「自立にむけて」

  

                                         

ふれあいの記 99年のT

(1999年4月〜1999年7月)

                                              

 

4月1日 木曜日

  お金をもらうために、働く

 今日、初めて社会人として働きました。と言っても、春休みの時と同じでした。

 でも、TD先生は、僕をちゃんとした社会人として見てくれま

した。

 水道管の袋づめの最初の方は、右手に袋を持って部品を入れて

いたのですが、袋を机の上に置いたりしながら部品を入れて、

TD先生の言われた事を破って、部品を袋に入れていました。

 どうも、右手を使って仕事をするのは、どうも。

 こんなんで、杉の子園でずっと働けるのかと、心配になってし

まいました。

 

4月3日 土曜日

  何時間と棒に振った杉の子園?

 今日のお昼過ぎに,杉の子園に行きました。

 パソコンを僕が使いやすいように、お父さんがしてくれるのです。

 それで、僕もついて行って、僕が触らないと、分からない所があると思いまして、

行ったのです。お父さんが色々とパソコンを触って、僕が使いやすいようにして、

それをお母さんに教えておしまいでした。

 その時間、僕は高校野球の沖縄商学高校と大阪PL高校の試合を見ながら家にいたら

詩を書いたり、日記を書いたりして自由にすごせただろうなと、悔やみました。

何時間と言う、貴重な時間を駄目にしたと思いました。

 

4月4日 日曜日

  何年ぶりかで,巨木の薄墨桜を見に行った。

  今日の朝早くから、車に乗り込み薄墨桜がある根尾へ行きまし

 た。

  行く途中でも、桜の木が僕たちを出迎えてくれました。そんな

 桜並木をぬけまして、薄墨桜の元へ。

  しかし、幼い頃に見た天にもとどきそうなぐらい大きい薄墨

 桜は、どこにもありませんでした。

  何で・・・と思ってお父さんに聞いたら、「何言ってるだ、

 前にあるのがそうだ。」少し移動したら、幼い頃に見た薄墨桜

 と同じ所があって、「アー、そうだそうだ。」

 弱視と言う障害が、幼い頃に見た薄墨桜の美しさを奪っていたのです。

 その後、ぶらっと散歩がてら歩いていたら、授産所の製品を並べてある店がありま

した。

 その店の店長さんらしき人が、「私は、岐阜市の作業所と、お付き合いがありまし

てこの布は,男の子が縫ったんですよ。」と,値札の下にある布を持って教えてくれまし

た。

 僕はその店で、薄墨桜が刺繍してある布製品を2つ買いました。美しき薄墨桜が、

布に張り付けてあるみたいに、ソックリに刺繍してありました。

 

 

4月7日 水曜日

  右手を広げて

 前までは,止め具の袋づめとお茶づめは,いつも右手で握っていました。

左手が何かをやっていると右手に力が知らず知らずに入ってしまって、握っているだけ

でした。そんなもので、指が痛くて足の方にやっていました。

 でもTD先生が「T君、できるだけ右手は、机の上に出そうね。」と前に言われたの

で、右手を広げて仕事をしました。

 お茶づめの時は、良く力が入ってしまって、親指が中に入ってしまいました。右手の

指の中では、1番麻痺が強くて気を緩めると、すぐ中に入ってしまうのです。なので、

右手を机に押さえ付けるようにしておかないと駄目なのです。

 止め具の袋づめは、気を付けていたみたいで、余り右手には、触っていなかったよう

に感じます。でも、数字を書く時は、どうしても親指が中に入ってしまいます。

 そんな僕を見て、「ワープロで打つ。」とTD先生。

 キーボードカバーがないと、打てないし、家では指を使う事はあまりないので、杉の

子園で鉛筆を使って、指を使わせてください。たしか指を使う事によって、脳が刺激さ

れるはずですので、TD先生やIMさんには読みづらいかもしれませんが、我慢してく

ださい。

 右手は、学校に通学している時は、スクールバスに乗ったら、よくほぐしていました。

でも、今はその時間がかなり少ないので、右手がピンチなのです。

 

