「……あ、あの、カズ……君。今日放課後、暇?」 「………へ?」 突然かけられた声に、葛馬は間の抜けた声を漏らした。 何時ものように授業からぐっすり寝こけていた所為でイマイチ状況が把握できていない。 のそのそと顔を上げると、目の前にさらさらヘアーも麗しい、石渡……学年一の美人と名高い少女だ…… が佇んでいた。 クラスも違うし正直あまり興味はなかったが前に差し入れを貰ったことがあって、それで顔と名前ぐらいは覚えている。 「………どう、かな?」 「あー……夜、約束あっけど、とりあえず暇……かな?」 おずおずと、極小さな恥ずかしそうな声で問われて、釣られる様に少し照れてしまう。 訳もわからないままそう応えると、ぱっと白い頬に血の気が差した。 「あ、あの、良かったら一緒に……」 「……ちょっとまったぁー!!」 …………激しいちょっと待ったコールが、入った。 夜に約束があって、それまでに腹拵えをしなければと漏らしたところ、どこかファーストフードにでも入ろうと言う話になり、適当な店のテラス席に陣取った。 メンバーは石渡と、エミリと弥生。 滅多にない珍しい面子だ。 今日は偶々練習がなくてチームのメンバーはちりぢりだったのだが……この時程誰かに居て欲しいと思ったことはなかった。 「……………」 奇妙な沈黙に居心地の悪さを感じて視線を揺らす。 機械的にポテトを口に運ぶが、あまり味がわからなかった。 大体よく考えたら先ず女子に囲まれてメシ食ってる状況が居心地が悪い。 正面にはエミリと石渡が座っている。 学年一の美人、と名高いだけあって綺麗な顔立ちをしているとは思うものの、抱く感想はと言えばそれぐらいのものだ。 それよりも気になるのは、二人の間に流れる空気である。 (…………何か怖えぇんですケド……) エミリも石渡も、にこにこ微笑んではいるが、どこかぎこちないというか怖いというか…。 ……葛馬は水面下で足の踏み合いを繰り広げている事など知る由もなかった。 「………なぁ、中山、あいつら仲悪ィの?」 耳元に顔を寄せて極小さな声で隣の中山に問えば、彼女は曖昧な表情で頷いた。 「……うん、まぁ……」 ギッと睨んでくる石渡の目が怖い……。 葛馬がそちらを向くと一瞬で清楚可憐を装った大人し気な表情に戻るのがそれに拍車をかけているが、勿論葛馬は気付かない。 そう簡単に尻尾を掴まれるようなら学年のマドンナはやっていられないだろうし、第一葛馬は非常に鈍い。 (…………何で私が……) 何故一番の部外者であるはずの弥生が葛馬の隣に座ることになったかというと、席に着く段階でエミリと石渡がお互いを掴んだからだ。 行かせまいと後ろでがっしり互いを掴んだ二人は、結局足を引っ張り合ってそのまま並んで向いの席に座ることになり。 『……座わんねーの?』 促された弥生は空いた其処に座らないわけには行かなかった。 「……………」 「……………」 「……………」 「……………」 そうしてそのまま誰も口を開かず、長い長い沈黙が落ちて。 それを破ったのは場違いな程に明るく華やかな声だった。 「……やっほー」 「……へ?」 聞き覚えのある柔らかな声に釣られて視線を向けた先には、予想外の人物の姿があった。 鮮やかなピンク色の髪を揺らして、太股も露わなショートパンツに身を包んだ 彼女は満面の笑みを浮かべて生垣の向こうでひらひらと手を振っていた。 「……あっれー、今日はカラス君一緒じゃないの?」 きょろきょろと左右を見回し、小烏丸の面子が葛馬だけであることを確認して小首を傾げる仕草はそこいらのアイドルも真っ青の可愛らしさである。 (………見てくれだけは可愛いんだけどなー……) 眼中に無いにも程がある、とは思ったが今更なので突っ込む気にもならなかった。 「悪かったな。イッキはアギトと買いもんだってよ」 「…………ふーん……」 投げやりな葛馬の台詞を聞いているのかいないのか。 エミリ、石渡、そして中山の順で見回したシムカは数度目を瞬き。 何かを察したかのようにふぅん、と小さく鼻を鳴らした。 ひょいと見惚れるような身の軽さで生垣を超えて、そのまま葛馬達の陣取る机の方へと歩んでくる。 