最近、あの男が気に入らない。
 180を越す長身に細身のモデルばりの体躯、一般的客観的見地からすると多分……認めたくはないけど……端正で整った顔立ちで、物腰は丁寧だし、彼から見たらただの中坊に過ぎない私達にも全然偉ぶるところなんかないしで完璧、非の打ち所のない男、なんだと思う。
「なんかスゴイ人だよね…」
 そう呟いた弥生の言葉に納得できるけど、できないみたいな。
(だって……)
 男は涼し気な、極当たり前みたいな顔をして美鞍葛馬、愛しいカズ様の隣に立っている。
 当たり前みたいに肩に触れたり、腕に触れたり、色々教えてるから当然っちゃ当然なんだろうケド。
 同じスピードライダーの最高峰、憧れの人だからか、葛馬は彼といる時、エミリ達と居る時ともイッキ達とじゃれている時とも違う独特の表情をする。
 嬉しいとか擽ったいとか、そんな表情だ。
 それが何より、エミリがその男……炎の王、スピット・ファイアを気にいらない理由だった。
(男同士ってこういう時いいわよね…)


 低いフェンスの上に半ば胡坐をかいた格好で片足をぶら下げて、抱えた膝の上にAT雑誌を広げた葛馬は片足を揺らしながら背後の男を振り仰いだ。
「でもさぁ、こっちのがよくね?」
「形はいいけどちょっと強度が低いから、僕はあんまり薦めないなあ……」
 後ろから雑誌を覗き込んでいたスピット・ファイアはうーん、と眉を顰めて小さく首を傾げた。
「スピード系なら体重もそんなにないだろうし、大丈夫なんじゃない?」
 反対側から覗き込んできたのは背の高いスピット・ファイアより尚背の高い……横幅も広いが……ブッチャ。
(……………うーん……)
 間に挟まると何だかものすごく小さくなった気分だ。
 葛馬は人一倍、練習をする。
 だからホイールが磨り減るのも人一倍早い。
 そろそろ新しいホイールを買う必要があって、ホイール特集の記事と睨めっこしているところだった。
 レベルはぜんぜん違うけど、でも同じスピード系だし幅広い知識を持っているからスピット・ファイアの意見は参考になる。
 ブッチャはスピード系ではこそないがパーツ全般に詳しくて、一見食べてばかりの体力馬鹿だけど本当は子烏丸一の頭脳派だ。
「……まぁカズ君は軽いからねえ。でも強度がないと磨り減るのも早いよ」
「軽い軽いって言うけどお前だって全然細いじゃんよ」
 確かに、と同意する男に葛馬は眉を顰めて胡乱な表情を浮かべた。
 炎の王はその迫力とは裏腹に一見すらりと背が高くて、ほっそりした印象だ。
 本当は着痩せするタイプで意外と筋肉質なのだが、それを思い出してしまうと何だか微妙な気分になってくるから慌てて頭を振ってその考えを追い出す。
「僕70kgはあるけど?」
「えぇっ!? ウソ、お前そんなに重ッ……!?」
 男の口から漏れた言葉に、葛馬はバランスを崩してフェンスから落ちそうになってしまった。
「失礼だなぁ……僕の身長だとそんなものだよ。カズ君が軽すぎるんでしょ?」
 大きな手で支えられて、呆然と男を見やる。
 自分がフェンスの上に座っていたことをすっかり失念していて吃驚してしまった所為もあるが、それ以上に男の体重に吃驚して言葉が出ない。
 重い、重いとは思っていたけれど、まさかそんなにあったとは。
「………んな、こと……」
「あるある」
 ない、と弱々しく反論しようとしたらノシイカを咥えたブッチャに顔の前で片手を振られて葛馬は口篭った。
「イ、イッキだって俺と大してかわんねーじゃん」
 身長も体重も、イッキの方が少し上だ。
 でもそれほど変わりはないはず、そう思ったけれどブッチャはあっさり頭を振った。
