「まぁまぁ、ティアさん、良くお似合いだわ」 少しはしゃいだ様子のシュザンヌがぱんと手を打ち合わせ、彼女を差し招く。 「あなたは色が白いから濃い色のドレスが似合うと思っていたのよ」 身体のラインも露な蒼いドレスに身を包んだティアがおずおずと歩み寄ってくるのを改めて頭の上から足の先まで見やり、彼女は満足そうに微笑んだ。 「髪はアップにして真珠を編みこんでちょうだいな。それと生花を ――――― 色はもちろん白よ。あとは首元が寂しいかしら。翡翠をあしらったものがあったと思うのだけど、出してくれる?」 そうして控えるメイド達に次々と指示を与えるシュザンヌに、このままではまずいと思ったティアは、思い切って口を開いた。 「あ、あの、私はもう、本当に、ドレスを貸していただけるだけで充分ですから!」 けれど、彼女は動じるでもなく。 「折角なのだから最後まで飾らせてちょうだい、元がいいのだからいつも制服ばかりでは勿体ないわ」 おっとりと微笑んで小さく首を傾げたのだった。 旅の最中、ナタリアの外せぬ行事の為にバチカルに呼び戻された一行は、シュザンヌの計らいでその後の略式のパーティに招待されることになった。 だが当然、旅の途中であるティアやアニスがドレスを持っているわけもなく ――――― そうでなくとも一般市民である二人がそんなものを持っているはずもなく ――――― 二人にはシュザンヌやナタリアから衣装が貸し与えられることになったわけである。 派手な装いは苦手だし、軍人の礼服は軍服だからとティアは一度は断ったのだが ――――― アニスはもちろん喜んで可愛らしくお礼を言う方を選んだ。その方が相手も自分も気持ちがいいのだから、と言うある意味大人びた発想だ ――――― 結局、シュザンヌの「私には娘がいないでしょう? 女の子を綺麗に着飾らせてみたかったの」と言う懇願に屈した。 母親の居なかったティアは彼女に憧れめいた感情を抱いていたし、身体の弱い彼女が二人目の子供を望めなかったことも知っていたからどうにも彼女には弱くて。 あれよあれよと言う間にメイド達に囲まれて更衣室に引き擦り込まれて、現状に至る。 「折角だからご好意に甘えておけばいーのに。こんなチャンス滅多にないよー?」 そう言ったアニスは既にナタリアの幼い頃のドレスを身に纏ってご満悦の様子だ。 色こそナタリアの好む寒色系ではあったが、襟刳りや裾にはキラキラと光る銀糸の刺繍が施され、袖は柔らかそうな素材でふんわりとボリュームを持ったいかにも高級そうな、お姫様的なデザインで、アニスの守銭奴心と乙女心を十分に満足させてくれる一品だったからだ。 靴だけはサイズが合わなかったのでシュザンヌからプレゼントされることになったのも大きい。 「……アニスはまだいいわよ、可愛いし……」 そう言ってティアは落ち着かな気に胸元を押さえた。 アニスのそれと違い ――――― 年齢的なことを考えると仕方がないことなのだが ――――― ティアに宛がわれたのは本格的なイブニングドレスだった。 上半身はすっきりとして足元に行くにつれて美しく広がる、所謂マーメイドラインのそれは、シンプルなデザインであるだけに身体のラインがはっきりと強調される代物で。胸元も大きく開いているので何とも落ち着かない。 けれどイブニングドレスと言うのはそういうものだと押し切られてしまった。 髪も結い上げられている所為で項が涼しいし、何だか酷く頼りない気分だ。 「いーじゃん、ティアは胸あるんだからさぁ、そういうドレスも似合うし」 「あっ、アニス!」 「ほんとのことじゃーん……あと三年かぁ。はぁ」 真っ赤になって声を高くするティアをちらりとみやり、アニスは大きな溜息を落とした。 控え室には男性陣が、それぞれの正装で女性陣が準備を終えるのを待っていた。 こういう場合、女性の方が準備に時間がかかるのが相場だ。 「ったく……パーティ始まっちまうんじゃねえの?」 待ち疲れたのか愚痴を零すルークにガイは苦笑を浮かべて肩を竦めて見せた。 「女性の準備は時間が掛かるのは仕方がないことさ。ルークだってティアのドレス姿、楽しみだろう?」 「っ………だっ、誰がんなこと言ったよ!!」 図星を指されたルークが顔を赤くしてガイを怒鳴りつける ――――― 確かに口には出してはいなかったが、あまりにもあからさまだった。 さっきからルークは落ち着かない様子で右に左にウロついている。 