「……ぬーぇ君」 「………?」 ATカフェでコーラを飲んでいた鵺は聞き覚えのある声にふっと顔を上げた。 「隣、いい?」 「……ん? あぁ……!?」 振り向くと良く見知った長身の男が立っていて。 何気なく頷いた鵺は、次の瞬間ぎょっと目を剥いていた。 「座って」 「って、何で俺がこっちなんだよ、アンタの知り合いなんだからアンタがこっち座れよっ」 「いいからいいから……」 こちらに聞こえていないとでも思っているのか……確かに音楽と人の喧騒が酷い空間ではあるが……小声で言い争いながら鵺の隣に腰を下ろした……否、下ろさせられたのは、この場に不釣合いな、鵺と変わらぬ年頃の少年だった。 (………こいつ……) スピット・ファイアのお気に入り、小烏丸のステルスとかいう奴。 厳密に言えば鵺よりも少し年上のようだが、この場に居てはならない年齢であると言うことには違いない。 そいつを挟むようにもう一つ向こうのスツールに腰を下ろした男に問うような視線を向ければ、嬉しそうな、けれどどこかすまなそうな彼独特の表情が浮かんでいた。 「……この間、一度会ってるはずだよね? 小烏丸の美鞍葛馬君。こっちはもう知ってると思うけど、雷の王の鵺君だよ」 「………と、ドモ。美鞍です」 「……あ、あぁ……」 ペコリと小さく頭を下げる仕草に釣られてこちらも頭を下げる。 「カズ君がATカフェ、行ってみたいって言うからね。鵺君が居るとは思わなかったけど……鵺君には紹介しておきたかったし、ちょうど良かったよ」 問うような視線にスピット・ファイアはそう言って緩く微笑んで、その仕草に鵺は一瞬眉を顰めた。 彼が、この少年を炎の王候補として見ていることは知っている。 現役の王の中で一番年齢の近い王である鵺と面識を持たせておこうと言う魂胆なのだろう。 (………まぁ、いいけどな) 確かに走りは小烏丸の中で一番だった。 まだまだヒナ鳥だが、生まれて3ヶ月足らずであることを考えれば悪くは無い。 コーラのグラスを傾けながら頭の先から足の先まで視線を向ける。 ふっと一瞬何か違和感を感じて、けれどそれがなんなのか判らず鵺は目を眇めた。 「……?」 検分するような視線に居心地悪そうに視線を揺らした葛馬の後ろから、ひょいと長い腕が回る。 「内緒だけどね、今付き合ってるんだ」 「ぶはっ!!」 「スピッ!」 鵺が飲んでいたコーラを噴出しかけて喉を詰まらせるのと、葛馬が抗議の声を上げたのはほぼ同時だった。 「……げほごほ、げほッ」 「バラすなっつったろテメェ!!」 「イッキ君達に内緒にしてくれとは言われたけど、僕の知り合いにまで内緒にしろとは言われなかったよ?」 顔を真っ赤にして噛み付くヒヨコに、炎の王はしれっとそう言って緩い笑みを浮かべる。 否定の言葉が無い、と言う事は。 (………マジかよ……) 「あ、鵺君大丈夫? ひっかけちゃった?」 伸びてきた手にとんとんと背中を叩かれ、鵺はまだ違和感の残る喉を押えつつ、男に胡乱な目を向けた。 「……お前らもホモだったのか……」 そう言えば小烏丸にはお目付け役としてアイオーンが派遣されているし、スピット・ファイアは昔彼とコンビを組んでいた。 (…………ホモはうつるのか……!?) 咄嗟にすすっと身体を離す鵺。 「……違っ!」 「僕は今まで男と付き合ったことはないし……強いて言えば両刀なんじゃないかな?」 顔を真っ赤にした葛馬の抗議の声と、炎の王のこの上なくすっとぼけた台詞が重なった。 「……カズ君はもちろん僕だけだしね」 ふっと口元を緩めて、この上なく柔らかな、多数の女達を虜にして来たであろう極上の笑みを浮かべ、スピット・ファイアは後ろから顔を寄せて葛馬のこめかみに口付ける。 「わっ!? ななな何すんだこのバカッ!!」 「だから多分ホモじゃないと思うんだけどなぁ……」 押し殺した声で抗議する葛馬とは裏腹に、男はムカツクぐらいのほほんとした表情を浮かべて呟く。 思わず辺りを見回したが幸い店の奥の暗がりと言うこともあって注目されてはいないようで、鵺はホッと胸を撫で下ろした。 (………って何で俺がホッっとせにゃならんのだ!!) お仲間と思われても困るので間違ってはいないのかもしれないが何となく理不尽な気がする。 