牧師あいさつ


我孫子バプテスト教会牧師の天利信司です。教会のホーム・ページにアクセスしていただき、ありがとうございます。私たちは、聖書の教えに忠実に立つ福音的な教会です。

私たちは、主イエス・キリストを救い主として、受け入れ、信仰告白に基づき、「父と子と聖霊」の御名によって、バプテスマを受け、神と会衆の前にキリストの下において、一体となり、厳粛と喜びをもって、キリスト者としての誓約を結んだものです。

 私たちは、聖霊の加護のもとにキリスト者の愛のなかにあって、共に、歩みを同じくし、知識、聖潔、平安の高みを望みつつ、日々の生活を志しています。

 私は、1941年、立川市で牧師の家庭で生まれました。16歳のときに、神を受け入れ、18歳のときに、神さまに献身し、牧師の道を志しました。19歳で渡米、アーカンサス州リトルロック市にあるミショナリー・バプテスト神学校で四年間、就学したあと、横浜で伝道活動を開始しました。その後、1972年に我孫子市で開拓伝道をはじめ、成田線東我孫子駅前の「我孫子バプテスト教会」の牧師となり今日に至っています。
現在の会員は、約90名、日曜日には65~70名の会員が礼拝を守っています。

会員には、それこそ、いろいろな職業、主婦、学生の方がいらっしゃいます。ものの考え方、価値観も多様です。しかし、主イエス・キリストのもとに「葡萄の房」のように集まるとき、主にある神の家族の兄弟姉妹(Brothers and Sisters)として、人生を共有することができます。楽しいときも、つらいときも、さびしいときも。そして、決断するときも、あきらめて退くときも、私たちは、一人ではありません。主イエス・キリストが共にいてくださります。それは、母の胎内から一人で生まれ、一人で死んでいく人の人生を通じて一貫したものです。

 人間は、もともと、罪深いものだと思いませんか。そして、自堕落で、貪欲で、意思の弱いものだと思いませんか。それに、不平等だと思いませんか。神の前においては、平等であり、そして、神は、ひとり子イエス・キリストをこの世に送り、十字架のうえで、血の贖いをすることことによって、私たちの罪の償いをしました。もちろん、信仰生活をすれば、ただちに、清らかで、規律正しく、意思強くなるわけではありません。主と共に、人生を送ることによって、そういう高みに達する道を送ることが可能なのです。

 キリスト教の信仰生活において、お金や地位や名声は、人生の目的ではありません。

否、お金持ちや地位の高い人ほど、キリスト教の救いを求めるのに、困難がともなうとこが多いのです。神さまに自分の人生を委ねる勇気がいります。神さまとともに人生を送る精神的な充実感に信仰生活の基礎があります。

 神さまは、言われます。「わたしの目にはあなたは高価で貴い。」また、「私を信じるとき、あなたの体は、あなたのものではなく、神の宮です。だから、神の栄光をあらわしなさい。」ともいわれます。そしてまた、「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとに来なさい。」、「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った。みよ。すべてが新しくなる」のです。

 今日、このホームページを開いていただいたあなたが、いつかこの教会を訪ねてくださることをお待ちしています。あなたとお会いできることを心から祈っています。