Misty




「またこんな所で寝てる」
 高く伸びた大樹の根元に横たわって眠るイザークを見つけたアスランは、起こさぬようにそっと彼へ近付いた。無防備なその寝顔は、起きている時にはキツイ眼差しで自分を睨み付ける人物とは思えない程にあどけない。
 眠る姿はまさに天使の彼の横に、アスランは静かに座った。太い幹に上体を凭れかけながら、首を傾げてじっとイザークの寝顔に見入る。
 絹のように滑らかな銀色の髪、すんなり通った鼻梁、そしてほんのりと紅く染まった形の良い唇。背中を丸めしなやかな四肢を抱え込むようにして眠るイザークの姿は、何処か猫に似ているとアスランは思った。気紛れで我儘で、決して人に懐こうとはしない高慢な猫に。
 ―――ほんと、寝顔は可愛いのに…。
 起こさぬようにそっとイザークの銀の髪を梳き、指に触れるやわらかな感触を楽しんだアスランの頬に苦笑が滲む。
 実際イザークにはいつも戸惑わされてばかりいるアスランだった。
 妙に張りつめていて他人を寄せ付けないところがあるくせに、こんな風に外で無防備に寝ていたりする。一体何を考えているんだろうと幾度となく彼を観察してみたが、そのガラス玉のように綺麗な蒼い瞳は何の感情も映してはいなかった。
 無視しているわけではない。ただ関心がないだけなのだ。他人にも、そして恐らく自分自身にさえも。
 もともと人付き合いは得意な方ではなく、ましてや他人に興味など持つはずもないアスランだったが、どういう訳かイザークにだけはそう多くはない好奇心の虫が動き出す。
 理由などない純粋な興味―――。
 その意味するものが何なのか、彼自身まだよく判っていなかったが。
 ふいに、手の下のイザークが小さく呻いて身じろぎ、アスランははっとしてその手を離した。やがてゆっくりと瞳が開かれ、アスランを困惑させる魔的な蒼が、彼の翡翠と重なる。
「………」
 視線を逸らすこともできず、アスランは魅入られたようにただイザークを、蒼氷の冷たく澄んだ瞳を見つめた。
「―――何か用か?」
 沈黙に焦れたようにイザークが問いかける。淡く色づいた唇が微かな動きを見せ、アスランはその動きに惹かれるままゆっくりと顔を近付けていった。
「アスラン…?」
 イザークの瞳がそれと判るほど大きく見開かれ、そして唇が重なった。  触れるだけのやさしい口付けは本来アスランの趣味ではなかったが、イザークのひんやりとしたやわらかな唇の感触は心地好く、思いのほか彼を酔わせた。
 やがて静かに唇が離れ、蒼氷の瞳が翡翠色のそれに映る。
 イザークは驚いているのか、切れ長の瞳がぼんやりとアスランを見上げていた。しかしその瞳に嫌悪の色はなく、そのことに安堵を覚えた彼は再び伸ばした指先で前髪をそっと整えてやる。嫌がって振り払われるかと思いきや、大人しくされるがままになっているイザークに、アスランは小さく笑った。
「ほんと、猫みたいだね」
 言っている意味が判っているのかいないのか。イザークはほんの少し首を傾げるようにしてアスランを見上げた。そんな彼の仕種がひどく可愛らしく、思わず頬が緩む。
「邪魔してごめんね」
 髪を優しく撫ぜながら小さく詫びると、徐に立ち上がったアスランは、暖かな陽射しが振り注ぐなかをゆっくり歩き出した。
 なんとはなしに楽しい気分になるのは間違いなくイザークのせい。
 あのポーカーフェイスの裏の本当の顔を見てみたい。何故か強烈にそう思った。
 どうすればあの仮面が剥がれるのか。考えるだけで面白いが、取り敢えず今はこの楽しい気分だけで満足しよう。
 悪戯を考える子供のように弾む心に、アスランは無邪気な笑みを浮かべた。





