「ティニー。ティニーは甘いもの、好き?」 「は、はい。」 「じゃあこれ上げる。」 にっこり綺麗に微笑んで、出会ったばかりのお兄様は私の手に色鮮やかなセロファンに包まれた飴を幾つも落とされました。 掌の上に零れるいろとりどりの紙包みは陽の光に透けて宝石のような輝きを放っています。 「これ…」 「城下に行った時買ってきたんだ、ティニーも今度一緒に行こう。美味しい焼き菓子を食べさせてくれるお店を教えてもらったんだ。」 驚いて顔を上げた私に、お兄様は嬉しそうに笑って私の隣に腰を下ろされました。 優しい紫水晶の眼がじっと私を見つめていて、私は同じ眼で私を見ていてくださった方達のことを思い出しました。 お兄様はお母様によく似ていらっしゃるのだと今更のように気が付いたのです。 顔立ちもですが、とても優しく、そしてとても強いところが良く似ています。 …いいえ、ひょっとしたらお母様よりイシュタルお姉様に似ているかもしれません。 優しくて綺麗で誰よりも強いお姉様。 お母様が亡くなった後、伯母様に虐げられるまま為す術もない私の手を取って明るい外に連れ出してくれた人。 …お姉様もやっぱりこうやって飴を下さったわ。 今よりもずっと小さな子供の時だったけど。 『哀しい時や疲れた時はには甘いものを食べるといいのよ。』 「疲れてるだろうから甘いものを取った方がいいよ。」 …はっとして、私はお兄様を見ました。 お姉様がかけてくださった言葉と同じだったからです。 「…どうして私が疲れてるって…」 「だってティニーは俺の妹だもの。」 …蕩けるような笑み。 この人はなんて綺麗に笑うのでしょう。 私よりずっと辛い思いをしてきたはずなのに。 私にはお母様がいらっしゃいました。 お母様は一人の時はいつも泣いていらっしゃいましたが、私が声をかけるといつも笑って下さいました。 お父様やお母様のこと、シレジアに残してきたお兄様がいること。 たくさんのお話を聞かせてくださいました。 お母様が亡くなった後も、イシュトーお兄様とイシュタルお姉様がいて下さいました。 ヒルダ伯母様は私に冷たく当たられましたが、少なくとも私は飢えたことも、寒さに震えたこともありませんでした。 …お兄様は一人だったのです。 私がそうやってお母様を独り占めしている間。 お姉様やお兄様に守られている間。 ずっと一人で生きてこられたのです。 遠いシレジアの地で。 雪と氷に被われた国で。 「…ティニー!?どうしたの?どこか痛い?」 慌てたようなお兄様の声に慌てて顔を上げますと、私の頬を温い液体が伝っているのに気づきました。 「ぁ…いいえ、いいえ、なんでもありません…なんでもないんです。」 頭を振る私を、お兄様は心配そうに覗き込んできます。 私は居たたまれなくて、涙が止まりませんでした。 私が居なければ、お兄様はもっと幸せで居られたかもしれなかったからです。 私を産んだばかりでなければお母様は逃げ延びることが出来たかもしれません。 もし逃げ延びることが出来たなら、今ここに居たのはお母様かもしれないのです。 お母様を殺してしまったのは私なのかもしれません。 「…ティニー、パティが可愛い小物が売ってるお店を教えてくれたんだ、一緒に行かないか?何でも好きなものを買って上げるよ。」 しばらく立って、やっと涙の止まった私に、お兄様はそうおっしゃいました。 「え、でも…」 「俺の所持金で買えるものなら何でも。ティニーにプレゼントを贈りたいんだ。」 「でも、悪いです。特別な日でもないのに…」 「俺に10年分のプレゼントをさせて。毎年上げるはずだった分を纏めてあげるんだよ、それならいいだろ?」 …お兄様は優しすぎます。 だから私は泣きたくなるのです。 「ティニー。」 私が妹でなかったら、この人は私を愛しては下さらないでしょう。 私が妹だから私を愛してくださるのです。 私が私だからでなく。 私が貴方から幸せを奪ってしまったかもしれなくても。 私が罪に塗れていたとしても。 …だから。 「ティニー。」 蕩けるような甘い声で名前を呼ばれる度に。 私は泣きたくなるのです。 ― END ―
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サイトを立ち上げる以前、2007年に書いたものの掲載の場がなく仕舞い込まれていたSSです。 特殊な書き方をしている上に文章が古くてアイタタタなのですが、私の中での本館の某攻めの人の原形を見た気がして掲載してみました(笑)。 ちなみにうちのアーサーはレヴィン×ティルテュの息子です(笑)。 スカビオサの花言葉 「 不幸な愛情 」 |