>> 墓標と指輪
すこし、時間をくれねぇか。
ベリトに言われ、シャックスは一時ソロモンの元を離れベリトが育ったという街へと訪れていた。
ベリトが生まれ育った街は市場は賑わい、露天も数多い。
王都ほどではないが充分賑わっている街と言えるだろう。
あまり幻獣の出現もなく、ヴィータがくらす辺境の街としては平穏な方だとベリトはいった。
「王都と違って立派な騎士団が居るワケじゃねぇ……裏路地もあれば、孤児がタムロするような闇もある。でもな、ヴィータとしてのオレ様の故郷はココで、オレ様はココに長く住んでたから……何だかんだいって、結構愛着があるんだぜ、この街にはな」
活気ある物売りの声に混じり、シャックスは露天をのぞき込む。
ミイラから作った万病の薬だの、飲むだけで美声になるハルマニアの蜜だのといかにも怪しい商人がいる中、可愛いヒヨコをあしらったアクセサリーを売るような店もあった。
「見て見て! リトリト、これとってもかわいー! ほしいほしい!」
銀製のアクセサリを前にじたばたするシャックスを引っ張ると。
「うるせェな、今日はオレ様に付き合えって言っただろ? ……ほら、こっちだ。来い」
シャックスの首根っこを捕まえれば、シャックスはまるでネコのように。
「ふにゃ〜ん……」
そう口にしながら、ベリトにずるずる引きずられる。
そうして街を後にして、街外れに出て、それからさらにやや急な坂道を登った先に、その場所はあった。
丘の上、街を一望できるだろう。
そこには一つの碑があり、名前と生年などが刻まれている事から、それが墓碑なのは分かる。
……ヴィータは、あまり積極的に墓碑を作らないらしい。
死んだ肉体は土にかえり、フォトンとして大地の恵みに戻るという認識があるからか、墓という形で死者を「認識し続ける事」が、正しい循環に思えないのだろうと、以前「墓守女」であるビブロンスが語っていた。
とはいえ、この「墓場」という概念はメギドラルがヴィータから持ち込んだ概念だ。
おそらく「死は巡回するもの」という認識をもちながら、それでも過去にあった人の思いや肉体を忘れたくないと、そう思ったヴィータが作り始めたものなのだろう。
ベリトはその墓に跪くと、「ほらよ、土産だ」なんて呟いて、花束を無造作に投げる。
そして簡素な祈りを捧げて見せたから、シャックスもマネをして手を合わせ、祈りを捧げた。
ややあってベリトは顔をあげると、ぐいとシャックスの肩を抱く。
そして墓石を前にして、すこし大げさなくらい声をあげて見せた。
「おい、見てるかジル? テメェは全くオレ様の言う事を聞かなくて、最後の最後までオレ様を翻弄しようって魂胆だったろうがな……オレ様はお前なんかいなくても、毎日楽しくやってけるし、バカやれる仲間もいるから、今日は自慢しにきてやったぜ! ……見ろよ、オレ様の相棒のシャックスだ! ……こいつは一緒にいるだけで不幸になるってんですげぇ毎日がスリリングでメチャクチャ楽しいぜ! ははっ、お前は、お前がいなくなればこのオレ様が寂しくて悲しい一人の男になると思ってたかもしれねぇが……おあいにく様だな。オレ様は、一人のヴィータに翻弄されるほどの器じゃ無ぇんだよ」
そして、ぐりぐりとシャックスの頭を撫でる。
その様子が、どこか寂しそうに見えたから……。
「リトリト……」
シャックスは、ベリトの身体を抱きしめていた。
どうしてそんな事をしようと思ったのか分からないが、何となくベリトが寂しがっているような、悲しがっているような……そんな気がしたからだ。
そしてシャックスは自分が不幸ばかり産むと思って悲しんでいた時、ヴィータの母親に優しく抱きしめられた記憶があり、そうする事で酷く安心したのを覚えていたからだ。
「大丈夫大丈夫、リトリトとアタシは、これからずーっといっしょ! いっしょ! ……一緒に楽しい事いーっぱいするからね? ……ね?」
