「ほらよ、零すんじゃねーぞ?」
「…………」
 主でもないルークに差し出されたカップを両手で受け取ったちびの『ルーク』が、不満そうな顔をするどころか満面の笑みを浮かべてこっくりと小さな頭を上下させるのを見て、ルークは内心おぉと声を漏らした。
 ――――― 本当に、こいつは手がかからない。
 どこからどう見ても幼子、それもアルバムの中の或いは記憶の中の子供の頃の自分にそっくりのそいつは、けれど人間ではない。
 観用少女。即ち人の姿をした観用植物だ。
 なにがどうなってそうなるのかは一切不明だが、職人が丁寧に育て上げる生きた芸術品 ――――― 。
 最初に話を聞いた時には体の良い人身売買なんじゃないかと思ったりもしたが、彼らは成長しないし、食物を必要とすることもなければ、死ぬ時は枯れる。
 必要なのは主のからの日に三度の温かいミルクと愛情のみ ――――― と言う色々と理不尽な生き物だ。
 己が主だけに向ける天使の微笑みが売りで主に愛玩用として取引されているわけだが、目玉が飛び出るようなお値段の上、観用少女自身に選ばれなければ購入できないと言う制約付きなのであまり市場には出回っていない。
 それが何故ここに居るのかを語ると長くなるのだが、様々な偶然と縁が重なった結果、ルークの手元には艶やかな亜麻色の髪と宝石のような蒼い瞳を持つ美しい少女型の観用少女が。そして正面のソファに座る客人 ――――― ティアと、その友人でありルークの従姉妹でもあるナタリアの手元にはそれぞれルークとアッシュの幼少期にそっくりの世にも珍しい少年型の観用少女が居る。
「ティアは紅茶で良かったよな?」
「えぇ、ありがとう」
 問いかけに、返る声は落ち着いて耳に優しい。
(………声も似てるんだよな)
 月華 ――――― ルークの観用少女と彼女はまるで姉妹の様によく似ている。
 観用少女は本来言葉を発することは出来ないのだが、月華は世にも珍しい歌う観用少女だ。
 たまにしか歌ってくれないが、その声は透き通るように美しい ――――― 即ち彼女の声も。
 ルークと彼女が出会ったのは数か月前のナタリアの父の誕生日パーティでのことだった。
 そこでナタリアとアッシュの婚約が発表されることになって、アッシュの弟のルークとナタリアの友人のティアも招待されたわけだが、互いに互いの観用少女のことまでは知らなかったので顔を合わせるなり大騒ぎになった。
 その上ナタリアは、ルークとアッシュの幼少期に良く似た観用少女に、そのまま『ルーク』と『アッシュ』と名前を付けていたので非常にややこしいことになってしまった。
 結局、観用少女のルークはルークがいる時は『ちび』、或いは『小さなルーク』。アッシュは『小さなアッシュ』と呼ばれているのだが、小さなアッシュの方はそれが非常に不満らしい。
 ナタリアがそう呼べば拗ねたような顔をするし、他の人間がそう呼べば容赦なく足を踏む。
 そう、小さなアッシュは非常に扱い難いのだ。
 ナタリア以外の人間からは基本的にミルクを受け取らないし ――――― 試したところ、ルークは完全に無視され、アッシュは思い切り脛を蹴られた。ナタリアがいない場合は仕方なくと言った様子ではあるがティアからは受け取ってくれるらしい ――――― 触られるのも好きではない。
 けれどこれは観用少女としては正しい反応だ。
 月華だってルーク以外はシュザンヌからしか受けとらないし ――――― ティアのことは気に入っているようなので、ひょっとしたらティアからなら受け取るかも知れないが ――――― そんなことばかりしていたら病気になってしまう。
 けれど小さなルークはルークからもナタリアからも平然とミルクを受け取るし、『ちび』扱いされてもまるで気にする様子がない。
 パタパタとスリッパの音を響かせてソファへと向かうと、ティアと、先にそこに座ってミルクを飲んでいた月華の間に腰を下ろしてご満悦の様子だ。
「良かったわね、ルーク」
 ティアに頭を撫でられて嬉しそうに笑っている様を何だか恥ずかしいと思ってしまうのは、まるで自分がそうされているような錯覚を覚えてしまうからだった。
(つーか似すぎてんだよな……)
 その上、小さなルークは月華のことが大好きだ。
