冤罪事件

ゴマちゃんには、いくつものエピソードがある。

 

 

 

ここで前の話の続きをもうひとつ。

 

 

 

ゴマちゃんが数年ぶりに奈良へ帰ったところ、

 

久しぶりに会う息子に家族は大喜びであった。

 

 

 

もちろん、息子がつい数時間前まで

 

変態イモ虫であったことや、

 

 

頭に出血寸前の大きなタンコブがあることを家族は知らない。

 

 

 

 

家族は、特に母親は息子を歓待し、

 

早速、この日のために買っておいたメロンを切り分けた。

 

 

 

ゴマちゃんは小さい頃からメロンに目がなく、

 

若い人妻と女子高生同様、

 

メロンは大好物であった。

 

 

 

 

 

ゴマちゃんは切り分けられたメロンを大喜びで平らげ、

 

まだ食べ足りずに冷蔵庫を漁った。

 

 

 

すると出てくるわ、出てくるわ、

 

数日間実家に寝泊まりするゴマちゃんのために購入されたメロンが

 

あと4個。

 

 

もちろん母親が1日1個のつもりで買っておいてくれたものである。

 

 

 

 

しかし、生育盛りの幼虫であるゴマちゃんは、

 

メロンを見つけるが早いか、

 

あっという間に全部を食べ尽くしてしまった。

 

 

 

まさに至福の時である。

 

 

 

 

しばらくして母親から、

 

「F士男、Y太ちゃん(甥っ子)にお土産買うて来てんの?」

 

と聞かれたゴマちゃんは、はっと我に返った。

 

 

 

寝袋を持参することに気を取られていたゴマちゃんは、

 

溺愛する甥っ子にお土産を買って来ることを忘れていたのである。

 

 

 

「お母ちゃん、ちょっとそこのオモチャ屋でウルトラマンでも買うて来るわ」

 

と母親に告げ、ゴマちゃんは家を出た。

 

 

 

 

 

オモチャ屋には想像以上の数のウルトラマンが並んでいた。

 

自分が子供の頃にはなかったウルトラマンが目白押しである。

 

 

 

と、子供に戻ってウルトラマンを楽しんでいられたのも束の間、

 

さっきの冷え冷えメロンが災いしたのか、

 

急に腹の調子が悪くなってきた。

 

 

 

店内には店員のおじさんとゴマちゃんの2人のみ。

 

 

ゴマちゃんはこれ幸いと、

 

そっとすかしっ屁をすることにした。

 

 

 

直立不動のまま肛門の筋肉を緩めると、

 

スゥーッというかすかな音とともに、

 

玉ねぎが腐ったような悪臭がウルトラマン達に放たれた。

 

 

 

店のおじさんもまったく気付いていない。

 

しめしめ。

 

 

 

 

と、そこへ3人の家族連れが店に入って来た。

 

パパとママ、

 

そして、雄大ちゃんと呼ばれる小さな男の子である。

 

 

 

 

店に入って来た雄大ちゃんは、

 

「ウルトラマン!ウルトラマン!」とかわいい声をあげながら、

 

ゴマちゃんのいるウルトラマンのコーナーへ近付いて来た。

 

 

 

ゴマちゃんは慌ててその場を離れ、

 

リカちゃん人形のコーナーで立ち止まって親子の様子をうかがった。

 

 

 

雄大ちゃんは、パパにウルトラマンを買ってもらう約束をしているのか、

 

手当たり次第にウルトラマンの入った箱を手に取り始めた。

 

 

 

 

 

 

その時である。

 

 

 

 

母「ねぇ、お父さん。

 

雄大ちゃんがウンチ漏らしてるみたいなの。

 

 

さっきからすごく臭いのよ。

 

 

 

何も変なものは食べさせてないんだけど、

 

今日のはちょっといつもより匂いがキツいわ」

 

 

 

 

父「何かの病気とちゃうか?

 

車の中にパンパースはあるんかいな?」

 

 

 

 

母「それが今日に限って持って来てないのよ」

 

 

 

 

父「ほな、しゃーないな。

 

来週また出直して来るか。

 

とりあえず家に帰ってオムツを替えて、

 

ひよっとしたら病院に行かなあかんしなぁ」

 

 

 

 

どうやら、ゴマちゃんのオナラが原因で、

 

何の罪もない雄大ちゃんが最愛の父と母から疑われているらしい。

 

 

 

 

「それは冤罪じゃー!」

 

とゴマちゃんも雄大ちゃんの無実を訴えたかったらしいのだが、

 

 

 

「その玉ねぎの腐乱臭

 

ボクのオナラです」

 

 

と言う勇気がなかった。

 

 

 

ゴマちゃんがリカちゃんと向かい合ってモジモジしていると…。

 

 

 

 

父「雄大!今日は帰ろうか?」

 

 

雄「やだ!だってウルトラマンまだ買ってもらってないもん」

 

 

母「雄大ちゃん、ウンチお漏らししたらちゃんとママに言わないとダメでしょ?

 

ママがいつも言ってるじゃない。

 

そうしないといつまでもオムツしないといけないわよ」

 

 

雄「ボク、ウンチの時はいつもちゃんと言ってるもん。

 

今日はウンチしてないもん」

 

 

母「ウソおっしゃい。

 

ママはウソをつく子、大キライよ。

 

雄大ちゃんがウンチしてるの、パパもママもわかってるんだから」

 

 

雄「ボク、今、ウンチしてないもん!

 

ホントだもん!

 

ヒッ、ヒッ(すでに泣いている)

 

 

 

結局、泣き叫ぶ雄大ちゃんの手をムリヤリ引っ張り、

 

親子は何も買わずに店から出て行ってしまった。

 

 

 

 

その頃、ゴマちゃんはリカちゃんの前でひたすら赤面していた。

 

まさか自分のオナラが原因で

 

雄大ちゃんの楽しみを奪ってしまうことになろうとは…。

 

 

 

 

 

G間F士男。

 

 

男として一生の汚点である。

 

 

 

 

 

雄大ちゃんのパンツをおろして首をかしげる両親と、

 

「ウンチはしていない」と泣き叫ぶ雄大ちゃんを想像する度、

 

ゴマちゃんの胸はキュンと痛んだ。

 

 

 

それ以来、ゴマちゃんは、新聞などの子供の紹介欄で

 

雄大ちゃんという名前の男の子の写真を見掛けるたび、

 

そっと心の中で「ゴメンね」と手を合わせているそうだ。

 

 

 

 

 

東京の地下鉄だったら新聞記事になっていたかも知れない、

 

玉ねぎの腐乱臭のような屁をこく男。

 

 

 

その名はG間F士男。

 

元教師。

 

 

 

独身。

 

 

 

 

 

 

32歳の冬の悲しい事件であった。