「ティア! おれとけっこんしてくれ!!」
「……え?」
 数秒の沈黙の後、ぎこちなく首を傾げたティアを誰が責められるだろう。
 何故なら高校生になったばかりのティアはまだ結婚できる年齢に達してさえいないし、人見知りの性格が災いしてか、或いは過保護な兄のせいかこの年に至るまで異性と付き合ったことさえない。
 いきなりプロポーズ、と言うのはあまりに性急ではないだろうか。
 否、むしろ問題はそこではない。
 ティアの眼に前で、真剣な表情でどこかで摘んできたらしい白い花を掲げて彼女を見上げているのは、彼女の胸の高さに満たない小さな、青いスモッグ姿の幼稚園児だった。
「……え、えぇと……」
 ――――― どこから突っ込むべきだろう。
 まずは『ティア』じゃなくて『ティア先生』でしょう、かとも思ったが厳密に言えばそれも正しくない。
 ティアのことを『ティア先生』と呼ぶ児童も多いのは事実だが、実を言えばティアは家族で経営する保育園を手伝っているボランティアに過ぎない。
 ティアは子供が好きだったし、両親は既に亡くなっているので家に帰っても一人で留守番をするだけなので、それを心配した兄に勧められて保育園に通うようになり。始めのうちは職員室で宿題をやらせてもらったりしていたのだが、何時の間にか子供たちのちょっとした遊び相手を務めるようになっていた。
 と言うわけで、ティアに対するもっとも正しい呼びかけは『ティアお姉さん』或いは『ティアお姉ちゃん』と言うことになる。
 大人びた顔立ちをしてはいるが中身はきっちり15歳。
 今までこんな経験をしたことのないティアには、こんな時、どんな返事を返せばいいのかわからなかった。
「…………」
「……おれじゃ、だめか?」
 沈黙をどう受け取ったものか、園児の大きな緑柱色の目が潤む。
 じわじわと涙が浮かんで今にも零れ落ちそうな風になって、ティアはぎくりと肩を揺らした。
 そういえばこの子は気が強い反面涙脆い ――――― 感情の起伏の激しい子だった。
 たくさん居る園児の中でも特に目立つ双子の片割れだ。
 兄の方は人見知りが激しく一つ年上の従姉妹にべったりなのだが、弟の方は物怖じせず友達も多く、ティアにも良く懐いてくれている。
 つい先日までは他の子供達同様、ティアのことをティアお姉ちゃんと呼んで慕ってくれていたのだが、そういえばここ数日妙に遠慮がちだった。
(………だめ……このままじゃ泣かせちゃう……!)
 園児がぐすっと鼻を啜ったのを見て、ティアは慌てて手にした箒を投げ出すと彼と視線を合わせるべく、その場に膝をついた。
「ええと、その、ありがとう。でもルーク君はまだ結婚できる年じゃないでしょう? こういうことはもう少し大きくなってから……」
 『はいはい、もう少し大きくなったらね』とあしらうのが正解だったかも知れない。
 けれど、生来不器用で生真面目なティアは、その選択肢を思いつかなかった。
 幼いとは言え真剣に向き合ってきているのだから、真剣に返すべき ――――― そう思ったのだ。
「やくそくならできる!」
「え?」
 どうにか遠回しにお断りする、或いは返事を無期限延期とさせてもらおうと思ったのだが、ルークは諦めてくれなかった。
 泣くのを我慢しているのか、顔は真っ赤で。ぎゅっと握った手を両脇に、仁王立ちと言ってもいい姿勢で震えている様子は大変可愛いらしい。
「けっこんは18にならないとできないけど、やくそくはできる!アッシュとナタリアは大きくなったらけっこんするんだってやくそくしてた!」
 ルークの兄のアッシュと、従姉妹のナタリアは小さな恋の物語を地で行く大変なバカップル ――――― もとい、ラブラブカップルだ。
 ナタリアが満面の笑みを浮かべて『私達、大きくなったら結婚しますの!』と言えば、アッシュは恥ずかしそうに頬を赤らめながらもどこか誇らし気な顔をする。