「カラスも細身だけどね、君の場合ガリガリだから」
「俺は昔懐かしアイスかッ……うわ!?」
 ガリガリってなんだ、と声を上げかけたところで支えてくれていた腕がするりと回りこんできて雑誌を取り上げたかと思うとそのままひょいと身体を持ち上げられてしまった。
 脇の下に手を入れてまるで子供みたいに、そりゃあもう軽々と。
「やっぱり軽いよねぇ……ぼぅっとしてると危ないよ?」
 すぐにすとんとコンクリの下ろされたけれど、でも恥ずかしいやら、こんなことしてたら二人の関係……スピット・ファイアと付き合ってることが、だ!……がばれるんじゃないかと怖いやら、そんなことを平然とやってのける男がムカつくやらで心臓がバクバク言っている。
 噛み付きたい気持ちを懸命に押さえて、葛馬はギッと男を睨みつけた。
(何しやがんだコノヤロウッ! ばれたらどーすんだよっ!!)
(このぐらい、別に何でもないでしょ)
 葛馬の声にあわせてひそひそとではあるが、悪びれる様子もなく告げる男にますます頭に血が上って茹で上がったタコみたいに顔が赤くなった。
「信っじらんねェ!!」
「なにがだい?」
「あ、いや……その…」
 象を思わせるブッチャのつぶらな瞳に浮かぶきょとんとした表情に葛馬はぶんぶんと頭を振る。
 赤くなった頬を手の甲で擦って、苛立ちをぶちまける。
「こういう事するかフツーって。危ないって、コイツの方がずっと危ねーっての! 急に持ち上げられたら吃驚すんだろが」
 半分は誤魔化しだったけど怒ってるのは本当だからリアルで、だから疑われずに済んだようだ。
「……あぁ。普通余りやらないとは思うけど……突拍子もないことする人だからね。」
 ちらり、と男に一応控えめに視線を向けてブッチャは仕方がないというように肩を竦めた。
「そうなの?」
 見ようによってはぽややん、と。
 どこかのほほんとした表情で首を傾げるから思わず手が出た。
「お前のことだこの燃え頭!」
「燃え……」
 べしっと音を立てて胸倉を叩かれて、スピット・ファイアは言われ慣れない台詞に目を丸くしている。
 炎の王相手にそんな台詞を吐く怖いもの知らずはこれまでいなかったに違いない。
 けれど彼の赤い髪は、その色と、緩やかに立てられた独特のヘアスタイルが相俟ってまるで炎が燃えているようにも見えて、その表現は強ち間違ってもいないと思うのだ。
 ……柔らかくてふわふわで、でも結構癖ッ毛なのを葛馬はよく知っている。
「カズ君、一応カレ、炎の王だから……」
 子烏丸の面子では唯一ATの世界に詳しいブッチャから見ると結構とんでもないこと、らしいが。
 一応、付き合ってる葛馬からしてみれば別にこんなことは大したことじゃなくて……。
「……ところで、さっきから視線が痛いんだけど」
「へ?」
 スピット・ファイアがそう言って、何気なく促された方向を見た葛馬はエミリが何だか妙に迫力のある目でこっちを見ているのに気付いた。
 葛馬と目が合った瞬間ぱっと頬が赤くなって口元に取り繕うような笑みが浮かんだのだが。
「……? 安達がどうかしたのか?」
「あー…安達さんって言うのか。僕が最初にカズ君と会った時に後ろから飛び蹴りしてきた子だよね?」
「……覚えてたのか」
「うん、アレはかなり効いたからねー」
 あははは、と笑ってはいるものの……目が笑っていない。
 エミリが男に向ける視線もバリバリ敵意に満ちたもので、距離はあるのに何だか妙に通じ合っているような……不思議な空気ががあって葛馬は隣の男とヒガチュー陸女コンビを見やり首を傾げた。


