>>  お日様みたいなてのひらで






 乱歩さんはいつでも、ぼくにとってもやさしいんだ。


 ぼくの前ではいつでも、優しい笑顔でいてくれて……。
 ぼくが好きそうなオモチャを見ると、『これ、南吉くんに……どうぞ』 そういって、そっと差し出してくれる。

 おやつの時間、ぼくが自分の分を全部食べてしまった時だって。


『おや、南吉くん。まだ物足りませんか? ……それではワタクシのぶんを、どうぞ?』


 そういって、躊躇いなくぼくにお菓子を分けてくれるんだ。
 だけど、ぼくだって全部食べたら乱歩さんに悪いなぁって思うから。


『それじゃぁ、乱歩さん。半分こにしよう?』


 そうやって言うと『南吉くんは優しいですね』 なんて。
 そういって笑いながら、半分にしたお菓子のその大きい方をぼくにくれるから、ぼくはいっつも思うんだ。

 やさしいのは、乱歩さんですよ。って。


 他にもそう、ぼくが勝手に蓄音機を壊してしまい泣きそうになってる時も、一番にぼくを見つけてくれて。


『なぁに、これくらいならすぐに直りますよ、心配いりません……それより、泣いてしまうまえに困ったらすぐワタクシめにお申し付けを……あなたが泣いている姿は、あまり見たくありませんからね?』


 そうやって優しく笑ってくれて、本当にすぐに蓄音機を直してくれて……。
 それでも、壊しちゃったのは謝りましょうね、って、一緒に司書さんに謝ってくれた。

 ヘルン先生が怖い話をする時も、乱歩さんはすぐにぼくの耳を塞いでくれて、庇ってくれるんだ。

 嫌いな野菜、食べれなくてどうしようか困っている時も、乱歩さんは 『今日は特別ですから、次はちゃんと食べてくださいね』 そうやって笑って、苦手な野菜をこっそり自分の皿にうつして食べてくれるし、一緒に悪戯を考えようって言うと、大人はみんな 『悪戯なんてダメだよ』 そうやって怒るのに、乱歩さんだけは 『とびっきり面白い悪戯を考えて、みんなを驚かしてあげましょう』 そうやって、一緒に考えてくれる。

 乱歩さんだけはいつも、ぼくの味方で、ぼくの楽しい事を一緒にしてくれて……ぼくは、一人でやる悪戯より乱歩さんと一緒にやる悪戯の方が、ずっとずっと楽しいんだ。
 ぼくは、そんな乱歩さんの事が大好きで……大好きだから、時々、ふっと思う事がある。

 賢治くんとあそんでる時、乱歩さんにナイショで悪いかな? って。
 朔太郎さんのお膝でマンドリンを聞いてる時、乱歩さんに言わなくて、大丈夫かな? って。
 中也さんがサーカスにつれていってくれた時、乱歩さんと一緒にいかなくて、乱歩さん悲しいかな? って。

 ぼく、乱歩さんの事が大好きだから乱歩さんがイヤがる事も、悲しい事もしたくない。
 だけどぼく、色々な人とあそびたいし、他の友達と一緒に考えた悪戯も、たまにはしてみたいんだ。

 そんなぼくはやっぱり、子供だからワガママなのかな?
 ワガママな、悪い子なのかな……。

 だからぼくはあの日、談話室でひとりコーヒーを飲む乱歩さんをみつけた時、思い切って聞いてみたんだ。


「あのね、乱歩さん。聞きたい事があるんだ」
「……どうしました、南吉くん? よかったら隣に座ってもいいですよ」


 ぼくが乱歩さんの隣に座ると、乱歩さんはすぐにコーヒーをお砂糖とミルクいっぱいにいれてぼくの前に差し出してくれる。乱歩さんはぼくにいつも優しくて、ぼくが欲しいものがすぐにわかるんだ。
 だからぼくは余計に、乱歩さんにナイショで何かする事を、悪い事かなって思っちゃうんだ。
 ぼくが暫くモジモジしていると。


「喋りたくなってからで大丈夫ですよ」


 乱歩さんは優しい笑顔で、そう言ってくれる。
 本当に乱歩さんは優しいんだ。優しくて、優しくて……ぼくはそれが嬉しくて、時々蕩けそうになる。
 ぼくは甘いコーヒーを一口飲むと、「あのね、乱歩さん」そうやって話しを始めたんだ。


「ぼくね、乱歩さんの事、好きだよ。とっても大事だし、いつも優しくしてくれる。悪戯だって一緒に考えてくれるし、乱歩さんがぼくの事とっても大切にしてくれるのも知ってるから、ぼく、本当に乱歩さんが好きなんだ」
「ふふ、それは嬉しいですね……私も南吉くんの事が大好きですよ」


 乱歩さんはそういって、ぼくの頭をくしゃくしゃ撫でる。
 そういう優しい所がくすぐったくて、あったかくて……だからこそ、ぼくは不安になるんだ。

 ぼくは、乱步さんを裏切っているんじゃないかな、って。


「だけどね、乱步さんの事大好きだけど、乱步さんだけじゃなくて、賢治くんともあそびたいし、朔太郎さんのマンドリンを聞くのも好きだし、犀星さんとネコでじゃれるのも大好きだし、ぼく、色々な人といーっぱいあそんで、いーっぱい悪戯をしていたいんだ。乱步さんの事が好きだけど、いつも乱步さんと一緒にいられないんだ。ぼく、なんだかそれがとってもずるい気がして……乱步さんがこんなに好きなのに、乱步さんにナイショであそぶ人がいるの、とってもずるい気がして……」


 ぼくはそういうと、足をブラブラさせる。


「ぼく、どうしたらいいのかなぁ……」


 そんな風に呟くぼくに、乱步さんは優しく笑ってくれた。


「そうですねぇ……南吉くんはまだ若いのですから、色々な人と出会って、色々な人と話して、あそんで、時には学んで……そうして自由に交流をしていくのが、いいと思いますよ。ふふ、私の事などは、どうぞはおかまいなく……」
「んー、でも……」


 そう言いかけるぼくに、乱步さんはそっと口元に手をやる。


「そうして沢山の人と出会って、沢山の人と話して、あそんで、学んで……それでもまだ、私の事を忘れていなければ……どうか、また私の所へ遊びにきてくださいね。ふふ……私は、その時をずっと待っていますから」


 乱步さんが優しく笑ってくれるから、ぼくはなんだかとっても安心する。


「ありがとう、乱步さん。ぼく、いーっぱいあそんで、いーっぱい勉強して……いろんな事して、きっとまた乱步さんの事を好きになるよ」


 ぼくが笑ってそう言うと、乱步さんはすこし照れたように笑って、ぼくの頭を撫でてくれる。
 その手はとっても暖かくて優しくて、まるでお日様みたいだった。






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