「ティエリア?」
 ハレルヤは、双子の兄の口から出た聞き覚えのある名前に僅かに眉を顰めた。
「忘れたのかい? ほら、子供の頃隣に住んでいた男の子だよ。彼が引っ越すまでよく一緒に遊んだだろ?」
 アレルヤの言葉に記憶の淵をさらったハレルヤは、ふと一人の小さな男の子の顔を思い出す。
「……ああ。あの、愛想もくそもない小生意気なガキか」
「小生意気なって…」
 相変わらず口の悪いハレルヤに、アレルヤは苦笑を浮かべた。
「で? そのティエリアがなんだって?」
「うん。今度また隣に越してきたんだよ。さっき挨拶に来たんだけど、すっかり綺麗になって見違えたよ。また仲良くしてあげてね、ハレルヤ」
「―――アレルヤ。おまえ、阿呆か? 男に綺麗なんて言葉使う馬鹿がどこにいるんだよ」
「そうは言うけどね、ハレルヤ。ティエリアに会ったら、絶対に驚くって」

 アレルヤとそんな会話をしたのが昨日のことだ。
 ハレルヤは、目の前に立っているどこから見ても美少年としか形容しえない少年をじっと見つめた。
 肩のラインで綺麗に整えられた菫色の髪は、天使の輪がくっきりと浮かぶさらさらのストレート。白磁の肌に絶妙に配置された切れ長の深紅の瞳、形のいい鼻梁。思わず触れたくなる滑らかな頬にほんのりとピンクに色づいた可憐な唇。
 いっそ美少女といっても十分通るだろう。というか、これで女の子じゃないのははっきり言ってサギだ。
「……ハレルヤ?」
「―――おまえ……。ティエリア、か………?」
 まさかと思いつつ、半信半疑で問い掛けるとあっさり頷かれた。
「ええ、そうです。お久しぶりです、ハレルヤ。五年ぶりですか?」
 凛とした涼やかな声は、彼によく似合っていた。口元に浮かぶやわらかい微笑みも。
「ああ。そのくらいになる、か……?」
「はい。憶えていてもらえて嬉しいです。…ずっと会いたかったので」
 ほんのりと目元を染めながらはにかむように微笑むティエリアに、ハレルヤの心臓がどくん、と大きく脈打った。
 いやちょっと、待て! 俺! 相手は男だぞっ!?
 いくら綺麗でも、男は守備範囲外だ!と頭の中で騒ぐ声がするが、自分を真っ直ぐに見つめてくる深紅の双眸に捕らわれたかのように、そんなことはだんだんどうでもよくなってくる。
「また隣に越してきたので、よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げて、にっこりと嬉しそうに笑う。その笑顔を見た瞬間、ハレルヤの中で何かが音を立てて壊れた。
「………!」
 気が付いた時には、目の前の華奢な身体を抱きしめていた。己が行動を自覚した後も、ハレルヤは細い身体を離せなかった。
 綺麗な綺麗なティエリア。
 アレルヤにだって渡せない。渡したくない―――――!
 自身でも驚くほどの強い衝動に突き動かされるままに、ハレルヤは口を開いていた。
「―――――俺のもんになれよ……」
 ハレルヤの腕の中で、抗うことなくおとなしくされるがままのティエリアの首が小さく動いた。それに気をよくしたハレルヤは抱きしめる腕の力を強くする。

「―――――やっとわたしを見てくれました………」
 消え入りそうな声で囁かれたそんな言葉が、やさしくハレルヤの耳を擽った―――――。