「ギャー!! ひょいって!! ひょいってウラヤマ! てゆーかあたしもやりたい!!」
 炎の王が葛馬を軽々と持ち上げてフェンスから下ろすのを見てエミリが高いじみた声を上げる。
 耳を劈く相方のそれに弥生はキィンと痺れた耳を片手で押さえながら細い溜息を落とした。
「身長が足りないわよ……」
 腕力はきっと、おそらく余裕で足りるだろうが。
 エミリは小柄な見た目とは裏腹にパワー系ライダーのブッチャも認める……眠りの森の王の一人にも匹敵するパワーを持っている。
 流石に炎の王相手にはどうだろうかわからないがそう簡単には後れを取らないのではないかと思う。
(……別に大岡裁きやるわけじゃないんだから比べても意味ないけど……)
 そんなことになるはずもないが、エミリと彼に力づくで奪い合われたらいかにも辛そうだ。
「……男子っていいよねー。あんな風にじゃれあってさぁ……一部ムカつく大人もまじってっケド」
「…………」
 怖いからムカつくのはカズ君と仲がいいからでしょ、とは言わないでおいた。
「で、でも男同士だったら出来ないこともあるワケだし……」
 必死のフォローを入れる、が葛馬のこととなるとエミリは周りが見えなくなるようであんまり聞こえていないようだった。
 葛馬達の方に視線を向けるとこちらに気付いた炎の王がニコと笑って、それがあんまりにも綺麗だったから頭を抱えたいような気分になりつつ弥生は彼に小さく会釈を返した。
 普通の女の子なら頬の一つも染めていたに違いない。
 恋愛感情からではなく、どこか現実感のない画面の向こうのアイドルに向けるような感情だったとしても。
(私はそんな感じにはならないけど……)
 色々と項垂れていたエミリも顔を上げて、男と目が合ったらしい。
 毒づいている様を見ると怖くてとてもそんな感じにはならないというか……。
「……クソムカつくわ、あの燃え頭!!」
 鮮やかな炎めいた色の瞳で、カッコイイと言われるのも……百歩譲ってだが……わからなくもない。
 葛馬にしつこく絡んでさえ居なかったらエミリとてそれほど嫌いと言うわけでもないのだ。
(……あ、でもどっちにしろ結構苦手なタイプかも)
 ニコ、と微笑む男が小さく首を傾げるのが見えた。
「物腰柔らかいけど何考えてるかわかんないっつーか腹黒そうっつーかさぁ」
 柔らかそうなのに、でも自分に向けてくる視線がビミョーに笑ってない。
 弥生には他の人と同じ、綺麗な笑みを向けているからわからないかもしれない、けど。


「……お前さぁ、安達のこと嫌い?」
「え?」
 ポツリと呟いた言葉に男が目を見張って、葛馬は逆に慌ててしまった。
「あ、いや、別に、ゴメン! 俺の気のせいかも!!」
 ヘンなことを言ったかも。
 そういって頭を抱える少年の頭の上、小さな手の上に自身の手を重ねる。
「………そんなことはないよ。まぁ多少思うところはあるけど……よく気付いたね、カズ君ニブいのに」
「ニブい言うなっ!! ……つかやっぱり? なんかあったの?」
「……やっぱりニブいよねぇ……」
 態度が違うのには気付いたようだが、その理由にまで思い至らない辺りが葛馬だ。
「やっぱ蹴られたの根に持ってるワケ?」
 真剣に尋ねてくるから思わず笑ってしまった。
「そう言うわけじゃないけど……」
「じゃなんで?」
「……彼女は、僕のライバルだからね」
「はぁ? 安達がお前のライバルになるワケねーじゃん。あいつまだAT始めたばっかだし、第一スピード系でもねぇし……」
「………お互い苦労するよねぇ」
 首を捻る葛馬を見下ろして、スピット・ファイアは口元に苦笑いを浮かべた。

― END ―


 八割書きあがった段階で原稿に期間入り、一月以上放置していたお話ですごめんなさい。
 若干書き方を忘れている気配が…いや、その間も文章はずっと書いてたはずなんですが。
 駄目ですね、途中で置いちゃうと中々も戻れなくて><
 H向さんには毎度お世話になっております… m(- -)m

こちらの品は日向様のみお持ち帰りいただけます。
2007.11.02

戻ル。