交代要員との引き継ぎも終えて部屋に戻ったイザークが手ずから淹れた紅茶を片手に寛いでいると、同じくシフトを終了したディアッカが戻ってきた。
「イザーク、エザリアさんから何かきてたぞ」
「母上から?」
カップとソーサーを机の上に置いて振り向くと、近付いてきたディアッカに荷物を渡された。
「何だろう…?」
嬉しさを隠し切れない様子で箱を空けてみると、中にはイザークが好きな紅茶の茶葉の缶が数缶とカードが入っていた。樅木がデザインされた上品な色調のカードを開くと、中にはエザリアの流麗な文字で「メリークリスマス」から始まるメッセージが書かれていて、字面を追うイザークの表情が柔らかく解ける。
「クリスマスカードかあ。そういやもうすぐクリスマスだよね」
「貴様、見るな!」
脇から覗き込むディアッカを睨みつけてカードを胸に伏せて隠すと、彼は「えーっ」と唇を尖らせた。
「いいじゃん、減るもんじゃなし」
「減る! 折角の母上のカードが穢れる!」
「…お前ね。それが幼馴染みへ向かって言う言葉か?」
イザークの相変わらずのエザリアへの崇拝ぶりにディアッカは肩を落とす。
「ふんっ」
偉そうに顔を背けたイザークは、中身をディアッカから見えないように隠しながら食い入るようにカードを眺めた。そんな子供のような仕種を見せる幼馴染みにディアッカは苦笑を漏らす。いつもはきつい印象の強い蒼氷の瞳にやさしい光が滲んでいて、「ほんと仲の良い親子だなあ」としみじみ思う。
「何だ?」
視線に気付いたイザークが顔を上げると、わざとおどけた様子で聞いてみた。
「んー。俺も紅茶が飲みたいなー、なんて」
「自分で淹れろ」
「…訊いた俺が馬鹿でした」
半ば予想していた答えだったので、さして気にすることなくディアッカはあっさりと話を代えた。
「そういえば、ミゲルがイヴの夜に仲間内でクリスマスパーティをするとかなんとか言ってたっけ」
「戦時中なのに不謹慎な」
生真面目なイザークが眉を顰めてみせるのに苦笑を浮かべたディアッカは、
「まあまあ。折角のクリスマスだし、たまには息抜きもいいでしょ? 勿論イザークも出るよね?」
「俺がか?」
「うん。アスランと一緒に過ごしたいとは思うんだけど、そこはまあ仲間同士、付き合いも大事だからね」
「何であいつが出てくる!」
心持ち目元に朱を滲ませたイザークが食ってかかる。こんなとこは本当に正直な奴だなと心の中で呟きながら、更に煽るようにディアッカが言った。
「えー。だって、普通イヴは恋人と一緒に過ごすもんでしょ? だから、イザークもアスランと約束があるんじゃないかなーって思ってさ」
「だ、誰が恋人だ、誰がっ! それに、何も約束なんかしていないっ!」
今度こそ顔を真っ赤に染めたイザークが声を荒げた。
「あのね。イザークがアスランと付き合ってるのって、俺らの間じゃ周知の事実なの。照れるのもいいけど、いい加減素直になったら? 恥ずかしがりも度が過ぎると厭きられるよ?」
純情なところがイザークの良いところでもあり、また可愛いところでもあると思ってはいるが、彼の普段のアスランへの態度にいたく同情しているディアッカは、わざと突き放したような口調で奥手な幼馴染みをけしかける。
「そっ、そんなこと…」
勢いよく口を開いたはいいが、思い当たる節があるのか言葉を紡げずに語尾が消えてしまう。そのまま俯いてしまったイザークを励ますようにディアッカが言った。
「だからさ、イザーク。この際、思い切ってアスランに言ってみたらどう? イヴの夜を一緒に過ごそうって」
