とある玩具メーカーの証言
お問い合わせ頂いた商品ですが、そのような商品の取り扱いはございません。
また、モニター募集中の開発商品なども、当社にはございません。
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容疑者・九頭見志郎の証言
こういう時何と言ったらいいんだろうなぁ……。
あっ、そうですね。
僕は、母親を殺しました。死体は今、キッチンにおいてあります。
血まみれのままじゃあんまりかなって思って、せめてベッドに寝かせてあげようかと思ったんですけど、死んだ母さんは結構重くって僕には無理だったもので床にそのまま置いてあります、すいません。
凶器はこれ、出刃包丁です。
口げんか……といっても、普段から口げんかは母が一方的に僕をなじる事が圧倒的に多いんですけどね。
あっ、もう母さんは死んだんだから「多かった」かな。
どうして殺したのかって言われると、卵スープが無かったからなんです。
卵スープ。えっと、フリーズドライの、お湯を入れると作れる……って、知ってますよね。
母さんは卵スープをごはんにかけて食べるのが好きでそれを朝食代わりにして仕事に行ってたから、うちでは切らす事がないんですよ。
だけど、今日はそれが無くて。
母さんは卵スープが無いのに酷く腹を立てて……いつも私が稼いでいるのに、買い物もろくに出来ないのか、とか。どうせたいして勉強も出来ないなら辞めてしまえ、学校だってタダじゃないんだとか。モノを投げながらそう叫んで、暴れて……何ていうんですかね、これ。ヒステリー……っていうんでしたっけ。
母さんが僕を怒鳴り散らして殴ったり蹴ったりするのは日常茶飯事だったんで同じアパートの人にもよく聞かれていたから、うちの母さんを見て「ヒステリーババア」なんて陰口を言う人が結構いたんで、母さんは多分それだったと思うんですよ。
ヒステリーってきっと自分の感情を抑制できないような病気のような状態の事なんですよね。だからあの時卵スープがないと言って母さんが暴れたのはただの切っ掛けに過ぎなくて、本当はいつだって母さんは切っ掛けさえあればいつでも叫び、罵り、暴れられるそんな時限爆弾のような人だったと思います。
暴れる母さんは僕に「役立たず」だとか「金食い虫」だとか「お前なんか産まなきゃよかった」だとか、いつもの言葉を口にしながら、手当たり次第のモノを投げてぶつけるんです。
こういう罵倒、子供である僕が聞いたらショックを受けて悲しんだりするのが普通なんですかね。僕は当たり前のように言われていたからすっかり慣れてしまって、あぁ、またいつものが始まったな。位にしか思わなかったんですけど。
それで牛乳パックやら、ペッパーミルやら、新聞紙、雑誌、化粧品、飲みかけのウイスキーの瓶なんて手当たり次第投げて、投げて、投げて、投げて。
投げるものがなくなると今度は殴る、蹴る。そうして僕が何も喋れなくなって蹲るまで暴力を続ける事が一つのルーチンになってましたから、多分今日じゃなくてもいつか僕は母さんを殺していたか、僕が母さんに殺されていたかしたんですよ。
何となくですが、そんな気がします。
ただ今日は、電気ポットを投げられて、雑誌を投げられて、飲みかけの酒瓶を投げられて、出刃包丁を投げられた時、本当に殺されると思ってしまって。
あぁ、でも僕はそれでも母さんを殺すのなら、こっちが殺された方がまだ楽かなぁって思っていたんですけどね。
ただ、出刃包丁が手元に刺さった時、確かに聞こえたんですよ。
「ただいま、百舌鳥木さんが母親を殺害している確率は100%です」
って。
それを聞いたら、百舌鳥木さんも母親の横行に耐えかねて殺してしまったというのなら、僕も殺してもいいかなぁって。
そう思えてきて、向ってくる母親を包丁で突き刺したんです。
刺された瞬間、母さんは虚を突かれたような顔をしていましたよ。キョトンとした顔。鳩が豆鉄砲を食ったような顔とでも言うんでしょうか。
今まで僕は母さんに逆らった事はなくて……小さい頃は反発したんですけど、暴力と罵倒で何度もねじ伏せられているうちに段々と逆らう気がなくなっていって、ずっとされるがままだったから、逆襲してくるなんて微塵も思っていなかったんだと思いますよ。
「百舌鳥木さんがさらに包丁を突き刺す確率は100%です」
続いてそう聞こえたから、僕もそうだ、確実に殺しておかないとって思って、何度も何度も母さんを刺しました。
何度も何度も母さんを刺して、刺して、刺して……。
ぐったりして動かなくなったのを確認したのは、ぼくが見ての通り、血まみれの姿になってからです。はは、警察の皆さんが来る前に身体とか洗った方が良かったですかね?