 結婚の意味が分かっているのかどうかと思ったが、一度聞いてみた職員曰く、『一生を沿い遂げることですわ』と言う答えが返ってきたらしい。
「……アッシュとナタリアの仲がいいのが寂しい?」
 はっとしたように顔を上げたルークが、また泣きそうな顔になる。
 ルークはいつもそんな二人と一緒にいて ――――― 一番近くに居いた二人に置いて行かれてしまったような気分になっているのかも知れない。
 だからこんな行動に出たのだろう。
 泣きそうな顔を隠したいのか項垂れたように首を垂れるのが可愛くて、可愛いもの好きのティアとしては胸がときめくのを押さえられなかった。
 手を伸ばしてぎゅうっと抱き締めてしまいたかったが、そうすると彼のプロポーズを受け入れたことになってしまうのだろうか。
(……それはちょっと困るわ)
 それはそれ、これはこれ、だ。
 下手に動かない方がいい、と思ったのだが。一度項垂れたルークは、けれどすぐに顔を上げた。
「アッシュとナタリアは関係ない! おれはティアが好きだから、ティアとけっこんしたいんだ!」
 力強く言い切られて、絶句する。
 ――――― なんとも熱烈なプロポーズだ。これは一筋縄では行きそうにない。
「えっと……」
 好意を持って貰えるのは嬉しいが、流石に色々と問題がある。
 と言うか正直ティアの想定の範囲外すぎて考えることすら難しい。
(……そ、そうだわ!)
「ええとね、ルーク君はうちの保育園の生徒でしょう? 私は正式な職員ではないけど、一人の生徒を特別扱いすることはできないの。だから……」
 そう言うお相手はお友達の中から見つけましょうね、と続くはずだった。
「わかった!」
 けれど皆まで言わないうちに、ルークはぎゅっと唇を引き結んで大きく頷いた。
(良かった、これで……)
「じゃあそつぎょうしたらもっかいプロポーズしにくる! それまで誰ともやくそくしちゃだめだからな」
 ほっとと、息を吐くより先にそんな宣言をされて、思わず脱力しそうになる。
「あ、あのね、ルーク君……そういう問題とも……」
 違うような気がする、というティアの言葉は、最後まで音になることはなかった。
「やくそく!」
 声高らかに宣言したルークが、がばっと抱きついてきたからだ。
「ぜったい、ぜったいやくそくだからな!」
 ティアの首に齧り付くようにして繰り返す幼いルークは、それはもう愛らしかった。
「……ええ、約束するわ」
 半ば無意識に、頷いてルークの小さな背中を抱き返したティアは、究極の無防備状態だったと言わざるを得ない。
 頭の中は腕の中の『可愛い』でいっぱいで、他のことなんかまるっきり考えられなかった。
 もぞもぞと腕の中のルークが動いたと思ったら、直後。唇に温かく柔らかなものが触れた。
(………え?)
 離れていく、その先でにっこりと嬉しそうな邪気のない笑みを浮かべている園児。
「い、今の……」
 おそるおそる訪ねると、ルークは満面の笑みを浮かべて言った。
「やくそくのちゅー」
「……!」

 ――――― やられた。

― END ―


 久し振りのHIT更新です。リクエストを頂いてからすでに云年近くが経過しているとか……!
 申し訳ございません……まだ見て頂けているといいのですが><
 カップルではなく未満になってしまいましたが(幼稚園の先生と生徒とのことでしたので、私にはカップルは無理でした……orz)、少しでもお楽しみいただければ幸いです〜。

 小さなこだわりでルークとティアの年齢に関してはルークの実年齢(?)をもとに、ルークが7歳の時ティアが16歳になるように設定してます……(笑)。

こちらの品はまな様のみお持ち帰りいただけます。
2012.10.28

戻ル。