肌を刺す冷たく澄んだ空気に木々に灯ったイルミネーションが映える12月。 街は鮮やかな赤と白と緑の三色で染め上げられ、否応なくクリスマスを連想させる。 海外ではクリスマスは基本的に家族のお祭りだ。 クリスマスカードを送りあったり、家族でプレゼントを交換したり、ミサに行ったり、宗教に基づく神聖なモノで、だから大切な日ではあってもそれほど騒ぐ日ではない。 でも日本ではちょっと違う。 何故か「クリスマスは恋人と過ごす日」と言うことになっている。 恋人と二人で過ごしたり、そうでない連中は友達と馬鹿騒ぎをしたり、若干間違った定着具合だ。 しかし今更それをどうこう言っても何が変わるわけでもなく、ここが日本である以上そう言うものなのだと納得するしかない。 勿論日本でもキリスト教徒はいるし、そういう人達は本来の過ごし方をするのかもしれないが……。 葛馬も去年まではイッキ達と騒いだ後、家に帰って一時帰国した親や姉と過ごしていた。 でも今年は両親は忙しくて帰って来れないらしいし、姉もその気になれば大学のサークルのクリスマス会があるから葛馬が家に帰らなくても問題は、ない。 (……一緒に過ごせるか、わかんねーケド) コイビトはイベント当日になると忙しい人だし、家族同然のチームで過ごしのかもしれないから一緒に過ごせるかはわからない。 でも今年は初めてコイビトのいるクリスマスで。 だから、できれば会いたいとは思う。 例え逢えなくても、プレゼントぐらいは贈りたい。 「……で、何で僕のところに来るのかな」 「………オマエ、俺よりそう言うの詳しそうじゃん。他に相談できるヤツもいねーし……」 頬杖を吐いて呆れたように言う亜紀人に、葛馬はごにょごにょと口篭り視線を落とした。 亜紀人は恋愛ごとにはメチャクチャ鋭くて、ただ一人葛馬のコイビトのことを知る人物だ。 他の誰にも相談できず、葛馬は何時ものチーム練習後、誰もいない教室に亜紀人を引き摺り込んで拝み倒して話を聞いてもらっていた。 ひょっとしたら気配り上手のブッチャも葛馬に恋人がいることには気付いているのかも知れないが、彼はそれが同性の、しかも先代の炎の王であることにまでは思い至っていないだろう。 イッキ達にばれると抜け駆けだとかカズの癖に生意気なとか、イロイロ厄介なので隠しているだけだと思ってイロイロフォローしてくれているのがありがたくもあり、申し訳なくもあり、だ。 「ま、確かにカズ君よりはそういうの詳しいと思うけどねー。……あ、そーだ、僕KIHACHIのクリスマス限定サンデー食べたいなぁ。ベリーとショコラがあるんだよねー」 そういってにっこり微笑む亜紀人に、葛馬はぐっと呻いて力なく頭を垂れた。 「僕はベリー、カズ君はショコラね。味見させてねー」 果物やチョコレート、ベリーソースで彩られたサンデーをほくほく顔で配置しながら、亜紀人は早速それにスプーンを差し入れた。 「んー、美味しー」 小作りな割りに顔のパーツの一つ一つが大きくて、いかにも美少女然とした亜紀人の顔が幸せそうに緩む。 彼はそこいらの女子より全然可愛い顔をしているから、服装次第ではカップルに見えたかもしれなくて、それなら多分、こんな風に注目されることはなかっただろうと思う。 でも今日は生憎二人とも学ラン姿で、明らかに浮いて、あちこちからちくちくと視線が刺さっている。 「………」 男子中学生二人で並んで入る店でも食べるものでもないと思いながら、それでも結構甘いもの好きの葛馬は無言のまま大人しくスプーンを手に取った。 (……あ、うま) ほろ苦のチョコケーキと甘くて冷たいソフトクリーム、プラリネと上に飾られたナッツ香ばしさが口の中に広がって確かに美味しい。 (あいつも好きかもなー、こう言うの……) 葛馬のコイビトは結構な甘党だ。 こういうものなら間違いなく当たるとは思う、のだけれど。 「ん……?」 ふっと視線を感じて顔を上げると、亜紀人が顔を上げて、じぃっとこちらを見ていた。 相変わらず、何を考えているのかわからない。 「……今、スピット・ファイアのこと考えてたでしょ?」 