「熊じゃあるまいし、少し落ち着いたらどうですか?」 「俺は落ち着いてるっての!」 「ルークー? 人間素直が一番ですよー?」 「うっせーよ!!」 (完全に遊ばれてるなー……) なんだかんだいってジェイドも退屈なのだろう ――――― 何せ彼は軍服=正装と言うことで、いつもと同じ軍服姿なのだから。 一応予備の新しいものらしいが、当然準備は一番早かった。 ついでガイ、三番目が礼服の類を着慣れないルークと、その後にくっついていったミュウ ――――― 首に赤い蝶ネクタイが結ばれている ――――― の順になる。 ルークが一番待たされていないはずだが、一番待ち遠しいはずで。 だから尚のこと、待ち時間を長く感じてしまうのだろう。 密かにそんなことを思って苦笑する。 「みゅぅ……ご主人様、素直じゃないですの?」 「うっせぇ、お前には関係ねーっつーの!」 ガイがそんなことを考えていることなど知る由もなく、ルークがぎゃぁぎゃぁと喚いていると ――――― 不意にコンコン、とノックの音が響いた。 「お、姫様方のお出ましかな」 ガイがそう言った途端、ピタリとルークの動きが止まる。 わかり易すぎて苦笑を堪えるのに必死のガイの目の前で、廊下へと続く扉が開かれた。 「………お待たせしましたわ」 扉を開けて入ってきたのは当然、ナタリアで。 そのドレス姿は見慣れたものではあったけれど、ぽかんと開いた口が塞がらなくなった。 彼女と、自分より小さなアニスの後ろに必死に隠れようとしているのは誰だろう。 「ほらティーアぁ〜」 「やだ、アニス、引っ張らないで!」 いつもは冷たく清らかに澄んだ湖水を思わせる双眸は困惑に揺れ、頬は可愛いものを見て夢中になっている時と同じぐらい赤くて、薄く紅の塗られた唇は艶やかで何かい言いた気に開いては綴じを繰り返している。 「ぁ……ぁの、その……」 少しだけ裏返った声は年相応に甘い。 その癖、胸元の大きく開いたドレスだったり、高く結い上げられたヘアスタイルだったりは酷く大人びて、とてもたった16歳の少女のそれには見えなくて ――――― そのアンバランスさが不思議な魅力を醸し出しているかのようだった。 (……ティアって、こんなんだったっけ……?) 確かに綺麗な顔をしているとは思っていた。 その印象は初めから変わらなくて、けれど最初に抱いたそれとは何だか違う気がする。 じわぁっと頬に血が上るのがわかって、妙に恥ずかしくなってきた。 「ちょっとルークぅ! 馬鹿みたいに口開けて突っ立ってないでなんか言ったらどーなの? ティアしか目に入んないのはわかるんだけどさぁ」 ぶーぶーとアニスがブウサギよろしく声を上げるのが聞こえて、ルークははっとして彼女に視線を落とした。 腰に手を当てて薄い胸を張ったアニスはナタリアお下がりなのだろう、浅黄色のドレスに身を包んでいる。 癖のある黒に近い暗褐色の髪はいつもどおりのツインテールではあったが、鏝で巻かれでもしたのかいつもよりくるくるのふわふわだ。 何か言わなければならないとは思ったけれど、それでも何も言えないでいると、一足先に我に返ったガイが声を上げた。 「……いやぁ、驚いたよ二人共。あぁ、もちろんナタリアも綺麗だよ」 「………でた、天然タラシ」 目を細めて揶揄るように笑うアニスにガイは苦笑を浮かべる。 「いや、俺は本当にそう思ってだなぁ………」 「そ・れ・よ・り。どーぉ? ルーク様 v」 懐かしの呼称で、ハートマークをとばさんばかりの様子で身をくねらせたアニスは、けれど言葉とは裏腹に一歩引いて見せた。 どんな意図があるのかなんてことはわかりすぎるぐらいわかってる。 同時に、まるで前もって打ち合わせでもしていたかのような見事なタイミングでナタリアがティアの腕をぐいと引いて前に押し出した。 「きゃっ!?」 予想外のそれに、慣れないロングドレスに足を取られたティアが前のめりに倒れ込みそうになって。 「…っ!」 ルークは慌てて前に足を踏み出し、両手を伸ばした。 ――――― このパーティ、ルーク以外の男性陣はと言えば頭脳労働者を自認して余程のことがなければ一切力仕事はお断りの中年と女性恐怖症だけなので、こう言った場合、ルークが動くしかない ――――― と言うのは半分言い訳だ。 多分、それがなくたって手を伸ばしてしまっていたはずで。 (うっわ…!) ぽすっと音を立てて腕の中に収まった細い肢体に、思わず声がでそうになって慌ててそれを飲み込む。 