しゃぅんっ、と軽い音がして、振り向いた時にはもうそこには何もない。 そのスピードに生み出された風圧に揺れる梢に目を瞬いて、今何か通っただろうかと首を傾げた男は、風が吹いたのと同じ方向から固まりになって突っ込んできた揃いの黒いジャケット姿の集団にびくっと身体を跳ね上げて慌てて道路の際へと駆け寄った。 「うわっ!!」 怒号と共に先程まで佇んでいた場所に男達が突っ込んでくる。 「……オラ待ちやがれぇぇッ!!」 「このクソガキィィ……ッ!!」 一人、二人、全部で十数人は居るだろうか、団子になっている所為でよくわからないが……何やら殺気立っているのはよくわかった。 障害物などものともせずに猪突猛進、駆け抜けていくのを見送り、ぽつりと呟く。 「やっぱATって怖えぇ……」 カッコいいイメージもあるけれど、同じぐらいガラの悪いイメージもある。 (あんなのに巻き込まれたら命がいくつあっても足りないよなぁ……) 普通のスニーカーを履いた一般人は、何も見なかった振りでそそくさとその場を離れていった。 そうは行かないのが当事者……思い切り、追われている人間である。 「……ったく、しつけーってのッ!」 小さく毒づいて、葛馬は手の甲で額に滲んだ汗を拭った。 スピードでは負けていない、だから追いつかれることもないが、相手が多すぎる。 その上、向こうには土地勘があるようで、なんだかよくない方向に向かっているような気がする……でも逃げなければ、掴まったらタコ殴りは確定だ。 ―――――― 切欠は些細なことだった。 AT暦は若干数ヶ月、それ程才能がある訳でも、適正がある訳でもないことも重々承知している……だから、できることなら無理はしたくない。 でも同じ中学の制服を着た女の子が、性質の悪そうなライダーに絡まれて泣きそうになっているのを見て放ってはおけなかった。 声をかけたら逆に絡まれて、どつかれそうになって、それを避けてしまったのがまたいけなかった。 どこからどうみてもひょろっとして頼りない風情の葛馬に渾身の一撃を受け流されて、甚くプライドを傷つけられたらしいリーダー格の男が猛然と突っかかってきて、他の連中もそれに乗じて……現在に至る。 彼女が一緒に追われているわけではないことだけが唯一の救いだ……男達は頭に血を昇らせるあまり当初の目的を忘れてしまったらしい。 「……くぉらッ!!」 「ちっ……」 待ち伏せしていた男の、殴りかかってくる腕をバックステップで避けて、前のめりになったその背中に手をついて多く飛ぶ。 向かいの廃ビルの破れた窓へと突っ込んで、葛馬は瓦礫の中へと身を潜めて息を殺した。 気がつけばもう陽は落ちて、闇に近い空に細く紅く夕焼けが滲んでいる。 (多分こいつらの、エリアなんだよな……) 上手追い込まれてしまった。 今、自分がどこに居るのかわからない ―――――― 心臓の音が煩い。 (とにかくまずは大通りに出て、駅とか繁華街とか、探せばいいんだよな) 駅か線路に辿り着けば、多分後はどうにかなると思う。 自分に言い聞かせて、とにもかくにも奴らを振り切らなければとそろりと辺りを伺った途端、足元でガタリと瓦礫が鳴った。 「ヤベッ……」 「おい、居たぞっ!!」 「こっちだ!!」 声が近づいてくるのに、慌てて身を翻す。 「くらえッ」 「っ、ぅッ……」 伸びてきた腕を掻い潜り、バランスを崩して倒れこみそうになるのを無理やり身体を捻って、狭い隙間を縫うように男達の間を駆け抜ける。 一人の腕が頭を掠めて、ぱさりと被っていたニット帽が落ちた。 (あぁクソッ、気に入ってたのに……ッ!) 拾いに戻る訳にもいかなくて、泣く泣く相棒を置き去りに、葛馬は窓から飛び出した。 落下地点に近い男の人に狙いを定め、身体を捻って膝を入れる。 「っ、せいッ!」 「………ぐがっ!」 蹴りの勢いを利用して飛ぼうと思った、次の瞬間。 「っ……!」 思いの外しぶとかったらしい男に足を掴まれて、葛馬は男もろとも砂利道に倒れ込んだ。 「痛っ、て……ッ!」 反射的に叩きつけられた肩に手を伸ばして、それからそんな場合じゃないことに気づいて……顔上げた時には、もう男達に囲まれていた。 「……手間かけさせやがってこのガキャァ!!」 「ぐっ……」 今度は避けきれずに殴られて、思い切り壁にぶつかった。 背骨が軋む、息が苦しい。 「っ……!!」 げほごほと咳き込んでいたら、襟首を掴んで持ち上げられた。 「さーて、どう料理してやろうか、んん?」 (……やばい、やばい、やばい) 頭の中でぐるぐる回る、けど何ができるわけでもない。 必死で手足をばたつかせたって、相手は大人だ。力じゃかないっこない。 (殺されるかもっ……) 殺されないまでも半殺しは確定だろう、と諦めてぎゅっと眼を瞑った時。 その場には不釣合いの、穏やかな声が振ってきた。 「……大の大人が、よってたかって何してるのかな?」 「…………!?」 「おい、あれ………」 「…………まさか」 ざわざわとざわめく音がして、それが彼らの予定調和ではない……闖入者なのだと知る。 (……えっ……?) 恐る恐る瞼を上げた葛馬が見たのは、炎だった。 「うわあああっ!!」 「……っ!」 悲鳴と共に放り出されて、尻餅をつく。 男達は蜘蛛の子を散らすように逃げいく……其処に、彼が居るから。 炎の中に佇む、炎そのものの化身の様な男。 熱に揺らめく髪も、葛馬を見据える瞳も、赤ともオレンジともつかない綺麗な炎の色をしている。 葛馬はただ呆然と、座り込んだまま彼を見上げていた。 「………大丈夫? 怪我はない?」 やがて炎が消え、あたりに静寂が落ちた頃。 けれど消えなかった彼は、嘘のように穏やかな声でそう言って葛馬に手を差し出した。 ― END ―
|
こんな出会いもいいかもしれない、と思ったり。 まだ個人的な面識のない二人のつもりで書かせていただきました。 何より目指したのはアクション……! わかりにくかったらすみません……orz あ、あと甘い感じでもなくてすみません……(苦笑) |