4月9日 金曜日

  お給料うをもらったら、神田川のCDを買おうかなあ

 今日は、僕とK子さんの歓迎会でした。

 最初は、フランス料理屋さんで頬っぺたが落ちそうな料理を何食も頂き、とても嬉し

かったです。

 その後、僕が1番苦手とするカラオケ。歌を聞くのは別によいのですが,カラオケで

マイクを持って歌うとなると別問題なのです。なので順番が回ってくると、ちょいと昔

に聞いて、口ずさんだ歌を歌いました。

 これは歌ってみたいなと、思う歌が1曲。それは、

(21世紀に残したい歌〕と言う番組で、初めて神田川を

聞きまして、良い曲だな、心にジーンと来る曲だなと思い

カラオケで歌ってみようかなと思いました。

 1度しか聞いていないので、歌詞をTD先生に言っても

らいながら、歌いました。

 今日のために、神田川を練習しようかと思って、レンタ

ルの所に行ったのですが、「古すぎて買わないと駄目。」と、お母さんに言われたので、

お給料をもらったら神田川のCDでも買おうかなと思っています。

 

4月11日 日曜日

  散歩の帰り道に・・・

 毎日、午前中と午後と、散歩をしています。

 今日も、いつもどうりに散歩に行きました。

 身体がなまらないために、散歩をしているのですが、色々な人と巡り合えるのです。

 それで、今日の散歩の帰り道、どこかのおばさんと、どこかのお祖母さんが、世間話

をしていました。僕が決めた下り返し地点を曲がって少し行くと、さっき世間話をして

いた人が、「えらいね、すごいんえ。」と、言ってくれました。

 その時僕は、てきとうにお礼を言って、その場を立ち去りましたが,(何がえらいの、

何がすごいの)と思いました。僕は、ただ散歩をしているだけ。

 ただ散歩をしているだけなのに、何でえらいのだろう、何ですごいのだろうと思いま

した。これも、一種の差別ではないかと思います。障害者甲子園で、学び体験した僕だ

からそう感じました。

 

4月15日 木曜日

  95リーダーを初めて使い、欲しくなった

 今日の午前中に、お母さんとSKさんが、パソコンの前で何かやっていまして、お母

さんが「こっち来て、住所を打ってみて。」と、僕を呼んだのです。 

 僕は、家でやっているように「筆自慢」を立ち上げて、名前や郵便番号なを打ちまし

て、色々な操作をした時、丁寧に「これは、どうゆう操作をする時に使うか。」などと

教えてくれるのです。それに、この漢字はどうゆう時に使うかなども教えてくれるので、

入力ミス、変換ミスをよくする僕には、無くてはならないソフトではないかと思いまし

た。

 

4月17日 土曜日

  95リーダーは賢いな

 今日の朝、兵庫県の友達に手紙を書いていました。

 前まで使っていた「ドキュメントトーカー」を使って手紙を書いていたら,お父さんが

「95リーダーは、使っていないのか。」と言ってきたのです。

 「僕は、95リーダーの使い方、知らないから。」と言ったら「何いっとるんだ、ド

キュメントトーカーを使わなくても読んでくれるぞ。」と、教えてくれました。

 それで、僕は「95リーダー」を使って、手紙を書き印刷しました。印刷する時も、

「95リーダー」は色々と教えてくれました。

 今まで、マウスを使ってしか印刷ができなかったのですが、「95リーダー」を使え

ば、キーボードでも印刷できるのが分かりました。

 まだ覚えていないので駄目ですが、時間をかければキーボードでも印刷できるかなと

思いました。

 

4月18日 日曜日

  「らせん」を見ながら組紐

 今日は、雨が降っていたし、別に何もやる事が無かったので、お母さんと一緒に、

「らせん」と言う映画を見ながら組紐をやりました。

 でも、僕は、ほとんど「らせん」を見ずに組紐をやっていました。

 金曜日にORさんに言われた事、注意された事を心のすみに置いといて、組紐をや

っていました。そしたら、聞き覚えのある声がちょくちょく聞こえてきました。

 そんな事を思いながらも、ORさんに注意された事を気を付けながらやりました。

 「組み目が真中に来るように。」「1番最初は組まずに,2番目から組んだ方が良い

よ。」と言われたので、そうやって組んでいたら、お母さんに「あんまり間違えへん

ね。」「それにキレイやし。」と言われました。

 この組み方は、1度やっているから慣れてきたのだろう、と思いましたが、杉の子園

では上手く行かないと思いました。

 

4月21日 水曜日

  抹茶の作動 仕来たりに縛られているな

 今日の午前中、お茶づめの後に、抹茶を頂きました。K子さんが、お抹茶をたててく

れました。UN先生が、「茶碗に模様が付いている方が前で、付いていない時は、出さ

れた方が前です。」と言われました。

 「後、3口半で飲むように。」と、最後に言われました。しかし、4口半で飲んでし

まいました。

 この時、僕は思いました。昔からある見本の作動は、固き仕来たりに縛られているの

だなと思いました。

 書道でも、珠算でも花道でも、厳しき仕来たりがあるように、茶道でも、何回茶碗を

回すかなどあり、日本古来からある物は、僕の想像を超えた仕来たりに縛られているの

だなと、今日始めて知りました。

 