軍人としてよく鍛えられて、無駄な脂肪など皆無のはずの彼女の身体は、それでも驚くほど柔らかかった。 (うわー、うわー、ちょ、コレやばいってぇ……!!) 今までにも何度かこんなことはあったけれど、いつもより意識してしまうのは今が非常時ではないからか、それとも彼女がいつもとは違う格好をしているからか。 ルークが今まで触ったことがあるのと言えば自分やガイや師匠のそれぐらいで、もちろんそんなの比べる対象が間違ってるなんてことぐらいわかっていて。けれど、ぐるぐる回る思考は止まらない。 (あ、いや……ナタリアとダンスの練習したことはあったっけ……でもあいつ、意外と筋肉質っつーか……) まがりなりにも武器を手に戦う中衛と、譜術と譜歌を使う彼女では鍛え方が違うのかもしれない。 ナタリアに知られたら怒られそうなことを考えつつ、ルークはばくばくと激しく脈を打つ心臓を宥めるようにぎゅぅっと目を閉じた。 けれど視界を閉じた所為で腕に感じる感触はいっそう生々しくなった。 柔らかくて、温かい ――――― すっきりとしてそれでいて甘いような花の香りが鼻腔を擽る。 ほそっこくて頼りなくて、このまま腕の中に閉じこめてきつく抱きしめたい衝動に駆られたところで ――――― ルークはハッとして顔を上げた。 すぐ脇で、アニスがにやにやと笑っているのが視界に入ってかぁっと頬が赤くなるのを感じる。 多分時間にすればものの数秒であったのだろうけれど、それでも、ただ抱き止めるにしては長い時間には違いなくて ――――― 。 「……バ、バッカ! お前ら危ねーだろ!」 「…………ご、ごめんなさい!」 照れ隠しに上がった声に、はっとしたようにティアが離れて、それを酷く残念に思う。 「違っ、ティアに言ったんじゃなくて、そのっ、えと……」 真っ赤になって焦った様子であわあわと腕を動かしているルークをちらりと見やり、ナタリアは口元に綺麗な笑みを刻んでジェイドを見た。 「大佐、エスコートをお願いできまして?」 「……おや、私ですか?」 「ええ、キムラスカとマルクトの友好の証に。ガイでもよろしいのですけれど、貴婦人に囲まれて卒倒されては困りますから」 ルークでなくてよろしいので?とわざとらしく驚いた表情を作ってみせる彼に、悪戯っぽく笑ってみせる。 無論、半分は口実だ。それに気付いたアニスは、んじゃ、とガイの腕に自身のそれを絡めた。 「ガイはアニスちゃんとね。ナタリアと一緒よりは注目されないと思うし、頑張ってよねー」 ヒッと小さく声を上げて身体を硬くするのを強引に引っ張る。 「わ、わかった! わかったからあんまりくっつかないでくれ!!」 裏返った声を上げながらもアニスに促されたガイが歩き出して ――――― あっと言う間に置き去りにされてしまった。 「…………あ、あの、私達も、行きましょう」 僅かに赤みを帯びた頬に手を当てていたティアが、顔を上げてそう言って。 「あ……う、うん。その……なんか、ごめんな」 ルークはメイド達が綺麗に整えた髪が乱れるのもかまわずがしがしと後ろ手に頭を掻いた。 自分でも何に謝っているのか良くわからなかったが、なんとなく謝らなければならないような気分だった。 「……もう、折角整えてもらったのでしょう?」 呆れたような彼女の声に、ホッと安堵の息を吐く。 良かった、いつもの彼女だと思ったからだ。 綺麗で可愛い彼女もいいけれど、やっぱりそれはそれでなんとなく落ち着かない。 ガイやアニスあたりに知られたらきっと子供だとからかわれるのだろうけれど。そんなことを思いながら、ルークはずいと彼女に白い手袋に包まれた手を差し伸べた。 「行こうぜ。あんま遅くなっとまた何言われるかわっかんねーし」 「……えぇ」 重なった指先の細さにまた心臓がどきどきと騒ぎ始めるのを感じながら、ルークはナタリア達の後を追って歩き出した。 ― END ―
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正気中和後の爵位授与イベントの辺りも考えたのですが、あのあたりだと重くなってしまいそうだったのでちょっと軽めに捏造させていただきました。 二人ともどきどきはしているけれど子爵ルークにあんまりときめいてない気がする……orz 少しでも楽しんでいただければ幸いです。ありがとうございました〜。 |