「いつもと逆の展開だな」
 自室を訪ねたティエリアを、ロックオンはそう言って迎え入れてくれた。
 穏やかなまなざしでティエリアを見つめるターコイズブルーの瞳。二つあったはずのもう片方は黒い眼帯に覆われていて、ティエリアは否応なく己の咎を見せつけられ心が痛んだ。
 他の誰でもない。自分のせいで、ロックオンの右目を失わせてしまったのだ。その罪は、償える術もないほどに重い―――。
 そんなティエリアの心情を正確に読み取っていたロックオンは、知らずうちに俯いてしまっていたティエリアの髪をくしゃりと撫ぜた。はっとして顔を上げると、顔を覗き込むように身を屈めたロックオンがすぐ間近で苦笑を浮かべていた。
「そんな顔するなよ。言ったろ? いつものように不遜な感じでいろって」
「―――でも、僕のせいであなたは大切な右目を…っ!」
 辛そうに眉を寄せ言葉を詰まらせるティエリアの肩を抱いたロックオンは、そのまま華奢な身体を胸元に引き寄せた。
「おまえが傷付くよりはいいさ」
 そう言って頭に宥めるようなキスをするロックオンに、ティエリアはひくりと肩を揺らした。咽喉元まで込み上げてくる熱い塊に、詰る声が震える。
「―――あなたみたいな馬鹿な人、見たことありません…っ」
「愚かの次は馬鹿かよ…。ひでえな」
 苦笑を滲ませながら揶揄してみせるロックオンに、高ぶった感情を鎮められないティエリアの瞳に涙が滲む。
「あなたは何故そんなふうにっ! 僕が…僕が、どんなに……っ!」
 腕を振り払って上向いたティエリアの顔がみるみるうちにくしゃりと歪んだ。潤んだワインレッド瞳からは堪えきれなくなった涙が溢れ、滑らかな白い頬に痛々しい跡を残す。
「あなたなんてっ! あなたなん、て……っ!」
 後から後から零れ落ちる涙を拭わぬまま、ティエリアはロックオンの胸を拳で力なく叩く。
「ティエリア…」
 ロックオンは弱々しい抗議をみせるティエリアの身体を抱きしめた。嫌がって逃れようとするのを許さずに抱く腕の力を強くすると、やがて抵抗をやめたティエリアが腕の中でおとなしく身をまかせてくる。
「―――――悪い。泣かせるつもりはなかった…」
 背中を宥めるように撫でられ、頭髪を慰撫すようにくちづけられると、ティエリアの乱れた心も少しずつ落ちついてくる。すると、急にロックオンの前で泣き顔を晒してしまった羞恥が込み上げてきて、ティエリアは気恥ずかしげに身じろいだ。
 ―――――あ……。
 ふいに、静かに脈打つ彼の鼓動に気付いたティエリアは、そっと瞳を閉じで彼の命の源に耳を凝らした。
 とくんとくんと規則的に打つそれは、ロックオンの生きている証。温かな血が流れている音だった。
「―――――ロックオン……」
「……ん?」
「―――あなたが生きて還ってきて、本当によかった……」
「当たり前だろ。おまえを置いてどこにもいかねえよ」
 ティエリアの言葉にロックオンは細い身体を強く抱きしめた後、涙に濡れた頬に目元に何度もやさしいキスを繰り返した。そして安堵に力の抜けたティエリアをもう一度抱きしめなおすと、可憐な唇を愛おしむようにくちづける。触れるだけの淡いものから想いのたけを込めた情熱的なそれへと移るのに、さほど時間はかからなかった。
「………ん…」
 深いくちづけに息の上がったティエリアの身体を抱きながら、額に目蓋に慈しむようなキスをしていたロックオンは、くちづけの余韻に仄かに染まった耳朶に掠れた甘い声で囁いた。
「……ティエリア」
 その声音にロックオンが何を求めているのか悟ったティエリアは、頬に血の色を昇らせて戸惑うように彼を見上げた。
「―――――でも、そんな身体で……」
 嗜めるようなまなざしを向けると、熱を帯びたターコイズブルーの隻眼に真っ直ぐに見つめられる。
「おまえを感じたいんだ、ティエリア…」
 重ねて哀願されると、首を横に振ることは難しかった。ティエリア自身、ロックオンの腕に抱かれたい気持ちも確かにあったから。けれど、承諾の意を伝えることに声を出すことも頷くことも気恥ずかしくて、逡巡したティエリアは応えの代わりに彼の背中に腕を回した。
 その応えを寸分違わず理解したロックオンがティエリアの身体をふわりと包み込む。
「ティエリア……」
 熱い吐息に耳元で囁かれ、ティエリアはそっと瞳を閉じて降りてくるくちづけを待った―――。





 泣きたくなるほど優しく愛された幸せな時間が過ぎた後―――。
 ティエリアはベッドからゆっくり身を起こすと、傍らで深い眠りについているロックオンを静かに見下ろした。
「―――――無茶をして……」
 右目を覆う黒い眼帯を愛しげにそっと撫でた後、触れるだけのキスを落とす。そしてしばらく穏やかな寝顔を見つめていたティエリアは、ロックオンの右手を両手で包み込むと、トリガーを引くその指先にくちづけた。
「―――あなたは、わたしが守る……」
 もう誰にも傷付けさせない…!
 厳かな誓いを立てたワインレッドの瞳には、固い決意が宿っていた。