「ぶはっ!」 首を傾げながら再度スプーンを口に運んだところでそう告げられて、葛馬は思わず噎せ返ってアイスを噴出してしまった。 「ちょ、汚いなー。かかったらどうするのさ」 眉を顰める亜紀人を他所に、慌てて紙ナプキンで辺りを拭いてお冷を一気飲みする。 どうにか息を整えて、葛馬は赤くなった顔を上げた。 「……お、お前がヘンなこと言うからだろッ!」 「だってカズ君わかりやすいんだもん。イッキ君達もなんで気付かないのか不思議だよねぇ……」 「あっ」 ひょいと伸びてきたスプーンがショコラサンデーのチョコレートがたっぷりかかった部分をさらってゆく。 けれど、亜紀人に完全に弱みを握られている葛馬には逆らう術等なかった。 「そんな顔してじーっと凝視してればねえ……で? プランとかあるの?」 「………全然。まだ予定とかも聞いてねーし……向こうも忙しいかも知れねぇし……でもどっちにしろプレゼントぐれぇ用意しときたいじゃん?」 「予定開けてるとは思うけどなあ……あの人そう言うフォロー忘れるタイプじゃないし……」 それほど親しくはなかったにしても、なんだかんだで亜紀人達とスピット・ファイアの付き合いは長い。 そういう意味でも、葛馬にとってはありがたい相談相手だった。 「……まぁいいや、とにかくプレゼントでしょ。何か欲しいものとかは聞いてないの?」 「聞けたら苦労しねーよ。」 『カズ君がくれるなら何でも嬉しいよ?』 そう言って微笑む姿は容易に想像できる……と、言うかそれしか想像できない。 後は『そんなの気を使わなくていいよ』とか、『カズ君がここにいてくれることかな』とか、こっ恥ずかしい台詞が頭の中でぐるぐる回って知らず頬が赤くなった。 「……じゃあ上げて喜びそうなものとか、心当たりないの?」 そんな一人百面相に呆れたような亜紀人に気付かず、葛馬は俯いてぼそぼそと口を開いた。 「……何やっても喜んでくれる気がする、んだよな。だから逆に、困る。ちゃんとホントに喜んでもらえるモンがいいし……でもアイツ、わかりにきーし……」 どちらかと言うと淡白で、あまり物欲はない方なのだと思う。 葛馬だってイロイロ、考えてみたのだ。 普段の彼を思い返して、使っているものだったり好きなものだったりを反芻して。 (でも……) トワレはお気に入りがあるようだし、ピアスはトレードマークにもなっている炎を模った物で、それ以外を身に着けているところは見たことがない。 第一、定番のアクセサリー類だと葛馬の小遣いで買えるような安物は彼には似合いそうにない。 (ピアスは結構安いんだけどなー……) 自分はイッキ達よりは小遣いをもらっている方だと思うし、初めてのクリスマスに向けて多少貯めてはいるのだが、それでも大人と子供では基本の経済力が違いすぎる。 葛馬がプレゼントしたものなら喜んで身に付けてくれそうな気もするが、だからこそ安物を送るわけにも行かなかった。 彼は派手なブランド等を好む訳ではないが、質の良い本物を好むから其処だけ浮いてしまいそうな気がするのだ。 「……僕はあんまり高いものじゃない方がいいとは思うけどね、向こうはカズ君が中学生だってわかってて付き合ってるわけだし、気を使うでしょ。物には不自由してなさそうな人だし……予算はどのくらい?」 恥ずかしいやら慣れないやらでたどたどしくそれらを説明する葛馬に亜紀人はスプーンを咥えて頬杖を付く。 「………さんぜん。頑張ればもうちょっと……」 確かに高ければいいと言うものではないだろう。 それはわかるのだが、あんまり安いものも贈りたくない パーツや部品等の消耗品や買い食いで瞬く間に消え行く小遣いを必死で掻き集めてコレ、だった。 ……正直この限定サンデーも痛かったが相談料と思えば仕方ないだろう。 「んじゃやっぱりアクセサリはパスかなー……」 「……確実に喜んで使ってくれるっつーとこだと、ATのパーツ、とか」 彼が好んで使うメーカーも、行きつけの店も知っている。 彼に連れられていくうちに店長とは葛馬も顔見知りになったから多少は割引してもらえるし、彼に贈るのだといえば尚更色をつけてくれるだろう。 