パーソナルカラーのグフで出撃したイザークは、砲火の飛び交う戦場に直行していた。
「けど、どーするんだよ、イザーク? お前、まさか…」
他のモビルスーツパイロットには待機を命じておいて、副官の自分だけを伴って出撃した理由は薄々察せられるが、ディアッカとしては取り敢えず説明が欲しかった。
イザークの真意を見抜けないほど愚鈍ではないつもりだが、何が起こるかわからない戦場では、些細な齟齬が命取りになりかねない。昔よりは大分マシになったものの、放っておくとどこまでも突っ走ってしまうイザークのサポート役を自認している副官としては、その辺をきっちり把握しておきたいのだ。
だが、そんなディアッカの殊勝な心がけに気付きもしないイザークは、彼の言葉を遮るように叫んだ。
「今俺が殴りたいのは、あいつだけだ!」
「はあ?」
当然目的を告げられると思っていたディアッカは、予想外のその返答に思わず目を丸くする。
一方、すっかり頭に血が上った状態のイザークの胸中では、アスランへの憤りが出口を求めて渦巻いていた。
「よくもまたおめおめと! こんなところにっ!」
腹立ち紛れに吐き捨ててみても苛立ちは増すばかりで、制御不能な自身の感情を持て余したイザークは、彼の心を乱す忌々しい元凶を罵った。
何の連絡もよこさずに、いきなり戦場へ現れやがって馬鹿野郎!
こうなる前に、何故自分に話してくれなかったのか。
たった一言、手を貸してくれと言われたら、きっとどんなことをしても力になっただろうに。
頼りにならないと初めから見限られていたような気がして、アスランにとって自分は所詮その程度の存在なのかと思うと、イザークは堪らなく悔しかった。
そんな彼の憤りを感じ取っていたディアッカは、コクピットの中でやれやれと肩を竦めた。
―――ったく。素直にアスランのとこに行くって言えばいいのに、意地っ張りめ。
「はあ…」
いつものこととはいえ、どこまでも不器用な幼馴染みにディアッカは深い溜息を吐いた。
□ □ □ □ □
イザークがアスランに追いついた丁度その時、ミサイル群がジャスティスを襲うのが見えた。
「ちっ!」
咄嗟にそれを打ち落としアスランの無事を確認すると、通信をオンにしたイザークはアスランに向かって苛立たしげに叫んだ。
「きさまっ! またこんなところで何をやっている!」
「イザークっ!?」
驚きに目を瞠ったアスランの姿がコクピットの通信モニターに映し出され、久しぶりに見るその顔に胸の奥から様々な感情がこみ上げてきたイザークは、一瞬声を詰まらせた。
罵詈雑言を浴びせてやろうと思っていたのに、実際にこうしてアスランの顔を見てしまうと、熱い塊に咽喉を塞がれたように言葉が出ない。
「何をって、こいつを落とそうとしてるんじゃんかよ」
その隙を突くようにディアッカが口を挟んだ。
「ディアッカ」
「俺が言ってるのはそういうことじゃない!」
会話に割り込まれて面白くないイザークが噛み付くと、ディアッカは宥めるように言った。
「もういいだろう、そんなことは。それより早くやることやっちまおうぜ」
「え?」
戸惑ったような視線を向けるアスランは、自分達がここに来た意味にまだ気付かないらしい。
アスランを締め上げるつもりでいたところに横槍を入れられ、すっかり気勢を削がれた格好になってしまったイザークが、聡い副官に声を荒げた。
「ディアッカ、きさまっ!」
そんなイザークに構わずアスランに向き直ったディアッカは、ステーションワンを指し示す。
「こいつを落とすんだろう」
「そうだけど、まさか…」
「そのまさかなんだなー。ぐずぐずしてると、すぐにまた囲まれるぜ?」
そう言い置いおいたディアッカは、さっさと一人でステーションワンへ向かう。
「おい、勝手をするなっ!」
去ってゆく機体に向かってイザークが叫ぶと、自分の名を呼ぶアスランの声が聞えた。
「イザーク」
その声に通信モニターに視線を移すと、真っ直ぐに自分を見つめる翡翠色の瞳とぶつかった。
「行こう」
静かに、だが揺るがない決意を秘めた声で告げられて、イザークは目を瞠った。
―――――こんな時に、馬鹿野郎…っ!
忌々しげにアスランを睨みつけても苦笑で返され、拒否されるとは微塵も思っていないその態度に腹が立つ。
だが、逡巡したのはほんの僅かな時間だった。
唐突に機体を廻らせたイザークは、アスランへ向かって短く言い捨てた。
「とっとと片付けるぞっ」