 白い薄手のカーテン越しに仄かな月の光が室内に忍び込み、辺りにたちこめる夜の帳が、既に荒い息の下で切なく長く尾を引き始めた声を包みこんでいた。
「………っ」
 アスランの長い指が焦らすようにゆっくりとイザークの白く滑らかな肌を滑り下りるたび、彼の身体がはっきりそれと判るほど戦慄く。微かに開かれた唇からは絶え間なく熱い吐息が漏れ、イザークが感じ入っている事を如実にアスランに伝えていた。
 しなやかな肢体。やわらかい唇。雪のように白く肌理細かい、そしてひどく敏感な肌。
 初めてイザークの身体を知ってから、これで何度目の逢瀬だろう。何も知らなかった彼を自分の手で淫らに染め上げてゆくのは、実に倒錯的な快感だった。
 細い身体を組み付せ、なぶり、己が凶器で思うざま貫く。ストイックで端麗な面が、羞恥と理性とそれを上回る快感との狭間で揺れ動くさまが、何ともいえずアスランの情欲をそそった。
「……っう!」
 激しく貫かれたイザークの口から堪え切れず声が漏れる。
「声…出して。イザークの乱れる声が聞きたいんだ」
 イザークが嫌がるのを知っていて、わざとアスランは言葉で嬲った。自分の存在を彼に思いしらせるように、これ見よがしにゆっくりとイザークの中で蠢いてみせる。
「んっ……あ、あっ」
 零れた声に羞恥して唇を噛むイザークに、アスランは愉悦の笑みを浮かべた。噛みしめたせいで紅く染まった唇にくちづける。熱く深く絡み付くようなくちづけは、彼を翻弄するアスランの熱い凶器と相俟って、次第に僅かに残されたイザークの理性を根こそぎ奪って行く。
 とても甘美で危険な瞬間―――。
「は、あっ……ああっ、……んっ」
 喘ぐ口元から唾液が顎に伝い淫らな線を描く。イザークが襲い来る苦痛とそして快感を堪えようと頭を左右に激しく振ると、やわらかな銀糸がシーツの上でパサパサと乾いた音を立てた。
 ねっとりとした熱いうねりが腰から背へ、全身へ押し寄せる波のように走り抜け、身体の自由を奪って行く。弓なりに反った背がアスランの動きに合わせて痙攣し、イザークは爪先を突っ張らせた。
「んんっ…! アスラン、…もうっ……、も…う………あっ、あああっ!!」
 身体中熱いうねりに翻弄されて、イザークはもう自分が何をされているのかどんな体勢でいるのか、それすらも判らなかった。朦朧とした意識に届くのは、アスランの自分の名を呼ぶ声。ただそれだけ。
「イザーク…」
 縋るものを求めるように、イザークの腕がアスランの背に回される。
 ―――――溶けてゆく……このまま……アスランの腕の中で………。
 高く高く昇りつめた快楽が頂点で弾け、急速に失墜してゆくのを感じながら、イザークはやっと意識を手放した。



 静けさを取り戻した室内で、アスランは傍らで疲れきって眠るイザークの額にそっとくちづけた。シーツを肩までかけなおし、汗に濡れた銀の髪を優しく梳いてやる。
 子供のようにあどけない寝顔は、普段の冷たくとりすました顔と、ベッドの上で別人のように乱れる顔とも全く違う、イザークの素顔。
 この彼の姿を見ていいのは自分だけ。他の誰にも見せてやらない。
 独占欲がちりちりと胸を焼く。
 それにしても……と、アスランは考える。
 ストイックなはずの彼が、何故抗いもせず抱かれているのか。その理由が自分に好意を持っているからだと思うほど、アスランは自惚れてはいない。
 単なる暇潰しか、本当にそうなのか、それとも……。
 どうも前者に分がありそうで、アスランは気が重かった。
 それでも、今ここに眠っているイザークは自分のものだ。彼の真意が何処にあるのか判らないけれど、このぬくもりだけは真実。
 眠りの淵を漂うイザークは何を夢見ているのだろう。
 万に一つの可能性もあるまいが、自分の夢だったらいいなとアスランは密かに思った。





       END



アスイザ1周年おめでとう記念SSです。
やっぱり当日何も更新がないのは寂しいので、
書き溜めてたネタをちょっと修正してアップしてみました。
アスイザというよりは、アス→イザな感じで、セフレな二人(汗)
なので、普段書いているイザークとは大分性格が違います。
怒んないし、怒鳴んないし、無表情だし(笑)
アスランも、ちょっと違うかな?
タイトルは、氷室京介の「Misty」から。
一応曲のイメージで書いたつもりなんですが、イマイチわかりにくいなあと、自己反省;
えっちシーンも相変わらずぬるくてすみません;
でも、サイトに閲覧制限なく載せるには、このくらいが限界かな、と。
やっちゃってる段階で15禁のような気もしますが、まあお祝い事?なので不問不問(笑)