『ジュード君とミラ君、もっと仲良かったよ〜』
 脳天気と言うにはどこか得体の知れない、甲高い声が脳裏を過ぎる。
 何気ない発言だったのかもしれない。
 けれどそれはジュードの胸に深く突き刺さった。
 昼食の為の薪を拾う手を止めて、ジュードはふっと彼女の方へと視線を向けた。
 少し離れたところで同様に薪を拾うミラは真剣な表情で細い枝と睨めっこをしている。
 火を熾すのに使う木は良く乾いたものでなければならない。
 生乾きでは煙ばかりが出て酷い目に合うからだ。
 それを聞いた彼女は頻りに感心していた ――――― 彼女にとってはそんな当たり前のことさえ新鮮な、未知のことなのだ。
 精霊の化身である、彼女にとっては。
「……仲がいい、か。ティポにはそう見えるのかな」
 呟いて、手元に視線を落とす。
 ティポには? それともエリーゼには?
 本当のところはよくわからないけれど、彼女達にそう見えていたのだとすればそれは少しだけ嬉しくて、けれど同時に複雑でもある。
 実際には彼女と仲がいいのか、悪いのか、そんなことを判別できるほどジュードは彼女のことを知らないような気がするからだ。
 勿論、彼女の素性や立場は聞かされている。
 けれどそれだけで。
 彼女自身の考えはジュードにはわからない。
 言葉通りだとすれば決して優しくはないし、仲がいいとも言えないだろう。
 けれどふとした拍子に優しい。
 自分の目的の邪魔にならない限りはと前置きして、様々な理由を付けながらも ――――― 中にはこじつけのようなそれがあることにも気付いている ――――― ジュードの我儘を聞き入れてくれることもある。
 それがどう言った感情からくるものなのか。
 本当に、ただ単純に言葉通りに思っているだけなのか。
 それすらもジュードにはわからない。
 人と変わらぬ思考を持つのか、それとも人とは違う精神構造をしているのか。
 人に近い身体は、人に近い精神を生むのか。
 それともどんな姿を持とうと精霊は精霊、なのか。
 考えてもわかるものではない ――――― 精霊の具現化は遠い昔から確認されていたけれど、精霊が人と近しい形を取った前例はない。
 もしかしたら過去に会ったのかもしれないが、それを知る術はない。
(……別に、何かを求めてるわけじゃないけど……)
 時々、どうしようもないような寂しさに捕らわれる。
 近くにいるのに、遠い。
 冷たいようで、優しい。
 優しいのに、底が見えない。
 柔らかそうな頬が冷たいのか、それとも人と同じ温かさを持っているのかさえ知らない。
 今まで当たり前のように思っていたことが、当たり前ではない。
 彼女の言葉はいつも正しくて、けれど正しいばかりが正解だとは思いたくない。
「……矛盾、してるのかな」
「………なにがだ?」
「えっ? あ……」
 不意にかけられた声は、いつの間に近付いてきていたのか件の女のもので、凛として透き通るようなその声に耳を奪われそうになって、ジュードは慌てて頭を振った。
「なにが矛盾しているんだ?」
「………ぁ、うぅん……こっちの話。少し考えごとしてて」
「……そうか?」
 曖昧に首を振れば、彼女はそれ以上の追求をしない。
 それはジュードを尊重してくれているということでもあり、ジュードに対する関心が浅いと言うことでもある。
 けれど、誰に関心を持つも持たないもそれは彼女の自由で、ジュードには落胆する権利さえない。
 それでも、彼女の側に居たいと願ったのは自分だけれども。
 こうやって、傍らに居られるだけで良いと思うことも確かなのだけれど。
 時々、いろいろ考えてしまう。
(……見返りが欲しくて一緒にいるわけじゃない、けど……)
 もう少し、もう少しだけ彼女のことを理解したいと思うのは烏滸がましいだろうか。
 おずおずと彼女の方を伺うと、鴇色の瞳が真っ直ぐにこちらを見ていてそれに心臓が跳ねる。
 たったそれだけのことで。そうは思っても胸が高鳴るのは止められなくて、硬直していたら、まあるい大きな目が瞬いた。
「……考えごとは終わったか?」
 小鳥のように小さく首が傾げられる。
 一瞬何を言われたのかわからなかった。
「………ひょっとして、待っててくれたの?」
 少し遅れて、言葉の意味を拾って問い返すと、彼女はそれがどうした、と言うように頷いた。
「あぁ。行こう、エリーゼ達が腹を空かせて待っている」
「……一番空かせてるの、ミラじゃないの?」
「そうとも言うな」
 クスクスと密やかに笑う声がする。
 舞い踊るシルフが硝子の鈴を鳴らすような軽やかな音が、いつまでも耳に残って響いていた。

― END ―


 10/9テイルズリンク無料配布より。
 ルークは肉食系ヘタレですが、ジュードは草食系だと思ってます……(笑)。

2011.11.05

戻ル。