ただ百舌鳥木さんは風呂には入ってなかったみたいだし、僕はこれからどうしようかなと思ったんですけど。逃げるアテもお金もないし、素直に自首したほうがいいかなってそう思ったんです。
えぇと、僕は母一人、子一人の母子家庭って奴で、父の顔は知りません。
僕が物心つく前に父さんと別れたという話で、父には一度も会ってないです。少なくとも僕の記憶に、父の顔はありませんから。
母さんは気性の激しい人で、母方の祖父母が小さい頃は僕を見てくれたんですが、「田舎では仕事がない」「世間体が悪い」なんて理由で僕は母さんに連れられて祖父母の元を離れました。
祖父母は何度も母さんに、せめて僕だけでももどってくるようにと説得したんですが、頑として譲らなかったようですね。
母さんは、祖父母と。とりわけ祖父と仲が悪かったようですし、祖父は祖父で母さんの事を「跳ねっ返りの考え無し」扱いして、酷く見下していたようですから。
だから僕の世界は学校と、母さんのいるこのアパートが全てでした。
田舎では仕事がないから、都会なら仕事がある。母さんはそう言って夜の仕事に出てました。水商売って言うんですよね。稼げる仕事だと聞いてます。
そのわりに僕の家は年がら年中お金がなくて、母さんはいつもイライラしていました。欲しいものも買えない、ガマンしているんだって愚痴って、僕の給食費や教科書、ノート代なんかをいつも「高い高い」と言って。それでも買ってやるんだから感謝をしろって顔で、よく僕を見ていたのを鮮明に覚えてます。
高校に入ってからは僕自身がバイトでそういうお金を稼いでいたから、その視線に晒される事が少なくなったのは良かったですけどね。
だから、僕には心を許せる友達みたいなのはいませんでした。
大体、僕は服も靴も中々買ってもらえなくていつも同じ格好をしていたから不潔だと思われていて、回りの生徒からは浮いていましたし、勉強も運動も取り分けて出来る訳でもなかったです。
イジメっていうんですか……? 殴られたり、脅されたりして金を持ってこいなんて言われた事もありますけど、お金なんて全然ないし。彼らが殴ったりする力は母さんに殴られた時よりも全然痛くなかったから放っておいたら、自然と無くなっていきました。
そのかわり、クラスメイトの殆どが僕のことをいないみたいに扱って……暴力を振われるより身体は楽だったんですけど、心のどこかで渇望してはいましたね。
わかり合える、友達というものを。
僕にとってそれは、本の中にだけしか存在しない架空の人間でしたから。
だから百舌鳥木さんの事を知った時、ぼくは酷く嬉しかったんです。
……えっ?
さっきから出る「百舌鳥木さん」とは誰なのかって?