何事かと目を見張る葛馬を見てニッと口端を上げると、彼女は断りもせずに葛馬のすぐ横の狭いスペースに半ば無理矢理身体を押し込んだ。 「……っ、何だよ!?」 ぐいと押しやられて二の腕に柔らかな感触が押し付けられる。 別に彼女をどうこう思っているわけではないが、健康な男子中学生である以上ドギマギしない方がおかしい。 「あら、つれないわね〜。たまにはカズ君ともお話したいなーと思ったわけだけど?」 「……っ!?」 真っ赤になる葛馬に彼女はにっこりふんわり、極上の笑みを浮かべた。 「…………」 ギリ、と微かな歯軋りの音が響く。 エミリにはすぐ隣の石渡の口元が微妙に歪んでいるのがはっきり見えていた。 (………確かに焦るわよね) 今、葛馬の隣に座っているのは学年一の美人のはずの石渡でさえ霞む美少女だ。 彼女が本当は葛馬に興味がない、と言う事を知らなければエミリとて平常心ではいられなかっただろう。 彼女が本当に興味があるのはイッキで、葛馬のことはそのオマケ程度にしか考えていない。 けれど面白いこと、ややこしいことは大好きな人なのだ、ということぐらいはエミリにもわかっていた。 (…………絶対面白がってるわ、あの人……) 当の葛馬でさえ気付かないこの複雑(?)な人間関係を一瞬で見抜き、把握し、そうして掻き回すことを選んだ。 (………んっとにいい性格してやがるわ……!!) この女が目をつけたのが葛馬でなくて良かった、と心底思う。 「……イ、イッキじゃあるめーし、俺はアンタの色仕掛けになんか引っかかんねーからなっ!」 「ホンットつれないんだからぁ〜……そういう態度に出るなら話しちゃぉっかなぁ〜……」 顔を赤くしながらもシムカの身体を押し退けようとする葛馬に、シムカはくふん、と小さく鼻を鳴らした。 意味あり気に呟き、細い指先でくるくると顔の脇で揺れる髪を弄る。 「………何の話だよ?」 「…………」 シムカが訝し気な表情になる葛馬の耳元に触れそうな程唇を寄せて、何事か呟いて。 「なっ……」 途端、葛馬の動きが止まった。 「ちょ、何でアンタがそれ知ってんだよ!!」 「さぁなんででしょ〜……とりあえずバナナチョコシェイクが飲みたいな?」 顔を紅くして掴みかかる葛馬にシムカは動じるでもなく、挑発するように口元に指を当て舌先でそれを辿る。 「…………………」 ギリギリと歯軋りせんばかりの表情で押し黙った葛馬は、長い沈黙の後乱暴な音を立てて席を立った。 「………黙ってろよ!!」 「はぁ〜い」 いってらっしゃ〜い、とばかりの表情で手を振るシムカ。 ……ご機嫌である。 「……………」 エミリは静かに机の下でぐっと拳を握った。 シムカは今度は足を組んで鼻歌を歌いださんばかりの様相で何やら携帯電話を弄り始めている。 (………分かってるのよ) ワザとだということは。 面白がっているということは。 これに乗ってはいけない。 乗ってしまえば向こうの思うツボだ。 「…………けど……」 「……エ、エミリ?」 恐る恐るといった様子で弥生が名前を呼ぶのも耳に入らなかった。 「分かってるけど、やっぱりムカツクのよー!!」 ……爆発した。 「近づきすぎ、触りすぎ、くっつきすぎ! つーか何タカってんのアンタ!!」 「羨ましいなら貴方もそうすればいいじゃない?」 「だ、大体貴方カズ君のなんなのよ!? うちの学校の子じゃないわよね?」 どんっと机を叩く音が響く。 「私がカズ君とどんな関係だろうと貴方には関係ないじゃな〜い?」 だがエミリの剣幕にも、石渡の吼え声にも動じるシムカではなかった。 口元にはにやにやと楽しそうな笑みが浮かんでいる。 「………オマエラ何やってんの?」 「! な、何でもないですっ」 シェイク片手に戻ってきた葛馬に真っ先に気付いたのは石渡だった。 机の上にあった手がぱっと一瞬で膝の上に揃い、口元に儚気な微笑が浮かぶ……その猫被りっぷりにはある意味脱帽である。 「こンの 「な、何の話ですの〜?」 ほほほほほと口元を押えて笑う石渡に訝し気な視線を向けながら、葛馬は先程の席に腰を下ろした。 