「…さっきは仲間の付き合いが大事だとかどうとか言ってなかったか?」
「まあね、確かに仲間は大事だけどさ。それ以上に恋人の方が大事でしょ? やっぱ」
恋する人間なら当然の選択でしょうと、茶目っ気たっぷりにウインクしてみせる紫水晶の瞳の少年に、イザークは呆れたように溜息をついた。
「……やっぱり貴様は調子のいい人間だということが、改めてわかったぞ」
「えーっ。それはないでしょー。折角人が応援してあげてるのにぃ」
「親切の押し売りはいらん」
不満気な声を上げる幼馴染みをぴしゃりと切り捨てたイザークだったが、口調と裏腹に蒼氷の瞳が楽しげに笑っていることに気付いたディアッカは、最近精悍になってきたとお姉さま方から好評な口元をにやりと歪めた。
「ま。ミゲルにはうまく言っとくから、うまくやれよ〜。健闘を祈る」
「ふざけろ、馬鹿っ!!」
わざわざ最敬礼までしてみせる悪趣味な幼馴染みに付き合いきれんとばかりに立ち上がったイザークは、その勢いのままドアへ向かった。
「アスランによろしくね〜」
軽い空気音を立てて開いた戸口に手を掛けて振り返ったイザークは、ひらひらと手を振るディアッカを眼光鋭く睨みつけると、盛大に顔を背けて部屋を出ていった。扉が閉まる瞬間聞こえてきた笑い声に、イザークは後で憶えてろと報復を誓う。
なんとなくディアッカにうまく乗せられたようで面白くはないのだが、素直じゃない自分が素直になれるきっかけがほしいから、わざと乗せられてやることにした。確かに戦争中でクリスマスだなんだと浮かれている場合ではないと思うのだが、だからこそささやかな幸せを共有したいと思い直し、多分喜んでくれるだろうアスランの少し照れくさそうに、でも嬉しそうに笑う顔が見たくて彼の部屋へ急いだ。
入口に立つと勝手知ったる気安さで部屋のキーロックを外し、中へと入る。
「邪魔するぞ」
案の定アスランは机に向かって趣味の電子工作機械の製作に没頭していて、イザークが入ってきたことにも気付かない。同室のラスティはどうやら不在のようだ。一度始めると何事が起きても気付かないアスランにとっくに慣れてしまったイザークは、ずかずかと近寄ると彼の肩をいきなり掴んだ。
「おい!」
「うわっ! イザーク、脅かさないでよ」
真面目に驚いた様子のアスランが、作りかけの丸い球体から手を離してイザークを見上げる。
「そいつに没頭しすぎる貴様が悪い。軍人にあるまじき所業だ」
冷ややかに見下ろされる蒼い双眸に苦笑を浮かべたアスランは素直に謝った。
「ごめん。どうしても一度集中しちゃうと、周りに神経がいかなくなるんだ。悪い癖だとわかっているけど、なかなか直せなくて…。ところで、急にどうしたの?」
「…用がないと来ていけないのか?」
その声音に拗ねたような響きを感じ取ったアスランは、宥めるようにイザークの白い手を取った。
「まさか! いつだって大歓迎だよ」
にっこりと満面の笑みを向けられて、イザークの頬が朱に染まる。いつになってもアスランの全開の笑顔に弱い。そんな自分を誤魔化すようにそっぽを向いたイザークは、さも思いついたように口を開いた。
「そ、そういえばっ。…24日に何か用事が入っているか?」
「24日? その日はラクスのクリスマスコンサートに招かれてるけど…?」
「……え?」
振り返ったイザークの蒼氷の瞳が大きく見開かれた。浮き立った気分にいきなり冷水を浴びせられた心地で、一瞬頭の中が空白になる。
「イザーク?」
その場に固まってしまったイザークの顔を怪訝そうな眼差しをしたアスランが覗き込んだ。
「その日がどうかしたの?」