そうですね、少しだけお話します。
これは三ヶ月ほど前、玩具メーカーの箱で届いた玩具なんです。
最初は母さんが僕のために玩具を買ってくれたのかと期待したんですが、箱の中には「あなたはこの玩具のモニターに選ばれました」という一枚の紙切れと、百舌鳥木さんが入っていました。
百舌鳥木さんは、この出刃包丁より小さい人間の形をした玩具です。
顔はつるんとして、関節などが稼働するから見た目はデッサン人形みたいかなぁ。
でもプラスチック素材だし、背中にボタンがあるのでデッサン人形とは違うんだってのがすぐわかります。顔のつるんとした部分に小さなカメラが埋め込まれていて、そのカメラで僕の行動を見ているようでした。
そして電源を入れた時、百舌鳥木さんは最初にこう言ったんです。
「あなたと、百舌鳥木さんの家庭環境は99%一致しています。あなたは百舌鳥木さんととても近しい存在です」
「百舌鳥木さんは実在します。あなたと同じ、この商品のモニターとなっております」
「あなたの行動は今、百舌鳥木さんとどのくらい同調しているか、調べる事が出来ます……」
僕は、この時初めて自分と似た境遇の「百舌鳥木さん」という友人を手に入れたのです。
それから百舌鳥木さんの生活を始めました。
「百舌鳥木さんは80%の確率で今、目覚めました」
百舌鳥木さんは僕と大体同じ時間に目覚めて、朝食を作り、学校に行ってました。
「百舌鳥木さんは30%の確率で今、歯磨きをしています」
百舌鳥木さんは歯磨きの習慣がぼくの時間と幾分かずれているようでした。
「百舌鳥木さんは50%の確率で今、入浴しています」
百舌鳥木さんがお風呂に入るタイミングは、半々くらいでぼくと一緒でした。
このモニターになってから、僕の生活には百舌鳥木さんがいる生活になったのです。
「百舌鳥木さんは今、100%の確率で母の罵声に耐えています」
「百舌鳥木さんは今、100%の確率で母から暴力を受けています」
「百舌鳥木さんは今、100%の確率で母からお金を奪われています」
百舌鳥木さんは、僕が母さんからなじられ、罵声を浴びてる時、同じように罵声に耐えていました。
百舌鳥木さんは、僕が母に殴る蹴るの暴力を受けていた時、同じように殴る、蹴るの暴力を受けていました。
百舌鳥木さんは、僕がバイトで稼いだお金を取られた時、同じようにバイト代を奪われていました。
同じ境遇の百舌鳥木さんがいる。それがどれだけ心強かったことか。
僕が一人じゃないと思えるのが、どれだけ頼もしかった事か……。
そして今日、母さんはまたヒステリーで暴れて、モノを投げつけました。
投げつけたモノの中には百舌鳥木さんも含まれていて、壁にたたきつけられた百舌鳥木さんは関節が曲がらない方向に曲がってしまい、足はとれて、壊れてしまったのかと思うと泣きそうになりました。
だけど、壊れたと思った百舌鳥木さんから確かに声が聞こえたんです。
「ただいま、百舌鳥木さんが母親を殺害している確率は100%です」
それを聞いた時、僕もそうしようと思ったんです。
百舌鳥木さんに会えるかもしれないとも思ったし、これ以上母さんの蛮行を野放しにしていたら、いつか百舌鳥木さんが壊れてしまうと思ったから。
だから、やりました。
……これが百舌鳥木さんです。
腕も足もバラバラですね。でも、確かに喋っていたんです。今は、何も聞こえませんけど……。
でもね、刑事さん。
きっとどこかで百舌鳥木さんが僕と同じように母親を殺害していると思うんです。
どうか百舌鳥木さんを逮捕してもらえませんか?
もし叶うなら、ぼくは百舌鳥木さんと話してみたいと思うんです。そこが留置所でも、刑務所でも別に構いませんから……。
どうか、お願いします。
百舌鳥木さんを探してください。
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刑事・鍋島敦也の証言
百舌鳥木さん?
あぁ、あの容疑者がいってた人形の事か。
確かに音声が出るような仕組みになっていて、頭には識別カメラみたいなのがついてはいるけど、「誰かの動きにあわせて今、別の誰かの動きをお知らせする」というのはどうにも眉唾だねぇ。
大体、たたきつけられた時にブッ壊れちまったんだろうなぁ。今は何も喋らないし、音声をつなげようとしてもスピーカーがガラガラと空回りする音をたてるばかりだ。
なおしてみようと思ったら、中に入ってる基盤は冗談みたいに簡素なもので、せいぜい定型文を話すくらいしか出来ないような代物だったよ。
オハヨウとか、コンニチハとか。オウムみたいに話すのが精一杯じゃ無いのかねぇ。最も、俺も別段ITの専門家という訳でもないから素人目に見てのカンだけど。
だが、容疑者はずっと百舌鳥木さんの声を聞いていたっていうんだろう。
聞く所によると容疑者は酷い虐待を受けていて、精神的にも限界だった。追い詰められていた被害者が自分の中でイメージした友達を作り出して、それと話していた……なんてほうがまだ現実味がありそうだぜ。
イマジナリーフレンド、って奴か。
何にせよ、今はあのポンコツは証拠品の一つとして応酬されていると思うぜ。興味があるなら見てきたらいい。
今はただ、壊れたプラスチックと基盤の塊でしかないだろうけどな。
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とある部屋にて誰かが聞いたという声
「百舌鳥木さんが自首する可能性は0%です。百舌鳥木さんは現在も普通に生活をしています」