「……ホラよ」 仏頂面でシェイクを差し出す葛馬にシムカはにっこり、と言うよりにんまりと言う方が正しい笑みを浮かべた。 「あ・り・が・と」 不意打ちでひょいと伸び上がって葛馬の頬に口付ける。 「!!」 (ギャー!!) 「……!!」 葛馬とエミリと、石渡と、三人が三者三様に、固まった。 おろおろと辺りを見回す弥生を他所に、シムカはるん、と音の出そうな表情で美味しそうにシェイクを啜っていた……。 女の子達に囲まれ、傍から見れば天国のような。 けれど実際には重苦しい地獄のような空間で、だが何故そんな状況になっているのかわからず葛馬はただひたすらに沈黙を守り続けていた。 何を言えばいいか、どうすれば良いか、わからなかった。 (……………わっかんねー…わっかんねーけど怖えぇ……) べったりと腕に張り付いているシムカもワケがわからないし、エミリや石渡の視線がざくざくと刺さらんばかりに痛い。 (………俺なんかしたっけ……) 居心地が悪いどころの騒ぎではない。 逃げ出したくて、消えてしまいたくて、意味もなく視線を揺らした葛馬は。 「…………カズ君」 「……ぇ?」 突然聞き覚えのある声に名前を呼ばれてふっとそちらに視線を向けた。 先程シムカが越えてきた生垣の向こう、道路に見間違い様の無いド派手な外車が横付けされている。 ゆっくりと窓が開いて、顔を出したのは葛馬のよーく見知った男だった。 「……スピット・ファイア……つーかあれ、今日仕事……」 車を見た時から想像してはいたけれど、だが何故今、ここにいるのかが判らない。 今日は仕事で、店が引けた後に髪を切ってもらう約束をしていたはず。 思わず問い掛けて、次の瞬間葛馬はぱっと口を押えた。 (…………チャンス!) 鞄を引っつかみ、勢いをつけて立ち上がる。 腕に絡んでいたシムカの腕がするりと抜けた。 「わ、悪い! 俺、約束あるから、先帰るなっ!」 「……ちょっ……」 「カズ様!?」 そのまま走り出す葛馬に背後から追いかけるように声がかけられたけれど、だが怖くて立ち止まる気にはならなかった。 葛馬が転がるように助手席に滑り込むと同時に車はゆっくりと走り出す。 「……お疲れ様」 苦笑いを含んだ声がかけられて、葛馬はずるずると背凭れに背中を預けた。 身体の力が抜けて、ほっと安堵の息が漏れる。 「………助かった、マジさんきゅー……」 くしゃりとニット帽を掴み取り、ぷるぷると頭を振る。 「ダチとメシ食ってたんだけど何か雰囲気おかしくてさぁ……シムカもいっつも俺のことなんか眼中にねぇ癖にヘンにべたべたしてくっし、安達達ますます怖くなるし……何だったんだろあいつら。わけわかんねー……」 全く無自覚の少年はそのまま掌で無造作に髪を掻き上げて、酷く無防備に笑った。 「つーかスゲー偶然、今日仕事遅いんじゃなかったのかよ?」 「……残念だけど偶然じゃないんだ。まだ仕事、残ってるし……今は休憩中」 「………ぇ? じゃあなんで?」 「シムカにメール、貰ってね」 携帯電話が差し出されて、葛馬は身体を起こすと何気ない仕草でそれを受取った。 ディスプレイに視線を落とすと、其処には短く一言。 『可愛いヒヨコが食べられちゃうゾ』 「……ンだこりゃ?」 意味がわからず首を捻る葛馬に、スピット・ファイアはクスと緩く笑った。 「……簡単に言うとね、シムカは僕の味方…ってことかな?」 「………は?」 「なんでもないよ、少し待たせてしまうけどいいかな?」 「全然オッケー、あそこに居るより車ん中で寝てた方がずーっとマシだっつーの!」 そう言って葛馬は、手足を伸ばしてぼふっと、大の字にならんばかりに勢いよく再度背凭れに身体を預けたのだった。 ―――――― オトメゴコロは伝わらず。 ― END ―
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「カズ様総受けのスピオチ」、みんなから愛されてるカズ様+スピカズ…と言うことでしたが、すみません総受け書けません…(汗)。 この辺が限界デス……お許しください ><。 ちなみにシムカが囁いた台詞は「スピ君のコ・ト」でした…(笑)。 |