「月の裏側に高エネルギー反応!」
オペレーターの上擦った声がボルテールのブリッジに響き渡る。次の瞬間、緊張に包まれた空気を信じられない言葉が切り裂いた。
「これはっ…! レクイエムです!」
「イザークっ!」
モニターを凝視していたイザークの蒼氷の瞳が驚愕に見開かれる。そこに映し出された殺戮のエネルギーの軌跡は、自分達が命がけで落としたはずのレクイエムのそれに間違いなかった。
「標的はどこだっ!」
「地球…、いえ連合軍アルザッヘル基地です!」
その返答に、この攻撃が自軍の手でなされたものだとイザークは悟った。
「破壊したんじゃなかったのかよ…っ」
同じように悟ったディアッカが唸るように呟いたその横で、高感度モニターに映し出されるレクイエムの凄まじい破壊力を呆然と見つめていたイザークは、信じられない思いに唇を震わせた。
ヤノアリウスとディセンベルを崩壊させ、多くの市民の命を奪った悪魔の大量破壊兵器を、いくら地球軍の月基地を攻撃するためとはいえ、何故平然と使用できるのか。
あの中継コロニーを落とすためにどれだけの兵士が犠牲になったのか知らないはずはないのに、二度と撃たせないと固い決意で二射目を阻止した自分達の思いを無にするが如くの上層部のやり方に怒りを禁じ得ない。
行き場のない憤りに歯を噛み締め、拳をきつく握り締めるイザークの胸に、今まで漠然と抱いていたデュランダル議長への疑念がはっきりとした形となって表れた。
ロゴスを討つと明言したときから、議長に対して何か釈然としないものを感じてはいた。
彼が一体何をしようとしているのか、何を目指そうとしているのかその真意が見えないまま、それでもザフトの軍人として任務に精励しなければならなかったその時、耳に入った俄かに信じられない「アスラン・ザラ反逆」の報。
またザフトを、自分を裏切ったのかと一瞬奈落の底に突き落とされるほどの絶望に捕らわれたが、グフで逃亡した彼がすぐに追っ手のシンに討たれたと聞き、その手際のよさに逆に不審を感じた。
アスランが生半可な覚悟でザフトに復帰したわけじゃないことは、イザークが一番よく知っている。その彼が突然軍を脱走したということは、そうせざるを得なかった危険な状況にアスランが追い込まれたということだ。
イザークが密かに集めた情報によると、アスランは脱走する直前に議長と面会していたという。
アスランをザフトに復帰するよう促したのは議長。フェイスとしての権限を与え、セイバーを与え、ザフトの英雄としてミネルバに乗り込ませた。そして、掌を返すようにアスランを裏切り者として手配し討たせたのも、また議長なのだ。
アスランから時折もたらされるメールには、イザークが怪訝に思うほどの議長への傾倒ぶりが窺えた。それがいつの間にかなくなったと思った矢先の脱走騒ぎだった。
アスランが彼に利用されたことは最早疑う余地はないだろう。利用価値がなくなった、もしくは議長にとって危険な存在になったために切り捨てられたと考えれば、手際の良すぎる追討劇も合点がゆく。
まさかとは思うが、追い詰められたロゴスの首領が月基地へ逃げ込み、プラントに向けてレクイエムを撃つことも議長は計算の上だったのではないか。
一瞬そんな危険な考えが脳裏を掠めたイザークは、はっとして否定するようにゆるく首を振った。
自分でも馬鹿な考えだと思う。仮にも評議会議長がプラントの市民を犠牲にするようなことを見逃すはずがない。だが、一度湧き上がった疑念はそう簡単には消えてくれず、消し去ったつもりでも胸の奥底で燻り続けている。
たとえ議長の思惑がどこにあるとしても、ザフトの軍服を身に纏っている以上、プラントを護るために命をかける。それがイザークにとっての誇りであり、譲れぬ矜持だった。その信念は、纏う軍服の色が変わった今も変わらない。
デスティニーに撃墜されて海に沈んだアスランの身は心配だが、彼がそう簡単に死ぬはずはないとイザークは思っている。それは希望的観測ではなく、確信に近い思いだった。
どんな形であっても、必ず自分のもとへ生きて帰ってくる、と―――。
イザークはそう信じて疑わなかった。