4月22日 木曜日

  「右手を使うと良いな」MU先生の忠告

 今日の10時ごろ、組紐のMU先生がみえました。

 MU先生は、最初に僕がどんな組み方をするのか見られました。

 それで最初に来た忠告は「右手をせめて、2本の糸は右手で上げると良いな。」で

した。右手を生活や仕事で使わないと、固くなって死んでしまうおそれがあるので、

組紐で使えれば、まずは一安心。それに、右手を使えば左手も楽になるような気がしま

した。

 

4月23日 金曜日

  MU先生の指導を忠実に守って

 今日は、遅れて杉の子園にい出勤したので、仕事は余りできませんでした。

 昼食をすませた後、組紐をやりました。

 前までは、ほとんどが左手でやっていまして、右手はだいぶ遊びほうけていました。

しかし,MU先生のたった一言で、右手をできるだけ使わなくてはいかんな、と思いま

した。それに、ブラブラと振り子のように動く糸を右手だけで掴めるかと思いましたが

掴む事が出来、上にもって行く事ができました。

 たった、たったこれだけですが、右腕を死んだ腕だと思いこんでいた頃を思い出すと

めちゃくちゃ嬉しいです。

 でも、部品の袋づめの時の袋は持てないのです。組紐の紐は持てて、部品づめの袋は

なぜ持てないのでしょ。まるで、在学中の僕みたいだなと思いました。

 

4月24日 土曜日

  朝から、雨、雨、 明日のゲンゲ祭は大丈夫?

 今日は,朝から雨が降っていました。ザーざーと降っていました。この雨、明日には

やんまんはな。天気予報では「土日は雨。」と、言っていました。

 商品が濡れては、品物の値が下がってしまうから、雨はやんでほしいけど、明日も

雨はざーざーと降り続いて、あんまり売れないかも。どうしよう、何にも売れなかっ

たら、骨折りぞおおんのくたびれ儲けですね。それだけは避けたいものです。

 

4月25日 日曜日

  初めて起震車に乗り込む

 交通事故に遭ってから、始めていったゲンゲ祭に行きました。

 僕が行った時には、僕が組んだ組紐のキーホルダーが店頭に無かったので嬉しかった

です。

 僕は店の中に入って売り子はやらず、風がスカートを抱いて踊っているのをチラチラ

と見ていました。

 そんな時「ガタガタ、ガタガタ。」と言う音と一緒に、女の子た

ちの悲鳴が聞こえてきたのです。何だろうと思って悲鳴の聞こえる

方に目をやると、テレビで時々見る地震体験車があったのです。

1度は乗ってみたいなと、前から思っていたのです。

 だから、お母さんに頼んでいたら、GTさんが「1度乗ってみる

だわ。」と言ってくれまして、乗る事ができました。

 「最初は関東大震災のゆれから。」と言われました。すると揺れ

始めたのです。

 だんだん揺れるのが早くなってきたかと思ったら車椅子が左右に

揺れ初めて、車輪が浮き始めたように感じて怖かったです。

 いくつかの地震の揺れを体験しまして、地下の牙が暴れ出したら人間の力なんか無力

にすぎんなと思いました。

 

4月27日 火曜日

  入院検査で振りまわされた、菌が付かなければ・・・・

 今日は、入院するための検査で振り回されました。

 喉のあたりのレントゲンから始まり、採血、尿検査、心電図、出血の検査をやりま

して、最後に診察を受けました。

 僕は,二ヵ月ぐらいで退院できると、おおまかにみていました。でも主治医の先生は

「だいたい2週間ぐらいで退院できないかと考えています。」「1周間ぐらいでかさぶ

たがはって、もう1周間で調子を見て、退院できないかと思っています。」

 この話しを聞いて、母校の堰養護学校で6月に開かれる、ふれあい祭にもしかしたら

行けるかも、と思ったのですが、僕と付き合いが長い菌が傷口に付いてしまったり、

肉芽が呼吸口を塞いでしまうかもしれないので、今回の手術は僕にっとって正念場です。

 

