イクラちゃん

あだ名というのは実にくだらない由来の場合が多い。

 

 

大抵は名前の一部をもじったもの。

 

故に、健二クンは必ずケンちゃんと呼ばれ、

 

加藤クンと呼ばれる。

 

 

 

 

また、過去の出来事を茶化したものもある。

 

 

本人は気に入っていなくても

 

周囲の者がそう呼ぶので仕方なくそれに甘んじている、

 

というケースが多い。

 

 

 

ゲリゲロの類は小学校時代のつらい出来事が、

 

残酷で安易な思考回路しか持たない同級生によって

 

あだ名となったもので、

 

どこの学校にも必ず1人は在籍し、

 

高校生になっても中学校の同級生から確実に伝播する。

 

 

 

当然、オッサンになっても、

 

仮に社会的な地位があったとしても、

 

夜の街で同級生に出くわしてしまったら

 

容赦なくあだ名で呼ばれてしまうのだ。

 

 

 

その時、酔っ払った会社の同僚なんかが一緒にいた日にゃ、

 

翌日の職場で彼のあだ名は数十年ぶりに不死鳥の如く蘇るのである。

 

 

 

小学校時代の、下手をすれば幼稚園時代の、

 

たった一度の過ちが一生の足かせとなる。

 

 

 

来たる将来、自分の子供に、

 

「なぁ、なんでお父さんはみんなにゲリって呼ばれるん?」

 

と質問された際、

 

「それはな…」などと

 

友人に勝手に解説されてしまわないよう祈るばかりだ。

 

 

 

 

他にあだ名の由来の悲惨な例としては、

 

見た目で付けられてしまった場合で、

 

男だったら笑えるものも、

 

女の子だったばっかりに非常に気の毒なこともある。

 

 

 

私が未だにハッキリ覚えている同級生のあだ名がゴリ。

 

 

確かにゴリにふさわしい体格と顔の持ち主ではあった。

 

 

しかし、女の子の、しかも多感な中学生のあだ名である。

 

気の毒にもほどがある。

 

 

彼女は高校生になっても、

 

ゴリさんと呼ばれていた。

 

 

 

先日、中学時代の友人から、

 

「ゴリさん、結婚して女の子ができたんやって」

 

と聞かされた時には、

 

どこの動物園のことかと思った。

 

 

 

私は彼女の子供のあだ名が将来、

 

チンパンとかウータンとかにならないことを願ってやまない。

 

 

 

 

 

 

 

高校時代のこと。

 

 

 

 

私にはT比良篤という友人がいる。

 

今は年賀状をやり取りするだけで、

 

10年以上も会っていない。

 

 

 

彼のあだ名はパプー。

 

 

名前とは全然違うし、

 

あまりにもマヌケな響きのそのあだ名の由来はまったくの不明。

 

 

小学校時代に県外から転校してきた時には

 

すでにそのあだ名だったらしい。

 

 

同じ小学校だった連中に聞いてもその由来はハッキリせず、

 

本人しか知らないらしかった。

 

 

しかし、パプーは絶対にその由来を教えてくれようとはせず、

 

度々パプーのあだ名の由来についてはみんなの話題にのぼるのだが、

 

パプーは、

 

「そんなこと、どうでもええやん」

 

と言って、

 

絶対にヒントさえも教えてくれなかった。

 

私の時代、高校生はなぜかヒントが好きであった。

 

 

 

 

 

そんなある日、

 

私はパプーと市内の商店街へジーンズを買いに行く約束をした。

 

 

パプーは自転車通学、

 

そして私は電車通学であったため、

 

ターミナル駅であるK町駅の噴水前で待ち合わせをした。

 

 

 

当時、そこは市内では待ち合わせ場所として最も有名で、

 

電車で私が先に着いた時にも、

 

土曜日の昼間ということもあって、

 

横断歩道の信号待ちの人と

 

噴水の周囲に座って待ち合わせをする人で

 

ごった返していた。

 

 

 

 

待つこと数分、

 

パプーが自転車で横断歩道の向こうまでやって来た。

 

 

 

パプーはキョロキョロしているものの、

 

私にはまったく気付いていない様子。

 

 

 

無理もない。

 

こっちにはこれだけの人がおるんやから…。

 

 

 

 

私は、パプーが私に気付かずに

 

そのまま噴水前を通り過ぎようとしているのを見て、

 

思わず立ち上がり大声で叫んだ。

 

 

 

 

「パプー!」

 

 

 

 

 

完璧なアホである。

 

 

 

 

 

 

周囲の人からすれば、

 

まさかそれがあだ名とは思うまい。

 

 

 

そばにいた学生服の高校生が、

 

いきなり立ち上がって

 

「パプー!」

 

絶叫したのである。

 

 

 

 

周囲からの好奇の視線がイタ過ぎる。

 

 

 

 

イタい、イタいよ〜。

 

 

 

 

 

 

私はおおいに後悔した。

 

うかつだった。

 

本気で後悔しまくったが後の祭りである。

 

 

 

 

その直後、どこかの見知らぬ男子高校生が、

 

すかさずツッコミを入れた。

 

 

 

「お前はイクラちゃんか」

 

 

 

 

ナーイスツッコミ。

 

 

 

 

 

と、同時に周囲のサラリーマンや女子高生から失笑が漏れた。

 

 

 

私は恥ずかしさのあまり気が動転してしまい、

 

 

「おい、パプー!

 

 

ここじゃ、パプー!

 

 

 

 

待ってくれ、パプー!」

 

 

 

と自分では気付かぬうちに、

 

ますます深みにハマっていった。

 

 

 

 

 

パプーはちらっと私を蔑むような目で見たかと思うと、

 

なんとそのまま通り過ぎて行ってしまったのである。

 

 

 

パプーの気持ちはわからないでもない。

 

 

あれだけ大勢の人の面前で散々「パプー、パプー」と言われて、

 

 

 

 

「はい、

 

ボクがそのパプーです」

 

 

 

とノコノコ私の所に来られるワケがないのだ。

 

 

 

つらい。

 

 

本当につらかった。

 

 

仕方なく私はパプーを追いかけた。

 

 

 

高校生達の爆笑が私の背中を後押しした。

 

 

 

 

 

「おい、パプー!

 

 

待ってくれよ、パプー!