愛いおねだりだったろうが、プライドが許さないから練習したいというのはいかにも生意気に見えた事だろう。
「別にいいけどよ……それでまたお前の事抱きたくなっちまったら相手してくれるのか」
「勿論です。今度は貴方に抱き潰されないうちにちゃんと貴方をイかせてあげますよ」
 挑発的に笑いながら荒井は口づけをする。新堂はそんな荒井の首筋にまだ置いただけのガーゼを外すと自分の噛み傷の残る首筋を撫でてやった。
「テメェは本当に可愛く無ェなぁ……ま、その生意気な物言いとクソみてぇな性格、嫌いじゃないけどな」
 傷口に触れられ、ざわつく気持ちと抑えながら荒井は曖昧に笑う。
 こんな事、新堂だから言えるのだし新堂だから出来るのだ。愛しているから何だってしたいと思うし、努力したいとも思うのだが、それを自分から告げるのは気恥ずかしいし、何より新堂がまだ自身の気持ちに整理をつけてないうちから愛を告げるのは負けたような気持ちになり悔しいものだから。
「僕も貴方の顔と身体、嫌いじゃないですよ」
 わざとそんな事を言う。
 つまるところ、やはり荒井はまだ負けず嫌いの子供にすぎないのだった。