4月28日 水曜日

  クラブで作った菓子鉢が、花器になるとは

 今日は午前中の途中から、フラワーアレンジメントでした。

 ですが、花をいける花器が家には見当たらなかったのです。なので、お母さんが困り

果てていました。そしたら美術クラブの先生が「O君の家の家宝にしやあ。」と、言わ

れた菓子鉢があったのです。

 それで、お母さんは「この鉢、花器に使ってみよか。」と言って持ってきました。

 でも、今まで使わずに、大事にしまってあったのだから、花器に使ったら、水が漏れ

ないかな、でも、焼いてあるから大丈夫かな、とも思ったりもしました。

 知らないうちに、水が入れらて、花器に早変わりしていました。

 麦を切って何本も切って、ズラズラと並べまして、飾りの花を刺しまして終わりまし

たが、菓子鉢が花器になるなんて、思ってもみませんでした。

 

4月30日 金曜日

  杉の子園で初めて転けた

 今日も、いつもどうり午前中に部品づめをやってお弁当を食べた後、トイレに行きま

した。昨日から、杖を使ってトイレに行くようにしたのですが、今日はトイレの前で転

んでしまいました。

 昨日は、トイレのドアを開けてもらって、スーと入る事ができたのですが、今日は転

んでしまいました。ドアに持つ所があるはずだと思って、右手で探していましたら、

体が後ろの引き寄せられる感じがしたのです。案の定、僕はおしりから背中にかけて、

倒れてしまったのです。

 でも、あの転び方は学校の養訓の授業でもやったので、別にビックリはしませんでし

た。それに学校で転んだ時は体育館でして、お尻も背中も頭も痛くて、参ってしまった

時もありました。でも、杉の子園は絨毯が引いてあったので、学校よりは痛くなかった

です。

 

5月1日 土曜日

  心の中で娘たちを作り、手術中や入院中に助けてもらうかも

 最近になって、結婚して女の子が生まれたら、付けたいなと言う名前を詩の中で描い

ています。

 長女は、七つの海のような、美しい女に育ってほしいから、七美と書いてなみ

 次女は、百合の花のような美しい女に育つようにで、百合美と書いて、ゆみ

 三女は、夜が明ける時のような一瞬の美しさを永遠にで、あけみ

 四女は,広大な広き宇宙のような広い心と星のような光り輝くような美しい女にそだ

ってほしいから、ひろみ

 この四姉妹が助けてくれると信じ手術に臨みたいと思います。

 

5月2日 日曜日

  上原たか子の歌を聞き詩を書きました

 上原たか子さんの歌う歌「マイファーストラブ」を聞きまして、ゴールデンウィーク

中に、「幼き頃のマイファーストラブ」、「マイファーストラブ、初恋」の2つの詩を

書こうかなと思っていました。

 最初に幼き頃の「マイファーストラブ」を書きました。幼き頃と言いますと、名古屋

に住んでいる時に、保育園で知り合った子ですが、ほとんど記憶がなく、お母さんの話

しから想像して、詩を書きました。

 「マイファーストラブ、初恋」は、小学校1年生の頃に好きだった少女の事を書きま

した。スカート捲りと言う行動で君の事が好きだよ、と言う事を伝えたかった事の内容

の詩を書きました。

 

5月3日 月曜日

  雨に降られる前に、入院と手術に備えて

 今日の天気予報では「今日の夜にかけて、天気が下り坂。」と、言っていたような気

がしたので、朝の連続ドラマ小説「すずらん」を見てからすぐ散歩に行きました。

 家から出てすぐに手に雨のような冷たい雫、「これはいかんぞ、降られたら手術がで

きないぞ。」と思って耳を澄ませてみましたが、雨の音はしなかったので、散歩に行き

ました。が、いつも行っている散歩コースの半分より多いぐらいの所でUターンして帰

ってきました。

 それから、いつもの運動をやった後、杖で3往復廊下を歩きまして、日記を書いてい

ます。

 丈夫な体を作っておけば、菌にも勝てるかも。もしかしたら、2週間で退院できるか

も。頑張りますので待っていてください。

 

5月5日 水曜日

  いよいよ,明日入院

 「ゴールデンウィークに、僕の好きな物を沢山してね。」と連休前にお母さんに頼ん

でおいたのです。だって手術をしたら1周間ぐらいは、鼻からの栄養しか取れない鼻注

になるからです。

 5月1日は外食で、4日は牛丼で、今日5日は僕の誕生日を早く祝ってもらって、チーズケーキ。

 いよいよ明日は県立病院に入院します。

 不安が僕の心を押し潰しつつあります。だって、入院生活は

小児科病棟で嫌と言うほど体験したからです。

 手術日の前日に、入院して次の日が手術日です。

 喉の皮膚を、チューブが入っている所の上にかぶせる簡単な

手術だそうなので、手術したところに菌が付かずカサブタが

はってくれれば、2週間ぐらいで退院できるのです。

 早くて5月の21日、遅くても5月28日ぐらいに退院できれば、アトムボーイのお

寿司が割り引きになるし、来月の始めに開かれる、ふれあい祭りにも行ける。

 卒業式に会えなかった生徒にも会える。だから5月中には退院しないと。

 主治医の先生の腕を信じて、僕はただ祈るだけです。

 

