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10月17日 火曜日
1年ぶりに入院
朝早くから県立病院に行って病棟に入ったのが午後3時を過ぎていました。
もう、待ちくたびれてしまいました。
でも、去年と違う所が1つありました。「手術前の患者は入浴してもらいま
す。」去年はこんなふうに入浴なんてさせてもらえなかったのにな。
母も、去年、の担当の看護婦の名前を出して「H看護婦さんはお風呂に入
れてくれなかったね。」と言っていました。もしかして、介護保険が関係し
ているのではないかと思いました。たしか、去年は介護保険なんてなかった
と思うから。
リハビリ室の横の浴室を借りたのですが、シャワーの馬力が強くて、シャ
ワーでマッサージされている気分でした。
10月18日 水曜日
一瞬、呼吸停止の手術
今日はいよいよ手術日。
午前9時に手術室に入りました。前回までは、手術する時は裸でしたが、
局所麻酔だったからか下着を着けて手術してもらいました。でも局所麻酔だ
ったから助かったのかもしれません。
局所麻酔は全身麻酔と違って、ドクターの話し声も聞こえますし、僕もし
ゃべれましたから。
手術中に一瞬ですが呼吸停止になったのです。ほんの少しの間でしたが。
局所麻酔でしやべれたから良かったけど、全身麻酔だったらどうなっていた
か。
10月19日〜23日
ベットではなく車椅子で睡眠
手術は大成功だったのですが、ベットで寝ていると、息道を作った皮膚が
降りてきて息道を狭くしてしまうのです。なので、寝るのがつらくなったら、
看護婦を呼んで車椅子に乗せてもらって、ベットにもたれかかるようにして
寝ていました。睡眠はとても大事なので、とにかく寝れる所を確保しないと。
主治医に相談したら「体を横にして寝れば、寝れるはず。」それを聞いて、
右肩を下にして寝たら、たった1度だけですが、グッスリと寝れました。後、
秘密兵器を寝る時に付けると、ぐっすりと壊れます。
10月20日〜23日
流動食、5部粥
手術の日から鼻中だけで、養を取っていましたが、この日から、口から流
動食のような柔らかいものが食べられるようになりました。なので、売店に
行き、リンゴヨウグルトを買って食べました。少し前にテレビで宣伝してい
た「カク切りリンゴスリリンゴ」、前から食べてみたいと思っていたヨウグ
ルトでして。
でもご飯は5部粥です。字のごとく半分がご飯で半分が水と言うご飯でし
て、ウプーンではとても食べにくいご飯でした。でも、僕はジット我慢して
食べました。
前回の入院の時も、口から食べれるようになったら退院がほんの少し近づ
いたので、何でもいいから食べていたと言う感じでした。
10月24日〜26日
やっと普通食
朝の診察で、母が「普通のご飯の方が食べやすいのですが。」と主治医に
言ったので、昼食から普通食が出てくると思ったのですが、何と5部粥が出
て、僕も母もガッカリしました。しかたがないので、水に沈んでいるご飯を
すくって食べました。
電話でキレイな看護婦と言った、看護婦のS看護婦さんに聞いたら「僕の
担当の看護婦が忘れていた。」と言うことでした。
それで、夕ご飯は、暖かいご飯とカニグラタンとウズラの卵が入ったおす
いものでした。
後からの食事は、魚や肉などなど色々と出ました。鮎も出たし、肉のケチ
ャップ和え、焼きそばもでました。朝食には、納豆や大根おろし、知らずに
食べていたオクラなどと、ショッパン2枚と味噌汁でした。味噌汁の中に毎
回小さな豆腐が入っていて、毎回箸でつまんで食べました。これも皆、Sさ
んのおかげかなと思っています。
10月27日〜29日
やっと外泊許可が
朝、診察を受けて「外泊をしても良いですよ。」と言われたので、金曜日
の夕方の4時ごろ県立病院を後に、久しぶりの我が家に帰りました。
入院中に考えておいた詩を書いて、入院中の日記を書きました。入院した
日、手術日、点滴の事、散歩の事、食事のことをかいたよな。
後、病院で出来なかった運動をやりました。でもあまり回数をやると呼吸
が出来なくなってしまうので、13回ぐらいで終わっていました。
勿論、敢歩なんか行けませんでした。もし、万が一散歩の途中で息ができ
なくなったら大変な事になりますから。でも、ダンベル運動は入院前と同じ
ようにできました。色々とおいしい料理も食べれました。
1番良かったのは、パソコンができた事です。日記は勿論ですが、詩も書
いたし、メモ帳にわずかですが新しいことも書き加えることができました。
でも、また明日からつまらない入院生活がはじまります。
病院では自分なりに頑張って体を動かしていたつもりですが、外の手摺で
運動をやっていたら、足首とふとももの辺がが「ボキボキボキ。」といった
のです。いかに動いていないかが、よくわかりました。
10月31日 火曜日
筋力低下を恐れて
今まで1度も書いた事はないのですが、1日の午前と午後と、家で使ってい
た杖を入院する日に持ってきて歩いています。筋肉が衰えたら、大変な事に
なりますから。でも、家や杉の子園で歩いているようには、全然歩けません
でした。たった1日休んだだけで腰が曲がってしまって、みっともないもの
でした。Sさんに見られたら何て言われるだろう。TD先生に見られた
ら・・・・。
11月1日 水曜日
とにかく走りました
今日、母は弟の高校へ行って永作作治先生の講演を聞きに行っているので、
代わりに父が来てくれました。
母が毎日やっている事を伝えて、僕が言った事だけはやってくれたのです
が、後は僕のベットの上で、趣味の読書。その間しかたがないので病棟を行
ったりきたりして、時間をつぶしましていました。2回杖で歩いた後でも、
父はとにかく読書なので、嫌になるぐらい散歩をしました。
そして消灯30分前になったら、僕は病棟を6周してねたのですが、もうさ
すがに嫌になりました。
入院期間が予想より長引いているのもありまして、僕って何で散歩なんか
やっているのだろうと思い始めました。精禅的に参ってきたのかなと思いま
す。
11月3日 金曜日
室内より外だよな
今日、久しぶりに散歩に行きました。田んぼの稲は刈られていましたが、
僕の散歩のコースを進むと、ネギみたいな葉の野菜の緑がとても新鮮に見え
ました。
入院していて病棟から見える緑なんて、ほんのわずかしかない。それに、
病棟の廊下は隣が病室だし、反対がわはトイレとかナースステーションなの
で、緑をまじかにして見るなんて、絶対になっかたからです。
先週の外泊中は、なぜ散歩に行かなかったかと言うと、母が止めたからで
す。「もし散歩中に息がしずらくなったら大変だから。」と言うことだった
のです。
退院したら、少しずつ散歩の距離を伸ばしていきたいです。
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