 いつも嬉しそうに微笑みながら、声を持つ代わりに笑わない、表情の薄い月華に懸命に音にならない声で語りかけ ――――― ひょっとしたら観用少女同士には何か聞こえているのかもしれない ――――― ている。
 時には、抱きついたり頬にキスをしていることもあるのでどうにも居た堪れない。
「愛情表現がストレートすぎんだよな……」
「……えっ?」
「あ、な、なんでもない! ストレートで良かったよな!?」
 思わずぼそり、と呟いた音が聞こえてしまったらしくティアが眼を瞬いて、ルークは慌てて彼女の前にソーサーに乗ったティーカップを押しやった。
「あ、ありがとう……」
 ティアは不思議そうに首を傾げながらも、それ以外何も言わずにそれを受け取ってくれた。
「な、なんかナタリアがいないと広く感じるな」
「……ええ、そうね」
 ふふ、と彼女が小さく笑う ――――― その仕草がやけに可愛く見えて、ルークは慌てて彼女から視線を外した。
 実はルーク達が居るのはナタリアの屋敷のリビングだった。
 ルークの家は隣なのだが、観用少女を抱えた三人とオマケのアッシュ ――――― オマケ等と言うと殴られそうだが ――――― でお茶をすることは珍しいことではない。
 今日はナタリアが急な用事で出かけることとなり、二人と二体、並んで残されてしまったわけだが ――――― 時々作為的なものを感じる。
(あいつ、なんでか俺とティアを二人きりにさせたがるんだよな……)
 『頑張りなさい』に始って、果ては『私、ティアみたいな義妹が欲しかったんですの』等。かなりすっ飛んだことを耳打ちしていくこともあるぐらいなので、気の所為ではないだろう。
(や、確かに俺がティアのこと意識してるのは間違いね―けど……)
 正直するな、と言う方が無理があると思う
 ミルクを飲み終わったちびのルークは、同じくミルクを飲み終わった月華の顔に顔を摺り寄せて、まるで子犬の様にじゃれついている ――――― かと思ったら、眼を閉じて月華の滑らかな頬に唇を押し当てやがった。
「っ……!」
「ルっ……!」
 ティアと、自分の息を飲む音が重なる。
 何やってんだお前はー!と叫び辛いのは、二人があまりにも自分達に似ているからだ。
 そうでなければやってしまった方の主が『うちの子がすみません』と頭を下げれば済む話だろう。
 そのまま硬直していたら、奇妙な沈黙に気付いたのかちびのルークが顔を上げて。暫らく不思議そうに首を傾げていたかと思うと、ぱっとソファから飛び降りてルークの方へと駆け寄ってきた。
「えっ? ちょ、何……」
 腰の辺りをぐいぐいと押されて、連れて行かれたのは同じように複雑な表情で硬直している彼女の隣。
 ちびのルークは再度ソファの上によじ登ると、そこに膝立ちをしてちゅ、と彼女の頬に唇を触れさせた。
 それからルークの方を見て、にっこり微笑んで自分の頬を指さした。
「………お、俺にもしろって?」
 まさか、と上擦った声を上げるルークに、小さなルークは満面の笑みを浮かべたままこっくりと頭を上下に動かした。
「ちょ、ちょっとルーク!」
 何を言い出すのと慌てるティアに、何がいけないのだろうと言うように首を捻る。
 その様子は無邪気そのもので、他意は感じ取れない。否、そもそも観用少女に他意もくそもあるものか。
 ――――― 頬へのキスは親愛の証。
 親愛の証なら、してしまってもいいだろうか。
「る、ルーク……?」
 滑らかに白い頬にほんのり朱が差して、紅色に色付いて行くのを見ながら。
 ルークはごくりと低く喉を鳴らした。

― END ―


 10万HITフリーリクエスト第一弾、リクエスト内容は以前オフで作成した観用少女パロの続編でした。
 ある意味ルクティア的にはこれから始る、と言うEDだったので、続きを考えるのは楽しかったです〜、と言ってもまだカップル未満なのですが><。
 この後ちび達はナタリアに「ルークとティアがもっと仲良くなれば貴方達もずっと一緒に入れますのよ〜」と吹き込まれて頑張ったりするのではないかと思います(笑)。

こちらの品はむぎ様のみお持ち帰りいただけます。
2012.11.06

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