糸貫中学校道徳授業 体験談

       

                                                            平成17年6月28日 

 

 

       交通事故後外泊が許されるようになった中学2年の時、土曜日と月曜日に  

      糸貫中学校に通いました。この時同級生に車椅子ごと3階の教室まで運んで

      くれたり小学校の時と同じように話しかけてくれたり、暖かく迎えられ、良

      い刺激になり頑張らなくてはと思いました。今回はその時のお礼の気持ちを

      込めて話しました。

 

 今、ご紹介にあずかりました。大平敬史です。本巣市見延に住んでいます。年齢は25才です。現在、

本巣市にある小規模授産所「杉の子園」に通っています。

僕は、13年前、小学校6年生の時、交通事故にあいました。とても大きな事故で、3ケ月間意識不明で、一生寝たきりで植物状態になると医者から言われました。

 僕は、糸貫中学校に入ったらバスケットボール部か陸上部に入り、部活も勉強もがんばろうと楽しい

夢でいっぱいでした。でも、その時から僕の人生は大きく変わりました。 意識が戻った時、僕の右手は

ぜんぜん動かず、左手も少し動くだけ、声も出せず、目も物がかすかに見えるだけで、もちろん歩くこと

も出来ませんでした。脳にも障害を持ち、勉強もままならぬ状態でした。毎日の生活は車椅子での生活

です。その日から母とリハビリの生活が始まりました。 27カ月入院しました。その入院中、1年間糸貫中学校に週2回通いました。  

 その後、岐阜市にある希望が丘養護学校に入りました。やはり脳に障害を持ったせいかとても忘れや

すく、普通の学習にはとても付いていけませんでした。しかし、ここではリハビリに力を入れ、何とか車椅

子で1人で動けるようになりました。その後、高校は関養護学校に入りました。そこで何も出来ない

僕にパソコンという出会いがありました。目も見にくい、手も使えるのは左手のみ。そんな僕が使えるパ

ソコン。それは視覚障害者用のパソコンです。キーボードには補助具がついていて、指が上手に入るよ

う枠がついています。画面の文字の確認は音声が出るようになっています。そのパソコンを丁寧に指導

してもらうことで僕の生きる力になったような気がします。言葉が不明瞭でなかなか相手に言いたいこと

が伝わらない僕は、パソコンで自分の気持ちをすべて打てばみんなにわかってもらえると思い、文章や

詩を必死で打つ練習をしました。しかし、並大抵のことではありません。キーボードのキーを捜すのも一

苦労、音声のみが便りです。やっと打った文章は支離滅裂、だれでも理解できるようなものではなかった

のです。でも、毎日練習することにより、なんとかわかるような文章がうてるようになりました。  

 関養護学校の3年間が終わり、卒業後は家の近くにある小規模授産所「杉の子園」二通所が決まり、新しい生活が始まりました。 授産所では、作業をする所、自立を目指す所という目標があ

り、今までの生活とは全然違っていました。仕事でも、生活でも、どれもが僕にとってとても難しいことば

かりでした。しかし、「杉の子園」では押し花を使った名刺を自主製品として作っていたのです。僕はパソ

コンができたので名刺入力のやり方を何とか教えてもらい、僕の仕事が決まりました。僕だけしかできな

い仕事ができたことで、杉の子園の一員として仕事をしにきているんだという自信を感じました。

 そのほか、余暇活動として習字やフラワーアレンジメント、調理実習や水墨画などをボランティアのか

たがたに教えてもらいました。特に習字の先生との出会いでは、僕が今まで書いたことのないような力

強い文字を教えてもらいました。僕にとって左手で筆を使って文字を書くなんて考えてもみなかったこと

でした。最初は自信がなかったけどいろいろ教えてもらい、一生懸命書いた字がたくさんの人にほめて

もらえました。僕にも隠れた才能が色々あるんだ、捨てたものではないなと思いました。  

 今まで過ごしてきた中で、素晴らしい出会いがいっぱいありました。杉の子園のみんなと出会えたの

も、とても大事な出会いです。作業で因っている時には「こうするとうまくできるよ」と教えてくれたり、車

椅子が段差などに引っかかって動かなくなった時には押してくれたりします。送迎バスでも手を持ち、体

を支えて座席まで誘導してくれます。僕はこんな多くの仲間に助けられ、勇気と力をもらっています。 と

ても重い障害をもっていますが、みんなのおかげで少しずつ成長していると思います。

今の僕の悩みはやはり杉の子園での難しい仕事をいかにマスターするかです。いくら頑張ってもできな

い仕事があります。みんなと同じ仕事ができたらいいと思います。  

 楽しいことは、休日に本バスに乗って一人で映画を見に行くことです。本バスが動くおかげで車椅子の

僕でも一人でバスに乗ってリバーサイドモールまで行けることです。依然はいつも母に送ってもらってい

ましたが、今は夢のようです。

 努力していることは車椅子のマラソンに出場して少しでもタイムをちぢめたいと思います。今コーチの方

を頼んでコツを教えてもらって毎日練習しています。

 障害を持ったときには人生真っ暗と思いましたが、たくさんのすばらしい出会いで、人生が日々大きく

変わっていくように思います。

 今は車椅子と杖の生活ですが、きっと1人で歩けるようになると心に願って、一日一日がんばっていきたいと思います。  

 最後に糸中のみんなに言いたいことはどれだけ障害がおもくても、毎日の努力と忍耐で頑張れば望み

はかなえられると思います。僕は毎日のリハビリと仕事の訓練の繰り返しを必ずやっています。みなさん

も頑張ってください。

 今日は僕の話を聞いてくれてほんとうにありがとうございました。

 ぜひ、杉の子園をのぞいてみてください。

 「スピーチ」