チャゲ&飛鳥

私がアルバイトをしていた当時、

 

ドラマの主題歌がヒットして最も人気があったのがチャゲ&飛鳥であった。

 

 

 

チャゲ&飛鳥は連日休む暇もなく全国各地でコンサートをこなしていた。

 

 

飛鳥さんは前日の松山のコンサートでノドを傷めてしまったらしく、

 

リハーサルでも歌うどころか一切声を出さずにいた。

 

 

 

ノドを酷使していたことで

 

松山の耳鼻咽喉科の医者からドクターストップがかかり、

 

本番まで発声を控えていたのである。

 

 

 

 

そして迎えた本番。

 

 

 

やっぱりプロである。

 

何事も無かったかのようにバリバリ歌っている。

 

 

 

 

しかし、そのコンサート中に私はマネージャーさんから、

 

コンサート終了後に診察をしてくれる耳鼻咽喉科を探すように依頼された。

 

 

 

その日は日曜日。

 

診てもらえるとしたら個人病院しかない。

 

 

 

私はイエローページをめくり、次々と電話をかけていった。

 

 

 

さすがに日曜日の、

 

しかも夜10時頃に診察を行なってくれる医者はなかなか見つからない。

 

 

 

やっとのことで瓦町の耳鼻咽喉科の個人病院の院長を口説き落として

 

診察の許可を得ることに成功した。

 

 

電話での院長はやや口が悪そうな印象だった。

 

 

 

 

 

コンサートが終了する直前、

 

私はワゴン車を楽屋口につけて飛鳥さんやマネージャーさんを待つ。

 

 

緞帳が降りると、

 

飛鳥さんはステージからそのままワゴン車に乗り込んだ。

 

 

のんびりしているとファンが楽屋口に集まってしまい、

 

病院まで追いかけられてしまうからだ。

 

 

 

私はさっき診察の許可をもらった病院にワゴン車を走らせ、

 

わずか10分程度で到着した。

 

 

 

 

病院のインターホンを鳴らし、院長を呼び出す。

 

 

面倒くさいなという表情で院長が出て来た。

 

 

 

院長「ほんだらまぁ上がりまい。

 

まぁ、何人で来とんな!

 

たかが大人1人病院に来るんに、

 

何人もついて来てからに…」

 

 

 

確かに…。

 

 

 

 

運転手の私、マネージャーさん、プロモーターのA山さん。

 

 

 

いいトシの患者以外に男が3人もいれば、

 

どう考えても不自然である。

 

 

 

 

 

 

診察が始まった。

 

 

 

院長「まぁ!めちゃめちゃ炎症起こしとるでぇ。

 

アンタ、何でこなんなるまで放っといとったんな」

 

 

 

ちなみに院長は患者が誰かはまったく知らない。

 

 

 

院「なんしょったんな。

 

どうせカラオケの歌い過ぎやろ?

 

時々おるんや、そう人が…。

 

 

素人のくせにプロの歌手の真似して、

 

アホみたいに歌いまわるんが…。

 

 

 

そなんことしょったら声がホンマに出んようになるんで。

 

アンタも気ィ付けときまいよ。

 

ええんな。

 

歌手でもないんやけん、

 

たいがいにしときまぁせ」

 

 

 

 

 

飛鳥「は、はぁ…。

 

すみません。

 

 

ほどほどにしておきます(苦笑)」

 

 

 

 

知らないということはスゴイことである。

 

 

 

奥田民生を叱った私も私だが、

 

人気絶頂の歌手を捕まえてお説教とは、

 

この院長もなかなかのもんだ。

 

 

みんな笑うに笑えず、気まずい空気が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

そこへ院長の娘が帰宅した。

 

 

なんと、彼女の手には

 

チャゲ&飛鳥のコンサートのツアーパンフレット。

 

 

 

娘「ただいまぁ」

 

 

院「おう、遅かったのぉ。

 

まぁ〜たつまらんもん観に行っとったんかい。

 

そんなんに金ばっかり使いよらんと勉強せぇよ、勉強!」

 

 

娘「ふん!放っといて!」

 

 

患者の前で家族団欒してどうする。

 

ま、個人病院のなせる技である。

 

 

 

 

 

娘「

 

 

 

 

 

気付いたらしい。

 

 

 

娘「お父さん!なんで?」

 

 

院「何が?」

 

 

娘「何がって、なんで飛鳥さんがウチにおるん?」

 

 

院「何がや?

 

 

(飛鳥さんと娘の顔を交互に見て)なーんや。お前の友達かぃ。

 

 

(飛鳥さんに向かって)アンタも黙っとらんと、

 

それならそうと言わんかい。

 

 

(娘に向かって)お前もこの兄ちゃんに言うてやれ。

 

 

 

アホみたいにカラオケばっかりすんな、て」

 

 

 

 

 

 

我々は大騒ぎの病院をそっと後にした。