「………俺、国に戻ったら軍に入る」 意外な言葉を聴いた、とでも言うようにティアが目を瞬くのが見えた。 「…………いいの?」 戸惑うような、躊躇うような声を漏らした彼女が内海を渡る強い風に煽られて広がる亜麻色の髪を押さえるのを見やりながら、ルークは苦笑めいた笑みを浮かべた。 覚悟は決めた、けれど迷いが無いわけではない。 膝の上で組んだ指先に視線を落とし、それをきつく組み直して一度深く息を吸い込む。 「………多分、それが一番いいんだと思う。…………正直、ダインに亡命することも考えた。けど、逃げるのは性にあわねぇしな」 それだけではない ――――― おそらく逃げ出せば追っ手がかけられ、執拗に追われることになる。 何せレプリカであるルークの身体は機密事項の塊のようなものだ。 「 ――――― ニーズホッグは俺達を………いや、俺を切り捨てた」 ニーズホッグの上層部がルークを『ユグドラシルバトルの手駒としては出来が悪い』と断じ、旅はここで終わりだと告げられたのはつい先日のこと。 そのまま投降していれば、間違いなくルークは『廃棄』されていただろうと思う。 「それはわかってるんだ。でも結局、俺には他に行くとこなんか無いしさ」 けれどルークは諦めなかった…………否、一度は諦めた。 何も知らず、皇帝候補として傍若無人に振舞っていた自分の愚かさを呪い、 精霊闘技島に至る為の鍵であるフラッグさえ、誰の手にも届かぬように海に投げ捨てて、せめてもの意趣返しにしてやろうかと思ったことさえある。 そのルークが、崩れそうな足場に踏み留まり、もう一度歩き出すことを ――――― 戦うことを決意したのは、間違いなく隣に佇む彼女が居たからだった。 叶わないと知りながら、命さえかけて争いがなくなることを望み。 足掻くことの大切さを、想うことの、望むことの強さを教えてくれた人。 ――――― 人間が居る限り、争いは無くならない。 それはわかっている。けれど、わかっていてもなお、平和を望み、争いを否定し続けなければならない。 ティアはそう言った。 彼女はニーズホッグの軍人で、だからこれからも大いなる矛盾を抱えつつ、それでも自身の理想に少しでも近づく為に努力し続けるのだと思う。 不可能だと知りながらも、争いと憎しみのない平和な世界を目指す彼女の手伝いをしたい。 それが今のルークの根本になっていると行っても過言ではない。 兄であるアッシュと比べる ――――― 今思えば兄ではなくオリジナルだったのだから、優れていて当然だったのかもしれない ――――― 家臣達を見返す為でも、自身をこんな運命の元に生み出した者に復讐する為でもなく。 彼女の理想を叶える為に。彼女の力になる為に。 そう思えたからこそ自分はここにいるのだと思う。 各国を代表するシグルス達の頂点として、大いなる実りを手に入れて。 「大いなる実りを手に入れた以上、処分されることは無いだろうし…………お前の相棒として認めてもらう為には、軍で力をつけるのが一番効率的だろ?」 今回の成績を考えれば、彼らを三年後のシグルスにと望む声も少なくは無いだろう。 大人しく国の意向に従っている限りは、国の益になる限りは、実りを手にいれることの出来る実力のある手駒を自らの手で廃棄するとは考えにくい。 皇位継承権は取り消されているかもしれないが、少なくとも居場所がなくなるということは無いはずだ。 「いざとなったらジェイドに口、聞いてもらうさ」 「…………勝手なことをおっしゃいますねぇ」 いつの間に甲板に上がったのか、呆れたような声が聞こえて振り向くと、何時もの用にポケットに手を入れて、何を考えているのかよくわからない表情で笑っている男と目が合った。 「そのぐらいしてくれたっていいだろ、『父上』」 『父上』の部分に奇妙なアクセントを置いて呼んでやれば、彼は ――――― ルークを作った張本人であるジェイドは、彼にしては珍しく虚を突かれたような表情を浮かべた。 「ジェイドでもそんな顔、すんだな」 おもしろいものを見たというように、くくっと小さく笑ったルークに瞬いて、それからジェイドも弾けるように笑い出した。 「………ははは、そうですね。確かに、あなたは私の息子のようなものと言っていいかもしれません」 「つーわけで。力、貸してくれよ」 以前の傲慢な口振りと良く似た、けれど全く違う、請うることを知る声でそう言って。 「まずは軍での地位を確立して ――――― んー、ついでに皇位も狙っとくか? 皇帝になりゃあ軍なんか思うがままだもんな」 「それはまた、思い切ったことを考えましたねぇ」 どこか屈託の無い表情で笑うルークに、ジェイドは苦笑を浮かべた。 「いい考えだろ? 皇位継承者から外れないよう手ぇ回してくれよ。っと、アニスも聞いちまったからには手伝えよ?」 「ぎくっ! ルーク様、気付いてたんですかぁ〜!」 掛けられた声に、甲板に積まれていた木箱の後ろからジェイドの相棒であるアニスが飛び出してくる。 「気付かねーわけねーだろ、お前が一人でじっとしてるタマかよ」 面白いことがあれば首を突っ込んでくるのが彼女の基本だ。 聞き耳を立てていることぐらい容易に想像できる。 「…………しょーがないですねぇ。第二夫人にしてくれるんなら考えてあげてもいいですよ」 けらけらと笑うルークに、アニスは仕方が無いなあとばかりに腕を組んで溜息を落とした。 「………なんだそりゃ」 「だって第一夫人はティアでしょ? あ、アニスちゃんは便宜上で構いませんから♪」 きゃ、とばかりに両手を頬の横で組んで身体をくねらせるアニスにルークの顔が真っ赤に染まる。 「だ、誰がそんな話したよ!!」 「ルーク様、顔真っ赤ですよぅ〜v」 「黙れっつーの!!」 ぎゃあぎゃあと喚き合う騒がしい音が広い甲板に響き渡るのを聞きながら。 「………………」 ティアは少しづつ大きくなってくる港に視線を向け、僅かに口元に笑みを浮かべた。 次のユグドラシルバトルが行われる三年後、自分達がどうなっているのかはわからないけれど。 もしもう一度シグルスに選ばれたなら。 きっとその時の相棒は、隣で子供のように騒いでいる彼なのだろうと、漠然と思いながら。 ― END ―
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VS設定でルクティアとのことで、挑戦してみました〜。 こちらのルー君は下手をしたら3歳以下ですが(3年前に行方不明になったアッシュの記憶が無いことから。既に生まれていて隔離されていた可能性もありますが)、王立大学の設立パーティだの何だの、社交的な場にも出ていたようですし、それなり教育は受けていたようです(刷り込みがされていたのかも)。 でも髪を切ったのも、シグルスとして戦う決意を決めたのも「ティアの相棒に相応しいと認めてもらう為」とか。 戦いがなくなれば存在する意味がなくなると言れば「俺が消されても、お前(ティア)の記憶の中に俺が生き続けるならそれでいい」とか。 普段の言動は本編より若干大人っぽく感じるのにティアへの依存度がやたらと高そうなちょっとアンバランスな印象です(笑)。 いや、其処が可愛いんですけどね?(笑 違いが上手く出ているかはわかりませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。 |