HAPPY BIRTHDAY




その日は誕生日だというのに朝から嫌な気分だった。
 いつもならば寝起きの悪い自分に付き合って一緒に食堂に行ってくれるはずのディアッカが、今朝に限って用事があるからと先に行ってしまったのがそもそもの始まり。
 ようやく起きて身支度を整えたイザークが食堂に向かうと、既に定位置となっている奥のテーブルに馴染みの顔が揃っていた。何やら話しこんでいる様子の彼らは、イザークがトレイを手に近付くなりその気配に気付いて話を止めてしまった。何を話していたんだと聞いても、「別に」という答えが返ってくるだけ。
 流石に訓練中はいつもと変わらぬ態度だったが、休憩になるとさり気なさを装いながらラスティやニコルのところへ行ってしまうディアッカに、イザークの眉が不機嫌そうに顰められた。
 いつも煩いくらいに傍にいるくせに、この態度はなんなんだろう。
 ディアッカのくせに、と心の中で悪態を吐くが、そこにアスランまで加わって内緒話をしはじめたとなると、当然穏やかではいられない。自分だけ除け者にされているようで面白くないイザークの機嫌は、一気に下降線を辿ってゆく。
 決定的な出来事は、訓練終了後に起きた。
 その頃になるとイザークの機嫌の悪さは誰の目にも明らかで。誰もが不機嫌のオーラを撒き散らす彼を避ける中、イザーク的諸悪の根源である赤服四人組も右ならえとばかりに訓練室を後にしようとしが、その姿をイザークが見逃すはずがなかった。
「おい。貴様ら、何か俺に隠しているだろうっ」
 不機嫌も露に睨みつけるイザークに、一瞬目配せしあった四人はふるふると首を振って否定する。
「まさか。そんなことするはずがないじゃん」
「そうそう。イザークの気のせいだって」
 やけに明るい調子で答えるディアッカとラスティの笑顔がいかにも嘘くさい。
「だったら、朝から何こそこそしているんだよっ!」
「だから、してないって。なあ、アスラン? ニコル?」
 イザークに噛みつかれ、助けを求めるように振り返ったディアッカに頷き返しながらアスランは答えた。
「ディアッカの言うとおりだよ。イザークの気のせいだ」
 宥めるような笑みを浮かべるアスランの態度が自分を誤魔化しているようにしか感じられず、イザークは矛先をアスランに向けた。
「なら、アスラン。これから勝負しろ!」
 人差し指を突きつけて睨みつけるイザークに、アスランは困ったように目を泳がせた。
「えーっと、…今から?」
「そうだ」
「今は…ちょっと都合が悪いかな。明日なら喜んで相手するけど?」
「ダメだ!」
 いつもなら仕方ないと言いつつ勝負を受けてくれるアスランの、常にない歯切れの悪いその態度に不安にかられたイザークもつい意固地になる。
「俺は、今すぐがいいんだ!」
「そんなこと言われても…」
「イザーク。あんまり我儘言うなよ。アスランにも用事があるんだからさ」
 アスランを庇うディアッカの言葉に柳眉がつり上がる。
「俺との勝負よりも大切な用事なのかっ!?」
「―――うん、まあ…」
 言いにくそうに、けれどはっきりとアスランは言った。
「………っ」
 アスランに自分よりも優先させることがあることが許せなくて、そしてそのことにショックを受けている自分がまたショックで、イザークは悔しそうに俯いた。
「―――イザーク?」
 堪えるように唇を噛み締めたイザークは、顔を上げると気遣わしげな声のアスランをキッと睨みつけた。
「もう、いいっ! 貴様となんか、金輪際勝負するもんかっっ!!」
 そう叫ぶなり、イザークは脱兎のごとく走り出した。



「追いかけなくていいの?」
 突然怒鳴られて半ば茫然としているアスランを、ラスティが肘で突付いた。
「え?」
「後の準備は俺らでやっとくからさ。イザークの機嫌、宥めてこいよ。折角のパーティに主役が不機嫌顔じゃつまんないっしょ?」
「そうそう」
 同調するディアッカに、アスランは驚いたように翡翠色の瞳を瞠った。
「だって、イザークを宥めるのはディアッカの仕事だろ?」
 口調に秘められたどこか拗ねた響きを敏感に聞きわけたディアッカが不敵な笑みを浮かべる。
「へー。お前はそれでいいんだ? アスラン」
「…っ!」
 あからさまな揶揄に眉根を寄せ、悔しげな表情を浮かべたアスランにディアッカは満足げに頷いた。
「後は任せたぞ、色男。うまくイザーク宥めて連れてこい」
 アスランの肩を激励するかのようにポンと叩く。
「わかった」
 真っ直ぐに自分を見つめる翡翠色の双眸に今まで見たことのなかった真摯な想いを見て取ったディアッカは、イザークの後を追いかけるアスランの背中に、大事な幼馴染に対する自分の役割も終わったことを密かに感じていた。



