>> しろくてふわふわのヤツ




 その日、ねぐらへと戻った馬超を出迎えたのは「おかえり」の言葉ではなく、湯気を漂わせた肉まんの山だった。


 「な、なんだこの肉まんの山は……」


 そばに指を近づければ、まだ湯気が暖かいのがわかる。
 蒸したばかりの饅頭は誰も手のつけられた様子はない。


 「馬岱ー、この饅頭は、なんだー? 食べてもいいのか?」


 いつものように警備の仕事を終え、空腹の身体を引きずり人の気配を探すが、誰の姿も見えない。
 饅頭が湯気をたてているのなら、さっきまで馬岱がここに居て食事を買ってきたのだろうが、何処かに出かけているのだろうか。


 「馬岱ー、いないのか……」


 どこにも馬岱がいないのを確認し、饅頭のつまれた皿を見る。
 肉汁を内包したその香りは、空腹の馬超の鼻を心地よく刺激した。


 「一つ、一つだけ……な」


 手が自然と、皿へと伸びる。
 一口、饅頭を頬張れば白く柔らかなもっちりとした食感が口の中へと広がる。


 「ウマイ! これは、最高の味だ……よし、もう一つ……んぅ。もう一つ……」


 自然に手が伸び、山ほどあったと思っていた饅頭は一つ。また一つその姿を消す。
 気付いた時、堆く積まれていたはずの饅頭は跡形もなく姿を消していた。


 「む……しまった、つい、食べ過ぎたか……」
 「ただいまー、あれ。若ー、もう戻ってきてるのかなぁ?」


 全て平らげた所で、ようやく馬岱が顔を見せる。
 軽装だが、身につけている武具は何故か物々しい……。

 最近、馬岱はしばしば軍師殿に呼ばれて何か、馬超とは違う仕事を任されているらしい。
 今日もどうやら軍師殿に何か違う仕事を任されていたようだ。


 「何だ、今帰ってきたのか、馬岱」
 「えぇ、急に呼び出されちゃって……まったく、軍師殿も非道いよねぇ、ご飯食べるヒマもくれないで、すぐに来いだなんて言い出すんだから、ホント、困っちゃうよ」

 「何だ、馬岱、おまえは飯を喰ってなかったのか!?」
 「ん、そうだけど、それがどうしたの、若ぁ?」


 確かに、一人分で準備された饅頭にしては随分数があると思っていた。
 だが、まさかまだ何も食べていないとは……。


 「スマン、馬岱! ここにおいてあった肉まんだがなっ……俺が、全部喰ってしまった!」


 空になった器を指で示しながら、馬超はただひたすらに頭を下げる。


 「あんまり美味くて、その……いや、いい訳はせん。スマン! すぐに何か買ってくるから……」


 しどろもどろになりながら、自分の失態を詫びる馬超。
 馬岱はそんな馬超の肩に触れると、普段と変わらぬ優しい笑顔を向けた。


 「いいんだよ、若、そんな事……若が饅頭を全部食べたのなんて、その顔を見れば一目で分かるって!」


 馬岱の言う通り、夢中で肉まんを頬張った馬超の顔はまだ食べかすが残っている。


 「若がそんな夢中になって食べてくれたって事は、あの饅頭が美味しく出来たって事だからね! 今回は、今まで作った中でも自信作だから、若が喜んで食べてくれたんなら、俺は嬉しいよ?」
 「だが……おれは、お前の分の飯まで食べてしまって……それで……」

 「別にいいさ、そんな細かい事……俺が、もういいですって。そう言ってるんだからね」
 「だが、それでは俺の気が済まん!」

 「そう? だったら……」


 と、馬岱はそこで馬超の身体を抱き寄せると、その頬へ唇を寄せる。
 伸ばしっぱなしの馬岱の髭が、彼の頬を擽って、甘い吐息とともに、優しい唇が優しく頬を撫でた。


 「ば、馬岱……何を……」


 頬が紅潮するのを悟られないようにする為、馬超はわざと口元を隠すように覆う。


 「だから、頂いたんですよ。今日のご飯を、ね?」
 「ご飯って……」

 「若の食べ残して、頬についていた肉まんを……ね」


 そんな馬超の仕草でもう、彼の羞恥も見通しているといった含み笑いをみせながら、馬岱は指先で自らの唇を撫でる。


 「俺は、この饅頭の残りと……若の笑顔があれば、もう満腹ですよ!」
 「何、いってるんだお前は……馬鹿……」


 欠片程度の饅頭だけで、腹が膨れるのかと思う。
 笑顔だけで飢えが癒せるのかとも思う。

 だけど。


 「ばか……ホント、馬鹿だな……」


 不思議と、悪い気がしない。
 馬岱はいつもそう、隣にいるだけで彼の心を軽くしてくれたから。

 だから今は彼の言葉に甘え、この微睡みのような優しさに心を預ける事にした。
 馬岱がただ、その笑顔を望んでいてくれるから。





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