チャイムが鳴った。 既に夕飯を終え、これから入浴でもしようかと立ち上がった時にタイミング良く鳴らされたチャイムに頭を傾げる。 今日は姉が友達みんなで飲みに行くと言っていたから、多分姉の友達ではない。けれども、葛馬の友達でないことも確かだ。 (今日約束なんてしてねぇし) 姉が一日家を空けるということで、なんとなく留守にはしたくなかったから断ったのだ。 (もう10時過ぎてるよな) 誰だろうという疑問よりもこんな時間に何なのだろうという疑問が勝ってしまうのは仕方ないが、入浴中じゃなくて良かったとホッと安堵の息を漏らす。 いくら防犯対策をしてるとはいえ、裸に近いまま客を迎えることになるのは。 (昔タオル一枚で出そうになって姉ちゃんに怒られたっけ…) 「はいはい、今行くから」 何度も鳴るチャイムに、手にしていた雑誌を棚に戻し少し急いで玄関へと向かった。 玄関前で家の主を待っていると何やらもの凄く破壊的な音が響いているようで、仕舞には叫び声が聞こえてくる。 心配しながらも鍵が掛かって入れないのだからただ待つしかない。 「わりぃ!待たせて…」 勢い良く開けられたドアから飛び出してきたのは、向かい風に当てられたように乱れた髪の葛馬だった。 何があったのかと訊ねようとしたが、あちらの方が一言早かったようだ。 「スピット・ファイアじゃん。何で居んの?」 いつものようにチームのジャケットは着ていず、きっと仕事帰りなのだろう、ATも履いていない。 今日は平日でしかも彼は仕事を持つ身、こんな時間にしか活動を起こせないのは分かっているのだが何故ここに居るのかが不思議でならないようだ。 そんな様子にスピット・ファイアは小さく笑った。 (今からお風呂だったのかな…) 湿り気が少しもない、乱れた髪を手でとかす。 「うん、デートしようと思ってね」 「デート?」 「駄目…かなぁ」 「いや、別に、」 こんな時間にしかも急に訪れてどんなデートをしようというのだろうか。葛馬はそんな疑問を頭に浮かべながらも、承諾したという様子で言葉を付け加えた。 「駄目じゃねぇけど、せめて事前に連絡くれよな」 「うん、そうするよ」 (急に会いたくなるんだから、連絡しても変わらないだろうけど) そう思いつつも、スピット・ファイアは嬉しそうに葛馬の手を引き、車の助手席へと誘導する。 「そういえば叫んでたけど、何かあったの?」 「うっ、聞こえてた?チワ踏みそうになってさー」 楽しそうに話す葛馬を見て、ここへ来て良かったと笑みをこぼした。 あれから少しだけ車で移動し―といっても距離は曖昧なのだが―、運転席の男は車を止めた。 「ここどこ?」 「降りていいよ」 いつの間にか外されていたシートベルトを体から外しドアを開ければ、柔らかで、それでも冷たさを持った風が身を包む。外に出れば尚更だ。 スピット・ファイアも車から降りたのを確認しドアを閉め、少し前に進む。 「どこか分かるでしょ?」 そう促されると視覚と聴覚を意識する。 「波の音…ってことは、海?」 「正解。さ、行こうか」 手を引かれ、葛馬は大人しくついていく。 暗闇の中に微かに映える笑顔を見ると、またしてもこの男の思考が分からなくなってしまった。 (急にデートなんて言い出すし、しかも夜に海だし) 普段はスピット・ファイアの疲れを思って夜に会うときはどちらかの部屋か近くの公園にしていたのだが、彼が気を使わなくていいよと何度も言ってくるので今回は良いかとも思った。 けれどもこれでは逆に、頭は大丈夫なのかと気を使ってしまう。 (馬鹿ってのは知ってる) それにしても海はここ最近来ていなかったように思う。特にATを初めてからはあまり遠出せずに練習ばかりだったので尚更。 