「………!」 慣れない空間と言うこともあるのだろう、居心地悪そうにもぞもぞやっている葛馬と視線があい、ぱっとそらされるのを見て鵺はようやく違和感の正体に思い立った。 いつも被っているニット帽がなくて、派手な色合いの頭が晒されている……スピット・ファイアに取り上げられたのだろうか。 そうすると華やかさが増して、少し人目を引いた。 顔立ちもそれ程派手ではないが意外とすっきりと整った目鼻立ちをしている。 (……………メンクイめ) 黒炎といい、アイオーンといい、スピット・ファイアの周りはそんなんばっかだ。 (………やっぱ趣味なんじゃ……) バーテンを呼びつけて、オーダーをする男を見やりながらぼんやりと考える。 「コーラとペリエを」 「あっ! オマエ何勝手に決めてんだよ!」 「……アルコールは駄目だよ」 「いいじゃん、折角来たのにっ!!」 「僕も付き合うから、ね?」 緩い笑みを向ける男に、周りが気になるのか控え目に、けれど不満そうな表情を隠しもせずに抗議の声を上げる葛馬。 僕も飲まないから、と言われても治まりが付かないらしい。 (…………ガキだな) 「カズ君はまだ未成年なんだから外では呑ませられません。今日は一応保護者として来てるしね。ほら、鵺君を見習いなさい」 「ぶっ」 予想外に引き合いに出されて鵺はまたコーラを吹きそうになって机に突っ伏した。 「……でもっ」 「…………言うこと聞かないとお仕置きするよ?」 「……っ!!」 恐る恐るそちらを伺うと腕の隙間から、葛馬の顎を捕らえてにっこり微笑んでいる男の綺麗に整った横顔が見えて。 (………お仕置きって何だ…!!) 鵺は内心思い切り突っ込みを入れた。 ……真っ向から尋ねる勇気も、根性も、デバガメ精神も無かった。 「大体この間だってすぐ酔っ払って寝ちゃったじゃないか」 「あっ、あれは!」 「だから外では飲ませられません」 「ビールぐらい平気だってば!」 「外であんな顔されちゃ僕がたまらないからダーメ」 「なッ!?」 「この間ね、ワイン飲ませたら真っ赤になってしがみついてきちゃってすごく可愛かったんだよ」 「…………そうか」 ぢゅー、と音を立ててストローでコーラを啜る。 段々慣れてきた、かも知れない。 「眠いのに我慢してる仕草が可愛くてね、小さな子供みたいで……」 「…………」 ………コーラが段々少なくなってきた。 「酔っ払ってるから目も潤んじゃって今にも泣きそうに見えて……」 ちらりと見やるとステルスは隠しようも無いほど、顔を赤くしている。 (………つーかむしろ今泣きそうだ) 「僕のパジャマ貸したんだけどそれがまたぶかぶかでズボンとかずり落ちそうになってるのが可愛くて……」 つらつらつらと言い募る男にバンッと音を立てて葛馬がカウンタに両手をついた。 「…………?」 何事かと思いきや。 「………………お、お、俺トイレ行ってくるっ!!」 そう叫ぶなり彼はばっとスツールから飛び降り、出口の方へ向かって逃走していった。 「………トイレ、あっちじゃなかったよな」 「……あーぁ、逃げられちゃった」 あははははーと楽しそうに笑って、愛おし気にその後姿を見送る男。 幸せそうに目を細めている辺りが歪んでいる。 「……可愛いでしょ?」 そういってスピット・ファイアはカウンターに頬杖を付いてニッと口端を引き上げた。 「ガキだな」 「鵺君の方が子供でしょ」 「精神的にだよ」 呆れたように溜息を一つ吐けば、男は真剣な表情で鵺を覗き込んでくる。 「………手、出しちゃ駄目だからね?」 「誰が出すかッ!」 「うん、知ってる」 声を荒げる鵺に、男はこにこと常の穏やかな笑みを浮かべていて。 「…………やっぱ俺、アイツに同情するわ……」 額を押さえ、鵺は深い深い溜息を吐いた。 ― END ―
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スピがヘンです…ごめんなさい(苦笑)。 連載と短編で別人のようだと話していました……(笑)。 ちゃんとリクエスト通りになっているか不安なのですが……少しでも楽しんでいただければ幸いです。 |