「アスランの馬鹿っ、阿呆っ、マヌケっ! あんな奴、もう知るもんかっ!」
 自室に引きこもったイザークは、ベッドに潜り込んで思いつく言葉の限りアスランを罵倒していた。怒っていたのはディアッカに対してのはずなのに、その相手が何時の間にかにアスランにすり替わっていることにイザークは気付いていない。
 折角の誕生日なのに最悪な一日で終わってしまいそうで、うっすらと滲んだ涙を隠すように頭からシーツを被ると、軽い空気音と共にドアが開く音がした。誰かが入ってきた気配に、ロックをしなかった迂闊な自分を呪いつつ、シーツを握る力を強くする。
「―――イザーク」
 すぐ近くで聞えてきた声に、イザークの肩が大きく震えた。
 ―――アスラン!
 何故彼がここに来るのかわからなくて、動揺のあまり心臓の鼓動も早くなる。
 スプリングが軋む気配に、アスランがベッドに腰掛けたのを知ったイザークは、ますます身体を硬くさせた。
「…ごめん。怒ってる?」
 躊躇いがちに掛けられる言葉に、イザークは唇を噛んだ。
「……悪いと思っていないくせに、謝るな」
 キツイ言い回しだが声が僅かに潤んでいるのに気付いたアスランは、背中を向けたままのイザークの肩にそっと手を置いた。
「思ってるよ。イザークを傷付けてしまったから」
「勝手なことを言うな! 俺は傷付いてなんかいないっ!」
「だったら、何故逃げたりなんかしたの?」
「逃げてなんかっ!」
 わざとイザークのプライドを刺激するようなことを口にすれば、案の定がばっと身を起こしたイザークが挑むような眼差しで睨みつけてくる。切れ長の眦が僅かに濡れているのを見て取ったアスランは、痛ましそうに顔を顰めて痩身を腕の中に抱きこんだ。
「アスラ…っ!」
 虚を突かれたイザークが気を取り直してもがくのを許さずに、アスランは細い身体を抱き締める力を強くする。
「…ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ」
「…っ! 泣いてなんか、いない!」
 強がるイザークの背中を宥めるように何度もあやしながら、アスランは小さく言った。
「うん、そうだね。でも、寂しい思いをさせてしまっただろ? それだけは謝りたくて」
「……………」
 だから、ごめん…と誠心誠意告げた言葉は、頑ななイザークの心を溶かしたのか。
 無言のまま胸に顔を伏せていた彼の肩から力が抜けたことに気付いたアスランは、素直に身を預けてきた彼の顔をゆっくりと上げさせた。
「……だから、俺が我儘だっただけなんだから、謝るなと言ってるだろう」
 目元を赤く染めながら恨めしそうに睨みつける白皙の美貌の主に、アスランは翡翠色の双眸を和ませながら言った。
「イザークの我儘なら、なんだって聞いちゃうよ」
 やけに嬉しそうな声音に、あきれたようにイザークは嘆息した。
「…馬鹿」
 それ以上の憎まれ口は、降りてきた唇に塞がれて声にはならなかった。


「―――アスラン」
「何?」
「…俺との勝負よりも大切な用事ってなんだ?」
 ずっと気に掛かっていたのだろう。躊躇いがちに、でも正直に聞いてくるイザークにアスランは口元を綻ばせた。
「知りたい?」
 抱き締めていた腕を緩めて顔を覗き込むと、少し拗ねたような表情のイザークが小さく頷いた。
「じゃあ、教えてあげる。ちょっと付き合ってね」
「どこに?」
「来ればわかるよ」
 そう言われて、アスランに腕を引かれながら向かった先は彼の部屋だった。
「さ、入って」
 促されつつ、イザークが扉の開閉ボタンを押すと。
「ハッピーバースデー、イザーク!」
 扉が開いた途端、パーンという音と舞い散る紙吹雪にイザークは蒼氷の瞳を大きく見開いた。
「…何?」
 驚いて目を何度か瞬かせると、目の前にはクラッカーを手にしたディアッカとラスティとニコルがいた。
「イザーク、誕生日おめでとうございます」
「驚かせたくて、内緒で準備してたんだ」
「ほーんと、教官の目をごまかすの結構苦労したんだぜ」
 にこにこと笑う三人の後ろには、どこから持ち込んだのか料理やケーキ、ワインのボトルが用意されていた。
「これが勝負よりも大切なことだよ。みんなでイザークの誕生日を一緒に祝いたくてね」
 アスランに耳元で囁かれて、イザークは目を瞠った。
「ディアッカ、ラスティ、ニコル…」
 まさか自分の誕生日を祝うために彼らが奔走してくれていたなんて思いもよらず、嬉しいのに驚きの方が大きくて呆然と立ち尽くしたイザークの肩に優しく手を置いたアスランは、中に入るようにそっと促した。
「乾杯しようぜ、乾杯」
「俺、もう腹減っちゃったよ〜」
「イザーク、はいどうぞ」
 ワインを注いだグラスをニコルに差し出されたイザークは、照れくさそうにグラスを受け取った。隣に立つアスランもグラスを受け取るとイザークに優しく微笑みかける。その笑みを見て、イザークの頬に朱が昇った。
「それじゃあ、イザークの誕生日を祝って。乾杯!」
「「「乾杯」」」
 ディアッカの音頭で軽くグラスを触れ合わせる軽やかな音が響く。
「感想は? イザーク」
 ラスティが水色の瞳を悪戯っぽく輝かせながら訊ねると、イザークは紅潮した頬を隠すようにそっぽを向いて言った。
「…仕方ないから祝われてやる」
 如何にも彼らしい憎まれ口に全員が破顔する。
 拗ねたり怒ったり泣いたりと目まぐるしい一日だったが、みんなに祝われて最高のバースディだとイザークは心の底から思った。





          END





最後はお約束の展開で。
何気にディアイザのようですが、アスイザです(苦笑)
イザーク、誕生日おめでとうv