そのとき、ティエリアの世界が壊れた―――――。
―――――ヴェーダに裏切られた……? この僕が…!?
国連軍の新型モビルスーツとの戦闘の最中の、突然のシステムダウン。静寂の闇に落ちたコクピットの中で、ティエリアは必死でヴェーダを呼んだ。
―――ヴェーダ! 応えてくれ、ヴェーダ!
けれど、そんなティエリアの思いを嘲笑うかのように、ヴェーダからはなんの反応も返ってこない。
―――ヴェーダ! 返事をしてくれ、ヴェーダっ!!
まるで迫り来る恐怖から唯一逃れられる寄る辺に縋りつくように、ティエリアは悲痛なまでに叫び続けた。
―――ヴェーダ! ヴェーダッ! ヴェーダーーーッッッ!!!
だが、ヴェーダは何も応えない。ティエリアが血を吐く思いで名を呼び続けても、ヴェーダが彼の呼びかけに応えることはなかった。
――――――――――僕は……ヴェーダに見捨てられたのか………?
まるで奈落の底に落ちて行くような感覚に捕らわれたティエリアは、茫然と目を瞠った。
ヴェーダの意思に従い、ガンダムマイスターとして与えられたミッションを速やかに完遂する。それがティエリアに与えられた唯一無二の使命だと、そのために存在しているのだと教えられ、ヴェーダの指示に忠実に従ってきたのに。そのヴェーダから突然拒絶されてしまったティエリアは、自分の取るべき行動も意味も見失ってしまった。
―――ヴェーダと直接リンクすることができなくなってしまったら、僕は…! 僕の存在する意味は…っ!?
自分という概念が根本から崩れてしまう。ティエリアの胸を言いようのない恐怖が襲った。
―――それとも、これは罰なのか?
何ものにも心惑わされず捕らわれず、ただヴェーダの意思に沿うことだけを行動理念においていたはずの自分が、何時からだろう一人の人間に感情を揺さぶられ、心を動かされてしまったことへの罰―――。
だとしたら、ティエリアにとってこれ以上はないほどのひどい仕打ちだ。
ナドレを駆るものとして、一切の感情を持たずに孤高を貫かねばならなかったティエリアが、初めて人としての感情を知ったが故に、ティエリアのティエリアたる所以――ヴェーダとの直接リンクする能力を失ってしまったのだとしたら、それは、ガンダムマイスターとしての資質を失ってしまったことを意味すると同時に、ティエリアの存在意義もなくしてしまったことになる。
―――――僕は……どうしたら………。
自己の存在確立すら危ぶまれるほどの衝撃に茫然自失に陥ったティエリアは、敵の新型モビルスーツが突進してくることにも気付かない。
真紅の光を放つビームサーベルが、ヴァーチェの機体に襲いかかろうとしたその瞬間。
『―――――ティエリア!』
ふいに。何かに呼ばれたかのように顔を上げたティエリアの視界に飛び込んで来たのは、ヴァーチェを庇って敵の刃を受け倒れるデュナメスの姿だった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。優秀なはずの頭脳は目の前の光景をすぐには認識できず、数瞬後にようやく理解したティエリアは、思わず叫んだ。
「ロックオン…っ!?」
―――デュナメスが…っ!
『ロックオン、ティエリア。どうした?』
信じられない光景を目のあたりにして、ティエリアは衝撃のあまり声を失っていた。愕然とする彼の耳には、アレルヤからの通信も聞こえない。
目の前の悪夢としかいいようのない光景が何かの間違いだと、こんなことが起こるはずはないと、ティエリアは真っ白になった頭の片隅で必死に否定する。
だが、そんな祈るような願いも虚しく、ハロの機械声が目の前の惨劇は現実のものだと、非情な宣告をティエリアに突きつけた。
『デュナメス損傷、デュナメス損傷。ロックオン負傷、ロックオン負傷』
「―――――そんな……僕を庇って………」
衝撃に打ちのめされたティエリアは、それでも信じたくなくてゆるゆると首を振った。けれど、途切れぬことなく繰り返されるハロの声がティエリアの心を絶望に切り裂き、震える唇からは悲痛な叫びが零れた。
「ロックオン・ストラトス…っ!!」