 入院中は日記を書く事は出来ませんでしたが

退院後、思い出しながら入院生活を綴っていました。

その記録は 別のページ になっています。

こちらも読んで下さい。

 

6月11日 金曜日

  呼吸困難が3度も

 今日の午前中に秘密の運動をやっていました。

 屈伸と懸垂をやっていましたら、息ができなくなってきました。でも前は20回も

やっていたのだからと思って、10回やったら息が吸えなくなってきたのです。

 これは早く止めてお母さんを呼ばないと死んでしまうと思い、少ない酸素でお母さん

を呼びました。

 蓋を取ってもらうと、痰がどばっと出てきたのです。たった、これだけの事ですが、

僕にとっては地獄から天国に行ったぐらい呼吸が楽になったのです。

 今度は杉の子園に行く時、ただ手すりを伝って歩いただけで、息が辛くなって車の

助手席に座って、また蓋を取ってもらって杉の子園に行きました。

 杉の子園から帰ってきた時も息がしずらくて、蓋を取ってもらって痰を取ってもら

ったら、さっきまでの苦しさが嘘のように息が楽になりました。

 

6月12日 土曜日

  下向いた時と口で呼吸した時が

 昨日、日記を書いている時に偶然に発見したのです。

 キーボードを時々見るのですが、画面を見ている時よりも、息が楽にできるような

気がしたのです。

 でも、在学中に得た事では「キーボードはあまり見ずに打つ。」これが3年間の商業

コースで養った力。下を向いていると、息は楽なのですが姿勢が辛くなってくるのです。

 今までは、口ではあまり呼吸はしていなかったのか、よく覚えていないのですが、

5回目の手術で気道が直立になったから、口で吸って口か鼻で出す。人間ほか動物が当

たり前にやっている事が僕は今までできなかったと思うと「わっ。」と、言う感じでし

た。早くTチューブに慣れないと、杉の子園で働けませんね。

 

6月18日 金曜日

  部品づめより楽だった

 今日は、お母さんの持ってきてくれた仕事をやりました。

 パソコンを使って、名刺の住所打ちをやりました。

 注文してくれた人たちの名前が、難しい名が、ズラズラと並んでいまして、なかなか

打つ事ができませんでした。それに、初めて使うパソコンでしたので、間違いが多かっ

たのです。

 消えてしまうと駄目なので、カード登録を2回やっていたのです。

 住所打ちではまだないのですが日記の時よく消していたので、念の為に2回、カード

登録をやっていたのです。マウスで1回、キーボードで1回やっていたので、間違いが

多かったのです。

 でも、部品づめとかお茶づめよりは、かなり楽でした。だって毎日パソコンで、日記

を書いているし、アルバイトで家でもやっていたので、後は杉の子園のパソコンに早く

慣れるように頑張ります。

 

6月19日 土曜日

  久しぶりに歩いて怖かった

 退院してから、1度も杖で歩いていなかったので久しぶりに杖を使って、廊下を歩い

て見ました。

 お母さんに「誰かいる時しか、歩いては駄目よ。」と言われていました。

 もし、もしも僕が転んだ時、誰か助けてくれる人がいないと心配だから、という事で

したので、お父さんがソファーに座っているのを見てから杖で歩きました。

 でも足が前に出ないのです。足が石のように固まってしまったのです。

 恐怖が足を止めたのですが、その恐怖に打ち勝ち、杖をたよりに歩きました。

 1歩1歩踏みしめながら歩きましたが、1歩1歩歩く毎に恐怖が積み重なり、心を

貫通していました。

 

6月20日 日曜日

  「冬眠おめざめコンサート」

 今日の午後から、ピアノのコンサートを聞きに行きました。

 その会場は、子供の部屋で、よくお母さんが行っていた家でした。

 僕はピアノ演奏でミュージック音と、和音を聞き分けれるかな、と思いながら聞いて

ました。自慢ではありませんが、僕の耳は良さそうなので、聞き分ける事ができるかな、

思って聞いていたら、何となくですが聞き分ける事ができました。

  後は僕の隣に座っていたMさんと言うお母さんの娘さ

 んをチラチラと見ていました。その子が気になっちゃ

  って・・・。

  こんな事をしていては嫌がれるのではないかと、

 思いまして、また聞き分ける事に集中しました。

  周りには、幼き少女も色々と観察していました。盲

学校の女子生徒も来ていまして、川村リュウイチのグッラスをひいてくれました。

どっかで聞いた事があるのだけどな・・・。

女性歌手が歌っていたような・・・。でも、結果ははずれていました。懐かしい曲だっ

たのですが、ちょっと出てきませんでした。

 