「―――いや…。別、に。……ミゲルがクリスマスパーティをやるから、貴様の都合はどうか訊いてくれと言われたから…」
気を取り直したイザークは、声が震えないよう最大限の努力を払いながらやっとの思いで言葉を紡いだ。その甲斐あってか、アスランは彼の状態に気付くことなくすまなそうに口を開く。
「そっか…。折角の誘いだけどごめん。今回のクリスマスコンサートは先月から決まっていて、絶対に来るようにと父から厳命されているんだ。ミゲルに謝っておいてくれないかな」
普段は都合よく忘れてしまっているのに、こんな時に嫌でも思い知らされる婚約者の少女の存在。例えアスランからあくまでも形式的なものだと言われていても、何の慰めにもなりはしない。それは紛れもない事実なのだから。現に、彼のイヴの予定は彼女のために空けられていて、恋人である自分はそれに意義を唱えることも叶わないのだ。
「ああ。ラクス・クラインの公式行事だからな。確かに貴様が出なければ話にならん」
心は冷たく冷えているのに、うっすらと笑みさえ浮かべて理解ある恋人の台詞を口にする自分に吐き気がしそうだった。
「ごめん…」
そんな恋人の様子に気付いたのか気付かないのか、アスランはイザークの華奢な身体を胸の中にそっと引き寄せると、宥めるようなキスを切れ長の目元に落とす。
「…わかってるから、気にするな」
「次の日には帰って来れるから。そしたら、二人でゆっくり過ごそう?」
嬉しいはずのアスランの優しい言葉も、今は胸に苦い。自分を気遣ってくれるのはわかるけれど、正直その優しさが恨めしかった。だったら自分を置いて何故行くんだ?と詰ってしまいそうで、そんな自分をイザークは必死で堪えた。
「…別に、無理しなくていいぞ。クリスマス当日は行事が目白押しじゃないのか?」
「流石にそこまで拘束されたくないから、軍務を理由にキャンセルするから大丈夫。…ダメ?」
上目遣いで強請る翡翠色の瞳に根負けしたようにイザークは苦笑を漏らした。
「わかった。楽しみにしてる」
その応えに安心したように微笑んだアスランはゆっくりと顔を近付け、イザークのほんのり色づいた唇に己がそれを重ね合わせた。啄むようなキスを繰り返し柔らかな唇の感触を存分に楽しんだ後、恋人の華奢な身体を胸の中へ深く抱き込むと、耳元で甘く甘く囁いた。
「好きだよ、イザーク」
「……馬鹿」
告げられた甘い言葉に照れが先に立つイザークは、可愛らしい憎まれ口を返しながらゆっくりと彼の背中に腕を回す。そんないつも通りの恋人の反応に微苦笑を浮かべたアスランは、黙ったまま抱く腕の力を強めた。
愛しむような告白と力強い腕に彼の真摯な想いを感じながらも、心の片隅にぽっかりと空いた空虚さをどうしても埋めることができないイザークは、彼に知られぬようにそっと溜息を押し殺すと甘えるように肩口に顔を埋めた。
静かに閉じられた蒼氷の瞳が切なげに揺れていたことなど、その時のアスランは知る由もなかった。
□□□□□
イヴの当日。コンサート開始前のラクスの控室を訪れていたアスランは、部屋いっぱいに飾られた花々をぼんやりと眺めていた。
脳裏を過ぎるのは、自分を送り出したイザークの儚げな微笑み。物分かりの良すぎる恋人は、どこか自分に対して一線を引いている節がある。それをもどかしいと思いながらもどうすることもできなくて、黙って受け入れてしまう情けない自分。今回だって何か言いたげな素振りを見せるイザークを促すことすらできずに、結局は言葉を飲み込ませてしまった。
一体イザークは何を言いたかったんだろう…?
