「ほらっ」
いきなり目の前に乱暴に差し出されたのは、綺麗にラッピングされた小さな箱。
この日――バレンタインデーにイザークから贈られるものといったら一つしか考えられなくて。でも、全然興味なさげな彼女の雰囲気から諦めていたアスランは思わず瞳を瞠った。
「…イザーク?」
そっと窺い見れば、思いっきり顔を背けた銀糸から覗く耳が真っ赤に染まっていた。
ということは、これはつまり――。
高鳴る期待で胸が躍る。
「いっ、いらないならいいんだ、いらないならっ」
半分呆けていたために反応が遅れたアスランに焦れたイザークが手を引こうとするのを、咄嗟に白い手首を掴むことで阻止する。
「ア、アスランっ!」
もう一方の手で小さな箱を大切そうに受け取ると、掴んだままの手首を強く引いて、細い身体を腕の中に捕らえた。
「ありがとう、嬉しいよ」
耳元でそっと囁けば、硬くなっていた身体から力が抜け、照れ隠しに小さく悪態を吐いてアスランの背中に腕を回したイザークは、甘えるように胸に顔を埋めた。
「……ふん」
誰にでも公平に愛想よく振る舞っている彼が、今日は並み居る女性仕官からのチョコレートを全て断っていると聞いたから。その殊勝な心がけに免じて、あげてやってもいいかなとそう思った。実際は早くから用意していたのだが、渡すのが恥ずかしくてギリギリまで迷っていたのだ。
「イザーク」
愛しげに呼ばれる声にゆっくり顔を上げると子供のように無邪気な満面の笑みに迎えられ、気恥ずかしくなったイザークは、視線を逸らしながら可愛らしい憎まれ口を叩く。
「…締まりのない顔をして」
「だって、本当に嬉しいんだもの。ありがとうイザーク」
「言っておくが、残したりしたら承知しないぞ」
「そんなことするわけないじゃないか! つうか、勿体無くて食べられないかも。しばらく飾って眺めて、その後真空保存にするとか。うーん、どうしよう」
嬉々としてあれこれ保存方法を検討するアスランを、イザークはあきれたように見つめた。
「――いいから普通に食え!」
「やだよ。初めてイザークがくれたバレンタインのチョコなのに、そんな勿体無い。これは絶対記念に取って置かなくちゃ♪」
そう言って箱に小さくキスをしてみせるアスランにイザークが慌てる。食べて跡形もなくなるからと一大決心したのに、それを後生大事にずっと持っていられるなんてたまったもんじゃない。
「そんな恥ずかしい真似をするなら、返せっ!」
奪い返そうと伸ばした手はあっさりとアスランに躱される。
「冗談! イザークから貰った愛の証を返せるもんか。君の愛、確かに受け取らせてもらったよ、イザークv」
「…っ! その恥ずかしい言い草はやめろっっ!!! とにかく、返せっ!!」
「い・や・だ」
「きっ、貴様ーっ!!」
ムキになって取り返しにかかるイザークを楽しげに躱しながら、アスランは結局はいつものパターンに落ち着いてしまう自分達に密かに苦笑を零した。
チョコレートのように甘い甘い夜を過ごすには、まだまだ修業が足りないようで。
二人の関係がもう一歩進むには、もうしばらく時間がかかりそうである。
END