消耗品の基本パーツなら幾らあっても困らないし、そう言えばオイルが少なくなってきていた。 あまりクリスマスっぽくはない無駄にならないという点では間違いない、と思ったのだが。 「色気がない、可愛くない、却下」 ……間髪入れず一蹴された。 アクセサリーも駄目、ATパーツも駄目となるとどうしたらいい? ネタが尽きて、葛馬は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。 「他に何かないの?」 頭上から降ってきた声に、葛馬は投げやりに応えた。 「……花」 「女の子なら及第点、かなぁ……」 「………ステショナリーセット」 「中学生じゃないんだから」 「…………何か甘いもの、とか」 「……初めてのクリスマスが消えもの?」 「………………」 (…………あ、撃沈した。) ぐうの音もでなくなってしまった葛馬を見下ろして、亜紀人は溶けかけたベリーサンデーにスプーンを差し入れた。 (そんなに悩むことでもないと思うんだけどなー……) ぼんやりとクリスマスモード全開の窓の外を眺めながら長いスプーンと口に運んでゆく。 こうやってプレゼントに悩んでくれていることを知っただけで、スピット・ファイアは喜ぶに違いない。 空になったベリーサンデーの容器を脇に押しやり、葛馬のショコラサンデーに手を伸ばしながら、亜紀人は目の端に写ったものに目を瞬かせた。 「……あ。」 「………ん?」 のそりと顔を起した葛馬の肩を揺すって身体を起させる。 「いーこと思いついた、カズ君あれ着なよ」 そう言って亜紀人が指差したのは、向かいの百貨店のウィンドウだった。 「……へ?」 大きなウィンドウの中には鼻に赤い球状のものをつけたトナカイの着ぐるみのマネキンと、白いファーで縁取られたいかにも寒そうな赤いミニスカサンタ衣装を纏ったマネキンが大きなツリーを挟んで並んでいる。 「あれ、絶対喜ぶよ、間違いなし」 亜紀人の指は間違いなくそちらを指しているし、多少ずれていたとしても左右のウィンドウはアクセサリやドレス姿の女性マネキンばかりだから多分、違う。 「………トナカイ?」 チームでのクリスマスパーティならウケが取れて面白いかもしれないが、だが今は確かコイビトへのプレゼントの話をしていたはず。 スピット・ファイアが赤鼻のトナカイの衣装等喜んでくれるものかどうか……多分きっと、笑ってくれるとは思うけれど。 そう思いながら首を傾げた葛馬に、亜紀人は甲高い声を上げた。 「ちーがーう! ミニスカサンタの方!」 「はぁ!?」 「ねーねー、あれにしなよ」 「ちょ、ふざけんなよ、俺は男だっつーの!!」 無邪気に……多分無邪気な顔をして見せているだけで本当は全然違うと思う、けど……嬉しそうに笑ってミニスカサンタ絶賛の亜紀人に葛馬は顔を赤くして声を荒げた。 「大丈夫だって。コイビトがあれ着てくれたら喜ぶこと間違いなしだよ」 「リアルに着てたら引くだろ!」 「そうかなぁ……可愛いと思うんだけど……」 「………………」 そういえばコイツは、修学旅行で恥ずかし気もなく……確かに申し分なく似合ってはいたが…ウェディングドレスを着ていたのだと思い出した。 「やっぱりあの人は何か物を上げるよりカズ君が何かするとかのが喜ぶと思うんだよね」 「……っれは、そうだけどッ! それとあれは違うだろッ」 「じゃあ他に何か思いついたワケ?」 「お、思いつかない、けど俺は変態になりたくないッ!!」 クリスマスプレゼントはまだ、決まりそうにない。 ― END ―
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スピット・ファイアへのプレゼントを何にしようか悩むカズ君、と言うことで。 スピは誕生日がわからないのでクリスマスと絡めてみました〜。スピがでてなくてすみません(苦笑。 ちなみにプレゼントの予算は中学生のお小遣い平均を参考にさせていただきました(笑)。 |