釈然としない思いを抱えながら視線を備え付けのモニター画面に移すと、そこにはこの日を家族と恋人と友人と過ごそうと集まった人々の楽しそうな顔が映し出されていた。
その様子を黙って見つめていたアスランは、ふいに何故自分はこんなところにいるのだろうと、夢から覚めたような思いで瞳を瞠った。
今日のこの日、自分がいるべき場所はここではない。
過ごすべき恋人がいる場所は―――――。
「―――浮かない顔してらっしゃいますわね、アスラン。何か心配事でもおありですの?」
「……ラクス」
穏やかな微笑みを浮かべた緋色の髪の歌姫が静かに訊ねてくるのを、アスランは意を決したように向き直った。
「ラクス。悪いけど急用ができたみたいだ。じゃなくて、急用だ!」
「それは大変ですわね。早くお帰りにならないと、相手の方もご心配でしょう」
「え…?」
彼女の意味ありげな言葉に訝しげな視線を向けたアスランに、ラクスは種明かしをするマジシャンのように悪戯っぽく笑った。
「アスランにどなたか大切な方ができたことは、なんとなくわかっておりましたわ。ですから、貴方が今日ここに来られて正直驚きましたの。大切な日に恋人をほったらかしにするなんていけません。早く帰って差し上げてくださいな」
「ラクス…」
「大体、そんなしけた顔されていては、折角のクリスマスコンサートが台無しですわ」
「しけた、って…」
およそ彼女らしくない俗な言葉に茫然とラクスを見つめたアスランは、全てを見透かすような澄んだ湖水のごとき瞳にやっぱり彼女には叶わないなと苦笑を浮かべた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただくことにするよ」
「ええ。お気をつけてお帰りになってくださいな。そのうちアスランの好い方をわたくしにも紹介くださいませね?」
無邪気に笑うラクスに曖昧な笑顔で返したアスランは、これ以上余計な突っ込みを受けては敵わないとばかりに早々に暇を告げると、彼女の前から一目散に退散したのだった。
□□□□□
「アスランのバカヤローっ!!」
ミゲル秘蔵のワインを一気に呷ったイザークが、おかわりとばかりにグラスを差し出した。もう何杯目というより何本目かわからない酒量に彼の身体を心配したディアッカがやんわりと窘める。
「イザーク、もうやめたら?」
「うるさいっ! 今日はとことん、飲むんだ。ミゲルだってそう言ってたろ!?」
ディアッカの制止を一喝のもとに切って捨てたイザークに据わった目で睨まれたミゲルは「まあ、な…」と言葉を濁す。
アスランと過ごす予定がなくなってしまって、表面上は平静さを保っていてもどこか寂しげなイザークを見かねてパーティ――というよりただの飲み会――に誘ったまではよかったが、アルコールが進むにつれて絡み酒になってしまった彼にほとほと困り果ててしまっていた。
より正確に言うならば、アルコールのせいで白磁の肌をほんのりとピンク色に染め、蒼氷の瞳を潤ませたイザークの姿は壮絶に色っぽく、うっかり凶暴な性格を忘れてふらふら〜っと近付いてしまい、そして次の瞬間、思い出したように暴れるイザークに殴る蹴るの暴行を受けるのだ。ここにいる全員が彼の被害を受け、体のあちこちに青痣を作っているのだから、その被害たるや尋常ではない。
「ったく、アスランのやつ…」
大トラと化したイザークに手を焼いたディアッカが、今この場にいない濃紺の髪の少年を恨めしそうに脳裏に描いた瞬間扉が開き、その姿を認めたディアッカは叫んだ。
「遅いぞ、色男!」
その声に皆一斉に視線を入口向けると、そこには肩で息をするアスランが立っていた。
「―――何で…?」
今まで悪態の限りを吐いていた相手が突然姿を現したことが信じられなくて、茫然と瞳を見開いたまま動けないイザークの腕を取って立たせたディアッカは、戸口に立ったままのアスランの元へ世話の焼ける幼馴染みを届けた。
「間に合ってよかったよ。後はよろしくやってくれ」
「すまない…」
「そう思うんなら、一人にしとくなよ。誰かに盗られても、俺は責任持てないぜ?」
「ああ。もう絶対にしないよ」
そう言ってイザークを腕の中に引き寄せたアスランは、不敵に笑ってみせた。そのあからさまな牽制に、ディアッカはやれやれと肩を竦める。
「ア、アスランっ! 貴様、離せっ!!」
漸く我に返ったイザークが、アスランの腕の中で暴れ出した。顔を真っ赤に染めながら腕を突っ張って逃れようとするが、かなり酔っぱらっている状態では力の半分も出せず、傍目にはじゃれあっているようにしか見えない。