6月22日 火曜日

  涙が滝のように流れた診察

 今日の診察は、入院中にTチューブを入れられた時の次ぐらい、苦しく辛かったで

す。先生が注文してくださったTチューブは何となくあっていませんでした。

 Tチューブを上下逆にして入れられたみたいですが、咳が止まらなく出たので、1度

抜いてまた入れましたが、またもや咳が止まらなかったです。

 痛みと息苦しさで涙が滝のように流れ頬を伝い、看護婦が涙とか鼻水とか拭いてくれ

ました。それでも合わずまた抜いて、今度はレチナを入れてもらいました。それで弛ん

でいた喉の皮膚はピンと張ったらしく、第2段階のレチナに変わりました。

 

6月25日 金曜日

  想像以上の金額で驚きました

 今日の昼食は、外食でブロンコビリーで食べました。

 ジュウジュウと音を立てる鉄板が来る前に、お給料を頂きました。僕の予想では2千

円か4千円ぐらいかなと思っていました。

 だって,僕は5月から6月の初めまで入院していて、せいぜい多く見ても4千円ぐら

いだと思っていました。でも僕の予想を越える1万1千円でした。

 「めちゃくちゃ嬉しいけど、こんなにも貰いすぎだ。」と車の中でお母さんと話して

いました。

 家で喉の処置をしてから、杉の子園でTD先生に聞きましたら「月ごとにと、自分が

やった仕事と補助とあわせているから。」と言われました。

 後お母さんに「こんなに貰えるのだったら、組紐なんかやるより,お茶づめか部品づ

めやった方が良いよ。」と言われました。僕もそう思いました。

 体の調子をみながら、色々と仕事をしたいと思いました。

 

6月26日 土曜日

  兵馬傭の展覧

 今日の午後から、兵馬傭の展覧会に行きました。

 新聞に大々的に乗っていましたし,弟が「一緒に見に行こ。」と言っ

てくれたので家族揃って行きました。

 僕を押してくれたのはお父さんで、歴史には詳しい方でした。それに

展示の説明文もきめ細かく読んでくれました。

 右手に武器、左手に縦盾を持った像、3頭の馬に引かれる始皇帝。

1番右の馬の頭には天使の羽が付いていました。僕の背以上の像が何体

も。 鶏は死後の世界で迷わないように、、、猪が豚で豚が猪と解説に

ありました。

 王と一緒に埋葬された動物たちは犬、猪豚,鳳凰、一角獣などなど、

まだ数多くの動物、騎馬隊、、、8千以上の戦士が埋まっていたそうです。

 

6月27日 日曜日

  背中に5匹ぐらい猫がいた

 昨日の帰りに弟のカバンを買いにマーサ21に行きました。

 僕とお父さんは、お母さんと弟と別行動をとりました。

 洋服を販売している所に鏡が置いてあったのです。その鏡をフト見たのです。そし

たら、背中に5匹以上の猫がいたのです。重なるように猫がいるように見えたのです。

 これはいかん、と思いました。早死にしてしまう、猫を背負っているといると、内臓

に負担がかかって早く死ぬのです。猫を追い出すには,かなり時間がかかりそうです。

 

7月3日 土曜日

  勘違い

 今日の正午から明日の正午まで、犬山の方で研修をやると、楽しみにしていました。

でも、集合場所にはリフトバスも止まっていなかったし、パソコン通信の友達の姿も、

どこを見わたしても姿あらず。もう、おいて行かれたのかな、1万円が羽を付けて飛ん

でいったか、逃した獲物は大きいぞ、と思いながらお母さんを待ちました。

 暫く待つと、お母さんが来て「来週だって、研修は。」と言っていました。「何やそ

りゃ。」と大笑い。

 「誰だって、間違える事はあるさ。」と言ってしまえばそれまでですが、とんだ勘違

いで、僕の大事な大事な趣味の時間が、羽を付けて飛んでいってしまいました。

 ああ、もったいないもったいない。

 

