「……えーと、ごめん。考えさせて?」 一瞬何を言われたのか分からなくて、 じわじわとそれが浸透するにつれ血の気が引いていった。 結局、絞り出せたのはそれだけで。 照れたような笑みを苦笑めいたそれに変えた彼は、何時もと変わらぬ様子でお邪魔しました、とだけ告げて天幕を出て行った。 「大体、全く予想外過ぎない!?」 ばさぁっと音を立てて天幕の入り口をまくり上げてやってきた人物に目を丸くする。 「……何かあったの?」 いつも穏やかで落ち着いて皆のお母さん的雰囲気を纏う女軍師 ――――― ルフレの、彼女らしからぬ剣幕に若干引き気味に返すと、彼女は無言のままどっかと椅子に腰を下ろした。 決して上物とは言い難い折り畳み式の椅子に貼られた羊皮がギシギシと悲鳴を上げる。 「……告られた」 彼女の口から漏れたのは予想外の言葉。 「へぇ、おめでとう。まだこの軍にそんな強者が残ってたんだ? 相手は? 最近来たって言うとバジーリオ様とか……大穴でギャンレルとか?」 以前からの仲間ではあるまいと、最近軍に加わった男性を指折り数え、幾人かの名前を上げる ――――― と、机に頬杖を付いた彼女がぽつりと呟いた。 「……アズール」 「………」 暫らくの、沈黙。 「……えーと、それは何時ものナンパじゃなくて?」 ようやく我に返って、問い返す。 そう言う意味ではおそらくイーリス軍の女性の9割、下手をすれば10割が彼に告白されていることになるわけだが。 「……流石に相手がマジかどうかぐらいは区別がつくわよ」 深々と漏れた溜息からそれが事実であることを知る。 「いやあ、予想外……でもないか」 「へ?」 天幕の住人は立ち上がり、簡易の竈にかけていた薬缶を持ち上げた。 少し多めに沸しておいて良かったと思いながら茶葉の入った缶を手に取り、茶さじに2杯、計った茶葉をポットに入れて湯を注ぐ。 「……ん、いい匂いだね」 暫らく待って琥珀色に染まった液体を2つのカップに注ぎ、その片方を彼女の前に置けば、彼女は無言のままそれを手に取った。 口元まで運んで小さく鼻を鳴らしてその香りを吸い込む。 「………マリアベル?」 「外れ、ブレディだよ」 軍の御用達のそれとは違う香りの高さ。嗜好品と思しきそれに出所と思しき名前を呟けば否が告げられて。けれど予想とはそれ程遠くない答えにあぁと小さく頷いてそれを口に運ぶ。 やがてふぅっと細い息が漏れて。天幕の住人は自分の分の茶に手を伸ばした。 「……落ち着いた?」 「落ち……着いたかなぁ……うーん……うーん……」 カップを置いた彼女が、頭を抱えて唸り始める。 「……予想外でもないって、そんなあからさまだった?」 「好意って意味では」 分かりやすく懐かれていた、と思うのだが。 「……仔犬」 「?」 「人懐っこい仔犬に懐かれてるつもりだったのよ。第一あの子はクロムの息子よ? 私達から見たら甥っ子みたいなものじゃない。ちょっと想像もしてなかったと言うか……」 「そうかな? 僕は他の連中よりはまだありそうかなと思うけど」 「なんで?」 「キミ、普段から女扱いされてないよね」 「……悪かったわね」 「一人で敵陣に突っ込んで行ってサンダー一つで対象の首取ってくる人間を女扱いしろって方が無理な気がするんだけど」 「…………」 ぐうの音も出ない。 軍師じゃねーよ、最早戦車だよ。とは誰の言い分だったか。 「まあ、だから同年代の男性からは異性として見辛いわけだ。でも未来から来た子供達にとっては僕達は全員憧れの大人だ。前提に憧れがあって強くて当たり前だから其処はハードルになり難いんじゃないかなって」 成程、一理ある。一理あるのだが。 「……大体、あんがたルキナと付き合ってるのにどの面下げて息子さんをくださいなんて言えるのよっ! 流石に申し訳ないにも程があるわよっ!!」 後から来た方のルフレ(女)は、天幕の住人であるルフレ(男)に向かって噛み付いてわっと机に突っ伏した。 「……あ、もらう方なんだ? と言うかそう言う発想が出るってことは脈無しでもない訳だ?」 「うるさい、このロリコン!!」 「いやぁ、流石に好みが似てるよね」 とっくの昔に親友の娘とくっついていたもう一人のルフレは、悪びれるでもなくはははと声を上げて笑った。 ― END ―
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