グラハム・エーカーは、薄暗いバーのカウンターで一人スコッチのグラスを傾けていた。
 物憂げな横顔は、なにかに焦がれているようにも、衝動を堪えているようにも見える。
 ―――――――また、ガンダムを取り逃がしてしまった……。
 苦い自嘲が頬をつく。
 初めて会ったときから、心を奪われていた。二度直接対峙し、その機動性と攻撃性に感嘆を禁じえなかった。
 心ゆくまで戦いたいと渇望し続け、ようやく得られた思いがけない邂逅―――アザディスタン王国の砂漠の地で会ったガンダムは、あの時と違う緑の機体のガンダムだった。
 まるで長年の好敵手と相見えたときのように高揚した。
 「彼」を倒すのはこの私だと、予感めいた確信にグラハムの心が歓喜に奮えた。
 闘争本能のままに戦いあい―――だが、いいところで邪魔が入ってしまった。
 本部からの緊急通信を無視してあのまま戦い続けるのは、軍人としての矜持が許さなかった。
 口惜しい思いを残しつつあの場を離れたが、闘争心は不完全燃焼のまま身体の奥で燻り続けている。
 あれからずっと熱が冷めやらず、お陰でこんなところに来る羽目になってしまった。
 熱を鎮める手っ取り早い方法は、溜まった熱を吐き出すことだ。
 スポーツや訓練で熱を発散させるのも方法の一つだが、生憎とそんな健全な思考を持つほど青くはない。もっと即物的で動物的で享楽的な方法があることを知っているのだから。
 そして、こんな獰猛な気分のときに求めるのは、安らぎを与えてくれる柔らかな女性の身体ではなく―――。
 グラハムは照明が極力絞られた店内を眺めるふりをして客の様子を探った。どんなときでも妥協はしたくない性格は、こんなときにも現れる。
 それがたとえ一夜のなぐさめの相手をさがすときであっても―――。
 そんなグラハムの思いとは裏腹に、なかなか彼の眼鏡にかなう相手は見つからなかった。逆に変な勘違いをした人間から嫌な秋波を送られて、辟易させられる。
 今夜はおとなしく帰るか、それとも河岸を変えるか―――と、半ば諦めかけたグラハムの目に、カウンターの端に佇む彼の姿が映った。
 すらりとした長身、しなやかな身体つき。薄暗い店内でも、その目鼻立ちの端整さは際立っているくせに、妙に気配を消すのが上手く、グラハムも危うく見逃しそうだった。
 直感的に、見つけた、と彼は思った。
 グラハムは手の中で弄んでいたグラスの中身を乾すと、バーテンにスコッチのダブルを二つオーダーした。
 したり顔のバーテンからグラスを二つ受け取ると、ゆっくりと彼へ近付いてゆく。
「……奢らせてくれないか?」
 グラハムがカウンターの上にスコッチのグラスを置くと、青年は怪訝そうな顔を向けてきた。
 間近で見ると、ますます好みの貌だった。
 ゆるいウェーブのかかったダークブラウンの髪から覗く秀麗な額。すっと通った鼻筋に薄い唇。あからさまに警戒してみせる切れ長のターコイズブルーの瞳はストイックで、グラハムの興をそそる。
「理由がないな」
 素っ気なく言い捨てられてもグラハムは気にしない。
「君が気に入ったから…、ではだめかな?」
「そんな陳腐な台詞で口説いてるつもりかよ?」
 シニカルな笑みが青年の薄い唇に浮かぶ。少しハスキーな低音がたまらなく色っぽかった。
 グラハムは彼の顔を覗き込むようにして顔を近付けた。オリーブグリーンのまなざしを、ひたりとターコイズブルーの双玉に向ける。
「身体の熱が鎮まらなくて、ひどく凶暴な気分だ。こんな気分のとき、女性を相手に無茶はしたくない。手酷く扱って壊してしまう可能性がある。だが、男性相手ならば、多少の無茶をしても構わないだろう?」
「…詭弁だな」
 直裁に、けれど熱っぽく訴えると、冷笑で返された。だが、瞳は逸らされていない。そのことにグラハムは心の中である確信をもった。
 彼も、身裡に燻る熱を持て余している、と―――。
「きみも同じゃないか?」
「……?」
 グラハムの言葉に、青年が怪訝そうな目を向けた。
「その綺麗な瞳の奥に、ひどく熱いものを感じるよ。上手く隠しているようだが、私にはわかる」
 ほんの一瞬、僅かにうろたえた素振りを見せる青年を、グラハムは見逃さなかった。
 ゆったりとした笑みを浮かべながら、カウンターの上に置かれた彼の左手へ自らのそれを重ねる。視線は彼を見据えながら、皮手袋に包まれたしなやかな手を節ばった指を、指先でゆっくりと焦らすように愛撫する。
「…っ!」
 今度ははっきりとわかるほどに身体を震わせた青年に、グラハムは笑みを深くした。
 微かに情欲を滲ませたターコイズブルーの瞳を、挑発的なまなざしで見つめたグラハムは、彼の耳元でそっと囁いた。
「きみが抱えるその熱と、私の熱を共に分け合わないか?」
「……余計に熱くなったらどうするんだ」
「そのときは、冷めるまで付き合うよ。これでも、体力には自信があるんでね」
「……………」
 二つの視線が絡み合う。体温が確実に一度は上昇した心地のグラハムは、期待を込めて彼の返答を待った。
「……いいぜ。満足するまで付き合ってもらおうか」
 皮肉げな笑みを唇に滲ませた青年は、猛禽の鋭さを思わせる瞳をグラハムに向けた。
 これが彼の本質なのだろう。牙を剥かれる快感に心が震える。
 喰うか喰らわれるか。極限のせめぎ合いは、グラハムを何よりも興奮させる。そして、それが戦場であれベッドの上であれ、勝利の美酒に酔うのは自分だ。
 青年の手を恭しく持ち上げたグラハムは、視線を合わせたまま、しなやかな指先にくちづけた。
「お望みのままに」