7月4日 日曜日

  幼なじみが嫁入り

 小学校の頃、悪戯の対照にしていた少女のS子さんが嫁入り。

 祖母が「Y酒店の娘さん、嫁入りしたよ。」と慌てた口調で言いに来たのです。

 「へぇ、あのS子ちゃんが嫁入りかよ。」 それに「お腹も大きかった。」と聞いて

いるし、「ちょっとばかし、早ねえか」なんて思ったりしました。

 安室奈美恵さんと、同じで二十歳結婚をしたんだなと思いました。

 僕は、いったい誰と結婚するのだろう。花嫁好捕は石川の美術大学に通う女子大生の

Kさんです。でもKさんを嫁に迎えたとしても養って行けるだろうか、それとも一生独

身ですごすのだろうか。子供は抱けないのだろうか。

 早々と幼なじみが結婚するから、、慌てふためいてしまいました。

 花嫁は、誰だろうな。

 

7月8日 木曜日

  体脂肪率が標準で、セーフ

 今日の午前中は目と心にかなり刺激の強いものを感じ取る事ができました。

 肌を出すK子さん、などなど刺激が強すぎる話しが飛び交いました。そんな中、僕は

ニヤニヤしながら組紐をやっていました。

 そんな、おもしろおかしい話が幕が下りると、昼食です。

 その後、体脂肪率が計れる体重計の上に乗りました。最初に、体重がはじき出され、

その後に脂肪率がはじき出され,(16、3)がはじき出されました。「このくらいだっ

たら、多くもなく少なくもないから、大丈夫よ。」と言われて一安心しました。

 最近、お腹が出てきたかなと思っていたので一安心しました。

 

7月11日 日曜日

  1泊研修を終え

 初めて参加したインターネット関係の人たちと溶け込んで、犬山の方へ行きました。

 僕は1度もインターネットの方へ足を踏み入れていないのですが,参加してしまいま

した。でもいろんな障害の人たちと知り合い、話の中に何とか溶けて行きました。

 中心人物のOGさんの話を聞くと「今日の夜がメインだよ。」と教えてくれました。

 その前に晩飯。なんと牛しゃぶが出て、その上僕の右斜め前は、かわいらしい女性と

きている。刺身と茶碗蒸が無ければ言う事なしだったんだけど。

 メインの夜会場の部屋に行くと、中日戦をやっていて、その部屋にいる人たちは殆ど

がドラゴンズフアンで、中日の選手が活躍するとドラゴンが大地を揺らすぐらい喜んで

いました。

 2日目のメインは、ボッチャ。「何ちゅう競技の名前じゃ。」と、馬鹿にしていた

ボッチャでしたが、何とパラリンピックの正式種目だそうです。

 ボッチャとは、赤と青のボールを、先行の人が投

げた主となる白いボールめがけて、投げるか転がす。

冬季オリンピックのカーリングと良く似た競技だそ

うです。

 主となる白いボールが見にくかったぶん、ちょっ

と不利でしたが、なんと3回も拍手を頂きました。

 ですが狙いたい方へボールを転がすのが、以外と難しかったです。車椅子の向き、肩、

肘、手首の動きでヒットかファールかが良く分かりました。この競技は、車椅子に乗っ

ていなければ失格になる競技だそうです。こんな、やった事もない事をやらせてもらえ

るなんて。

 ネットに僕の事を色々と書いて、また研修に誘ってもらえるようにしたいです。

 

7月12日 月曜日  

  せっかく印刷したのにTHさんが

 今日の午前中は、前の日に入力しておいたのを印刷しました。

 またもや、お母さんにブチュクサブチュクサ言われながらシブシブ印刷しました。

僕のあらゆる知識と経験で印刷しました。

 でも食事が終わり、TD先生が僕の印刷した名刺を見て「Mちゃん、ストローくわえ

て振り回したでしょう。」僕はそれを聞いて、頭が火山爆発したような怒りが、心を煮

え滾りました。

 でもMちゃんに「ああだ、こうだ。」言っても分からないので、ここは、、我慢、我

慢。

 

7月14日 水曜日

  花道

 今日は水曜日、杉の子園ではお花の日。

 花はいまいち好きではありませんが、花の美しさや力強さ、けなげさなどを詩に描い

たりするので、水曜日はなるべく来たいと思いますが、夏休みの水曜日は岐阜養護学校

で開かれるサマースクールに行きますのでお休みします。僕は花よりうら若き女子学生

さんを選びます。

 