そう囁いて胸に抱き、ベリトの頭を撫でてやれば彼はとたんに赤くなって慌ててシャックスから離れてしまう。
「だぁぁぁっ、そういう事するとオレ様が寂しいみたいだろうが!」
「寂しくないの? だってリトリト、寂しそうだっ……」
「寂しくねぇ! ……お前と一緒にいれて毎日楽しいって、そう言ってんだ!」
そう言われれば、シャックスもまんざらではない。
顔をふにゃっと緩めて笑うと。
「あたし、あたしと一緒で楽しい? 楽しい? んー、そんな事言われた事ないない! うふー、嬉しい嬉しい!」
ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて見せる。
その姿を、ベリトは笑いながら見つめていた。
「はは、お前はほんと、見てても飽きない奴だよな」
そして、「ほら」とシャックスの手に何かを握らせる。
それは露天で見て、シャックスがすぐに「欲しい」と一目惚れした、ヒヨコを模した銀のリングだった。
「わぁっ、これ……」
シャックスはそれを見て、すぐに嬉しそうに笑う。
「あたしが欲しかった奴! 嬉しい嬉しい! リトリトちゃんと見ててくれたんだね。あは、ありがとありがと!」
そう言いながらうれしさからか、ぱたぱた走り回るシャックスを見て 「これはすぐ無くしてしまう、何故なら鳥頭だから」 という危惧がベリトを襲う。
「あー、まてシャックス。おまえすぐ無くしそうだから、指につけておけ、ほら……」
ベリトはシャックスから一度指輪を回収すると、至極自然にその指輪を彼女の薬指にはめた。
その指輪は最初からそう誂えてあったかのように、彼女の左手その指におさまる。
「わぁ……」
シャックスはその指輪を見て、すぐに「左手薬指の指輪」の意味を思いだしていた。
ヴィータの結婚指輪は、左手の薬指だ。心臓に近いから、心に誓いから、その指にはめるのだという。
「わぁ……わぁ……はわぁ……はわわぁぁぁ……」
結婚なんてもの、追放メギドのシャックスには無縁だ。
長くヴィータの生活をしていたとはいえ、ベリトもまた根本的な価値観はメギドのもの……メギドは一人で生きて、夫婦や兄弟という「家族」というものは持ち得ない。
勿論、結婚の風習もない。ヴィータの文化として聞きかじっているだけだ。
だが、この指にはめられた指輪は何だか特別な気がして、シャックスは自然と顔が赤くなるのが分かった。
「おい、どうした酔っ払ったみたいなツラして」
「酔っ払ってないない! ……リトリト、この指。薬指だよ。知ってる? 知ってる?」
「知ってるに決まってるだろ? おまえオレ様をバカにしてんのか?」
「……薬指の指輪は、特別な指輪だよ? 知ってる? 知ってる?」
上目遣いで心配そうに消え入りそうな声で聞くシャックスのその声は、普段の元気娘と違う、恋に恋する乙女のようだった。
ベリトはすこし悪戯っぽく笑うと。
「ばぁか……そもそも、男が女にリングをプレゼントするってのが、結構特別なんだぜ」
そう告げ、シャックスの手をとる。
「ンまぁ、結婚……ってのとは違うかもしれねェが。オレ様は追放メギドでいつまで生きんのかわかんねぇ。その点はお前と一緒だろ? だからよ、生きてる限り二人で散々バカやって、楽しんで……毎日ゲラゲラ笑っていようぜ? オレ様は退屈が嫌いだが……お前となら、それができる気がすんだよな」
その手を見つめ、シャックスははにかんで笑う。
「そうだね! あたしとリトリト二人なら、毎日すっごく楽しくできるよ!」
「あぁ、じゃ……行こうぜ。ソロモンをビックリさせるくらいにスゲェ事やってやんねぇと、面白くねぇもんな」
「わかった! ゴーゴー!」
二人は笑いながら、丘を降りていく。
そんな二人を残された墓標だけが、暖かく見つめていた。