入浴タイム

下腹部に挿していたドレーンを抜いてもらった。

 

※ドレーン…シリコンでできた柔らかいチューブ

 

 

 

手術後、肝臓にできた傷口から

 

血が混ざったような半透明の汁

 

(冷凍の牛肉やマグロを溶かした時に出るようなヤツ)

 

が腹の中に溜まってくるのを、

 

そのチューブで外に抜いていたのである。

 

 

 

ドレーンを入れていたところは、ちょうど盲腸の上のあたりにあり、

 

今は指が1本入るくらいの穴が開いている。

 

 

 

その穴は縫うでもなく、テープでとめるでもなく、

 

ただガーゼを当てておくと数日でふさがるそうだ。

 

 

 

 

とりあえずその邪魔なドレーンが抜けたので、

 

手術後初めて10日ぶりにシャワーが許可された。

 

 

 

私はうれしさのあまりすっかり舞い上がってしまい、

 

看護婦のOさんに

 

穴から腹の中にが入らないよう、

 

ガーゼとセロファンみたいなシールを貼ってもらうのももどかしく、

 

風呂場に向かった。

 

 

 

なんせシャワーは久しぶりである。

 

うれしくないはずがない。

 

 

 

風呂場に入ると、私はさっそく身体を洗い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

あー、この世の極楽である。

 

 

 

 

 

 

 

 

病院で極楽不謹慎かも知れないが、

 

 

 

 

 

コレ即ち極楽である。

 

 

 

 

それが証拠に、ビオレが私を歓迎してくれているではないか。

 

シーブリーズのリンスインシャンプーが私の入浴を喜んでくれているではないか。

 

 

 

 

 

うひょ

 

 

 

うひょ

 

 

 

うひょ

 

 

 

 

 

 

見ろ見ろ、このアカ。

 

 

すごいねぇ。

 

 

気持ちがいいねぇ。

 

 

 

 

 

もう、ジャンジャンバリバリである。

 

 

 

うれしくって気持ち良くって、無我夢中で全身を洗いに洗った。

 

そらもうガシガシ洗いまくった。

 

 

 

数分後、さっきまで小汚かった私が、

 

 

見違えるように

 

 

ビューリホ

 

ワンダッホ

 

に仕上がったので、

 

さぁそろそろ出ようかと思って立ち上がると、

 

 

 

 

 

 

 

なぜかガーゼがズッシリと重い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うおぉぉぉー!

 

 

 

 

セロファンみたいなシールが袋の役目を果たして

 

パンパンに膨れ上がっとるでないか!

 

 

この中で金魚が2匹は飼えるぞ!

 

 

 

 

びっくりして慌てて手で押さえたら、

 

白く濁った湯が真上に向かって

 

噴水のようにピューッと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

えらいこっちゃがな。

 

 

 

洗う時に動き過ぎてシールの上側が開いてしまったらしい。

 

 

 

 

 

と言うことは…、今、私のおなかの中には、

 

さっきジャンジャンバリバリ出ていたアカまみれの泡と、

 

しこたま汚い湯がたっぷり溜まっとるやないの!

 

 

 

イヤじゃー!

 

 

 

腹の中にビオレが入ったヤツなんか聞いたことがないぞー!

 

 

 

こればっかりはカッコ悪いとか、そういう甘っちょろい問題ではなくて、

 

とにかく真面目に大変だ。

 

 

 

 

 

『目に入ったら、こすらずにすぐ充分に水で洗い流し、

 

異常が残る場合は眼科医に相談してください』

 

 

 

フムフム。

 

 

 

なるほどね。

 

 

 

容器の裏にはそういった類の注意書きがある。

 

 

 

 

洗い流したらええんやね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って、

 

 

ビオレの泡が内臓についた俺はどなんしたらええんじゃい!

 

 

どうやったら内臓の泡をこすらんと水で洗い流せるんじゃい。

 

 

 

眼科医!相談にのってくれー!

 

 

 

 

大慌てで風呂場から飛び出て処置室にかけ込み、N島先生に状況を説明した。

 

 

N島先生は、綿棒にイソジンという茶色い消毒液を染み込ませ、

 

私のに数センチほど突っ込んで、グリグリと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…あっはん。

 

 

 

 

なんとも言えん気分だ。

 

 

 

痛くはないが、

 

綿棒で内臓付近をグリグリやられている感覚は文章では表現できない。

 

 

特に慌てる様子も無かったので、

 

多分、私と同じようなバカ患者が他にもたくさんいるんだろう。

 

 

 

「おるか!」

 

 

 

 

 

 

その4日後―――――。

 

 

 

風呂は湯につかってナンボである。

 

シャワーなんぞ邪道邪道。

 

 

 

前回、とんでもないハプニングがありながらも

 

シャワーの気持ち良さに味をしめた私は、

 

2週間ぶりの湯につかる風呂で至福のひとときを過ごした。

 

 

 

この前と大きく異なるのは、

 

穴がほぼ完全にふさがっているということである。

 

 

 

 

 

 

 

ふはははははは。

 

 

 

 

もう腹の中に汚れた風呂の湯が入ったり、

 

内臓にビオレの泡がつく心配はないのだ!

 

 

 

 

 

普通そんな心配はせん。

 

 

 

 

完全にふさがろうとしているその傷口は、まるで猫のケツの穴である。

 

 

かわいいヤツだ。

 

 

 

 

 

看護婦のOさんには、「そんなもん見たことないわ」と笑われた。

 

ま、普通見んわな、そんなもん。

 

 

人生何事も勉強、勉強。

 

まぁ、一度ご覧あれ。

 

 

 

 

今日は何もハプニングが起こる要素はない。

 

 

よしよし。

 

 

 

 

安心してたっぷり時間をかけて湯につかり、

 

やおら浴槽から出てビオレで身体を洗いながら、

 

順調、順調と思っていたら…。

 

 

 

 

 

何を血迷ったか久々の大きなクシャミとともに、

 

大量の鼻血をスプリンクラーの如く噴射した。

 

いや、噴霧の方が適当かもしれない。

 

 

 

 

 

しかもクシャミは連発だ。

 

 

 

 

 

 

 

オーマイガー。

 

 

 

 

くそぉ!

 

 

頼むけん、今日ぐらい落ち着いて風呂に入らせてくれー!

 

 

 

身体がホッカホッカなので必要以上に血の巡りが良く、

 

そらもう、そこらへんじゅう血まみれである。

 

 

ビオレ鼻血が混ざってピンク色になりよるやないかい!

 

 

 

 

原因は、美人看護婦に毎日囲まれていたので興奮した、

 

ということにしておこう。