夜という時間帯だが、同じ海には変わりない。久しぶりの場所に少し期待し、葛馬は自分の手を掴んでいる一回り大きな手を握り返した。 「すっげ…」 目の前には普段のように押しては返す波。しかし昼間にはない漆黒の水に、その上に照らしだされる月の光が美しく見える。 「綺麗でしょ?」 「うん、キレー…」 うっとりと海を眺めている葛馬を見ると、じわじわと至福感が湧いてくるのが分かる。月の光のせいなのか、きらきらと光っている瞳が可愛らしい。 (髪も、綺麗に…) さらさらと揺れ動く髪もまた、輝いているよう。 「なんだかロマンチックだね」 スピット・ファイアは葛馬を見つめ、にっこりと笑って言う。 「ん…そう、なの?」 まだそんなムードを体験したことがないのか、それともただ鈍すぎてそのムードすらスルーしてきたのか。葛馬は頭を傾げる。 (多分後者だろうなぁ…僕、いつも頑張って雰囲気作ってるのに…) しかしそんなところでさえ愛しく思うのだ。この際そんなことはどうでもいい。 スピット・ファイアは葛馬の肩を抱き寄せ、髪にキスを落としてから小さく囁いた。 「ねぇ、葛馬…」 「…?」 急に雰囲気が変わったスピット・ファイアに葛馬は緊張し、頬が高揚し赤く染められていく。 「えい!」 「うわっ!!?」 肩の手が離れたかと思えば、ぐいっと強引に腕を引っ張られスピット・ファイアと共に砂の上に倒れ込んでしまった。 スピット・ファイアは尻がついてしまっただけなのだが、その体の上に乗るように倒れてしまった葛馬は驚きを隠せないまま顔を上げる。 「急に何っ…!!」 言葉を詰まらせてしまったのは、スピット・ファイアが強く抱きしめてきたから。 (何がしたいんだよ…) 呆れたような気の抜けたような、葛馬は体の力を抜きつつ溜息を吐いた。 「カズ君ってば可愛いから…」 「ばっ…!!…ばか……」 「ずっと一緒に居たいな」 「……ん」 なんとなく重なった視線に甘え、二人は唇を重ねる。 (本当に可愛いなぁ。腕の中にスッポリだ…) こんなに可愛くて魅力的な子が今、自分の腕の中に居るのだと思うと嬉しくて仕方がない。欲をいえばあちらからも抱きしめて欲しいが、どうやら先ほどの衝撃で手についた砂を気にしているらしい。 (服なんて汚れても構わないんだけどなぁ) けれども彼は頑固だから、どう言っても無理だろう。甘えてもらうのは帰ってからにしよう。 (僕のとこに泊める気だし) 「帰ろうか」 あの後、すぐに葛馬はスピット・ファイアから体を離した。 元々体重は軽い方だから気にしなくてもいいのだが、それはそれで男のプライドが削れてしまうという。 二人共砂の上に腰を下ろし、他愛のない会話をしていたのだ。 (12時過ぎてる…) 携帯を開き時間を確認した葛馬は、ぐるぐるとこの後のことを考えている。そんな葛馬に手を差し伸べ、掴まってというように促すと葛馬はその手を掴んだ。 お互い砂で汚れた手が変な感じだ。 「泊まっていく?」 「いくいく!!」 「お風呂一緒に入ろうか」 「ば、馬鹿言うな!」 (可愛い可愛い) ここに来たときに感じた海への感動はいつの間にか忘れていたが、帰り際に振り返り見えた真っ黒な海は、二人が居たときよりも暗く見えた。 (一人だと絶対行けねぇ…) そう思うとなんだか相手が憎くなり、強引にキスを送ってやった (やっぱ、ズリィ…) − END −
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由柄様のサイトで500HITを踏んでいただきました〜。 甘々な二人、ということで…でーとですよでーと、しかも夜の海に! 砂の上に転がっちゃう無邪気なスピが可愛いくて素敵ですv |