「ほら、暴れない。まったく、こんなになるまで飲んで…。転んだら危ないだろ?」
「いいから、離せーっ!!」
「照れなくていいから。ほらつかまって」
抵抗するイザークを難なく抑え込んだアスランは、それはもう楽しそうに恋人の華奢な身体を抱き抱えながら部屋を後にする。その様子を茫然と見送ったミゲルがぽつんと呟いた。
「―――で。結局アスランの奴、俺等に当てつけに帰って来たってワケ?」
「もしかしなくても、そうじゃねえの? 折角しょげてるイザーク宥めてやったのに、嫉妬に狂った男って、ほ〜んと見苦しいねぇ」
呆れたようなディアッカの言葉に、ミゲルが低く唸った。
「……やってらんねぇ」
それはまさにこの場にいる全員の心境で。彼らはもう二度と二人に係らまいと固く心に誓うのだった。
「あんの、バカップルーーーっっっ!!!!!」
ミゲルの絶叫が部屋中に響き渡るその頃、アスランにまんまと彼の部屋へ拉致されたイザークは、暴れすぎたために急激にアルコールが回ってぐったりとベッドに伏せていた。
「だから大人しくしてろって言ったのに」
「…うるさい、馬鹿」
ベッドに腰掛け、宥めるように優しく銀糸を梳いていたアスランは、憎まれ口を叩くイザークに苦笑を漏らした。
「水飲む?」
「ん…」
流石にこればかりは素直に聞き入れたイザークはゆっくり身体を起こすと、手渡されたグラスを一気に飲み干した。
「―――何で帰ってきたんだ?」
水分を摂って一心地ついたのか、イザークが俯いたまま訊ねると、差し出されたグラスを受け取りながらアスランは大袈裟に溜息を吐いた。
「イザークと二人でイヴの夜を過ごしたくて急いで帰ってきたのに、酷いなあ」
「嘘吐けっ!」
その言葉に、イザークが顔を上げて噛み付いた。
「嘘じゃないよ」
「じゃあ、何で出かけたりしたんだっ!」
「あ。やっぱり出かけてほしくなかったんだ?」
図星を突かれてうろたえたイザークが背を向けようとするのを両手を掴んで阻止したアスランが、真剣な顔で覗き込んできた。
「正直に言って? イザーク。俺、馬鹿だから言ってくれなくちゃわからないよ」
「……嫌味か? それ」
拗ねたように顔を背けるイザークにアスランは根気よく言葉を繋いだ。
「馬鹿だよ? こんな大事な日にイザークの傍を離れたんだから、大馬鹿だ」
恐る恐る振り向いたイザークは、真っ直ぐに見つめてくる翡翠の瞳の強さに体ごと絡めとられ、身動きができなくなる。
「だから言って? イザークはどうして欲しいの?」
請うような響きの声音にやんわりと背中を押され、何かを告げるように唇を開きかけては閉じる仕種を繰り返していたイザークは、そんな自分の様子を辛抱強く見守っているアスランの眼差しの暖かさが切なくなるほど嬉しくて、堪えきれずに彼の胸に顔を伏せた。
「―――――――傍に…、いろ……」
消え入りそうなほど小さな小さな呟きは、それでもアスランの耳にはっきりと聞えた。心の中に灯りが点ったようにじんわりと暖かくなり、知らずうちに頬が緩む。
「……うん」
満面の笑みを浮かべたアスランは、イザークの細い身体を思いっきり抱き締めた。即座に「痛い!」と抗議が上がるのを、「我慢して」と一言のもとに却下する。
「この、馬鹿力っ!」
本心を吐露してしまった恥ずかしさも手伝って盛大に喚くイザークに、抱く力を緩めぬままアスランが嘯いた。
「俺を喜ばせるイザークが悪い」
「何だとっ!」
どうにかこうにかアスランを引き剥がしたイザークが眦を吊り上げて顔を覗き込むと、無邪気な子供のような笑顔に出迎えられ、途端に怒気も抜けた。
「…貴様。何だ、その間の抜けた顔は」
「酷いなあ」
なんとなくバツが悪くなってつい憎まれ口を叩くと、アスランが笑いながらまた腕を伸ばしてきた。それを抗わずに受け入れるイザークの頬にも笑みが浮かぶ。
「もう少しシャキッとした顔ができんのか? どうにも締まりがなさすぎる」
「無理だよ。だって、イザークと一緒にいるだけで嬉しいんだもん」
しゃあしゃあと言ってのける年下の恋人に、呆れたようにイザークは溜息を吐いた。
「―――貴様。やっぱり大馬鹿だな」
「えへへ」
本当に嬉しそうに笑うアスランにつられるように、イザークもまた花が綻ぶように綺麗な笑みを浮かべる。
ゆっくり降りてくる唇を受け止めながら、イザークはこんな騒々しいイヴは実に自分達らしいと、心の中でこっそり思うのだった。
END