7月17日 土曜日

  あんなに運動をやっているのに

 今日の散歩の後、母屋で久しぶりに訓練をやりました。

 最初のうちは順序良く消化して行ったのです。

 マットを後ろから引っ張り出して、寝返りも左右にやりまして、腕立て伏せもやって、

お母さんと一緒にやる運動の最後に、落とし穴がポッカリと。

 運動が終わって「サー起きましょか。」と思って手に力を入れようかとしたのです。

そしたら、頭が畳に吸い寄せられるように激突したのです。

 お母さんが、僕の惨めな姿を見て「腕の力が無いんだね。」なんて言ったのです。

そりゃね、前に比べれば腕の力も落ちてるだろうけど、毎日懸垂20回、毎晩ダンベル

運動、散歩の後は、駐車場までの坂道を両手を使って登る練習もしているのに。

 なぜあの時畳に吸い寄せられるように激突したんだろうな、腕の力が僕の予想以上に

落ちているんだなと悲しくも思いました。

 

7月21日 水曜日

  綺麗なSDさんと一緒

 今日は今年初めてのサマースクールでした。

 お母さんが僕の担当の人を見たらSDさんと書いてあったそうです。そしたら、前の

方からSDさんが歩いてきました。

 長々と61人の自己紹介をやりましたが、その中に中国人の人もいれば、京都仏教大学

の人もいれば中学生や高校生の姿も。

 食事をすませて午後の会場に行った時、SDさんの綺麗さがよく分かりました。画用

紙を丸めて大きなシートの上に投げていたのですが、その時SDさんの顔を見ていたの

です。SDさんがあまりにも綺麗だったので、ジットジット見つめていたのです。嫌が

らないかなと思いつつ見つめていました。

 手をつないでくれた時は、嬉しさのあまり心の火山が大噴火しました。心の奥が大き

く揺れたのです。こんな綺麗な女子学生さんに最初からあたって、後が怖いなと思いま

した。

 

7月24日 土曜日

  暑い暑い夏ですな

 今日も連続ドラマ小説「すずらん」を見て、軽い運動をやってから散歩へ行きました

ギラギラ太陽を背にうけ、車椅子のリングを後ろから前へ、ヨイショヨイショと回し進

みました。

 帰りはギラギラ太陽に向かって進みました。もう、その頃になると手にも背中にも、

汗がジトジト。家の庭に入ると僕はいつも散歩の漕ぎ方から変えて両手漕ぎに変えてい

るのです。

 いつもは、おまけの手のようにしてあまり使わない右手をこの時だけは、おおいに使

おうと思って両手漕ぎで使っているのです。

 極めつけは駐車場に行く坂道を両手漕ぎで登る。ほんの少ししか登れませんが、いつ

もはグイグイ登るのですが、今日は手に汗がぐっしょりかいていまして、リングにかけ

た手が「キュキュキュ。」と言う音を立てて漕ぐ事ができませんでした。

 これもみんなギラギラ太陽のせいだ。

 

7月25日 日曜日

  運動の賜物なのか?

 今日も、いつもどおり散歩の後の坂道登りを3回ぐらいやりまして、その後、手すり

に掴って背伸び、アキレス腱を伸ばす運動をやって、懸垂をやって、屈伸と腕立て伏せ

を合体したような運動をした後、なんか右手がつっぱっているような気がしたのです。

触ってみたらパンパンにはっていたのです。これも、毎日やっている運動のおかげかな、

と思ったりしました。これで、お腹も少しはへっこむかな、なんて思いました。

 

7月28日 水曜日

  男心が擽られました、HSさん

 今日はどんな女子学生さんかなと、わくわくしながら待ちました。

 「XXさんて書いてあるけど何て読むのかしら。」と言っていました。

 「HSと、読むのかな。」と言っているうちに、HSさんが来てくれました。

 名札を見たらXXと書いてありました。服装を見て心が強い刺激を受けました。薄い

ハオリの下には、赤と白の縞模様の服を着ていたのですが、その服が覗き込めば下着が

見えそうな服でした。それにSDさんとは違う魅力を持っていました。

 食事の時ですが、滑り止めのシートが食器カバンに入っていなかったので、SDさん

に甘えて薬を口に入れてもらいました。その時天にも上る思いでした。

 またまた、かわいらしい女子学生さんで、後が怖いなと思っていました。

 そしたら、裏で糸を引いている事を聞きましたので、毎回かわいらしい女子学生さん

とお話ができるのだなと、嬉しく思いました。

 来週は金曜日に開かれるので、杉の子園のフラワーアレンジメントは受けます、、。

 

99年度の3分の1の終了です(あ〜、疲れた)。

次の3分の1(8月ー11月)はページを替えます。

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