市民まちづくりの構造と都市計画制度の課題
                                   都市計画1995


柳田良造

本論分では、まず市民まちづくりをふたつの視点から考えみたい。一つは、市民まちづくりとパートナーシップの視点、もう一つは住民自治と市民パワーの視点である。そして最後にこれらの視点からみた、市民まちづくりに対応する都市計画制度等の仕組みの課題を整理する。
1.市民まちづくりとパートナーシップ
市民まちづくりは、市民自身の行動によるまちづくり過程ではあるが、単独で完結する場合は少なく、地域においては行政をはじめとする諸力とのパートナーシップで成立するまちづくり過程である。
そのパートナーシップのモデルは完成した仕組みとしてあるのではなく、様々な運動過程でのぶつかりあいの中からうまれるベクトルとしてとらえられる。
それらのまちづくり諸力の相互作用のなかで、市民まちづくりの最も重要な地域エネルギーがうまれてくる構造がある。
パートナーシップのまちづくり過程のなかで、行政を含めた諸制度が状況的に変質する構造が市民まちづくりといえよう。
市民まちづくりの動的な過程を、もうすこし具体化するものとして、筆者もかかわっている函館をケースにとりあげ、解説してみたい。函館の場合、市民、行政のまちづくりパートーナーシップの仕組みは特に制度としてつくられてはいない。しかし、ここ十年来のまちのシンボルである歴史的環境の保存・再生のまちづくり過程では、市民、行政のまちづくりパートナーシップと呼んでもよいような関係も含め、多様な市民運動と行政の関係が生まれてきている。
函館のまちづくり過程で成立したパートナーシップをモデル化したものが図1であるが、いずれも<○○○からパートナーシップへ>という、過程でとらえられることが特色である。
<市民運動からパートナーシップへ>のモデルは、歴史的景観条例の制定のケースにみることができる。それは当初市民運動からの問題提起にはじまり、次にそれをサポートする専門家が参加し、その後行政側が制度として実現する過程で直面したバブル経済の高層マンションによる景観破壊問題に対して、市民側も一層の支援や活動を行い、行政側も従来の枠をこえた取り組みを行うことにより、市民運動、議会、行政が一致して共同戦線をはり、共通の目標に向かって活動を展開するというパフォーマンス型のパートナーシップが生まれた。
次に<行政干渉型からパートナーシップへ>のモデルは、民間所有の歴史的建造物の解体危機において、行政側と所有者のエゴによる深刻な対立紛争に、市民運動がまちのWatch dog1)として加わることにより、問題をより社会化した地平で考える場をつくる状況で機能した。
これらのパートナーシップのきっかけは市民運動側にあったが、一連の過程は行政側の学習機会ともなった。その後のまちづくり過程では、市民側の反対運動への事後処理ではあるが、公共事業で複数代案の検討や市民提案の要請とそれに基づく計画変更<異議申し立てからパートナーシップへ>、市民側の得意な分野では行政側からの参加への土俵つくりの動き<行政主導からパートナーシップへ>など、行政側が徐々に変化しながらパートナーシップがうまれる過程が生じている。
函館の行政はとくに物わかりの良い、開明的な行政ではない。一般的な行政であるように思う。市民参加も特に制度化されたものはない。しかしひとつポイントをあげるならば、そとからの批判や提言に対し、よくあるように「よそもの」扱いし、拒絶する姿勢が少ない点が特徴的であるように思う。日本の役所は批判をきらい防御的になる傾向があるが、函館の場合、批判にはある程度免疫性があるように思う。身を固めて拒絶するのではなく、受け入れられるものは、正面から受けとめる力があるように思う。
パートナーシップによって、主に行政側が状況的に変化する過程をみたが、同時に市民側の学習効果も大きい。
現在も市民側からの行政批判や反対運動はなくなってはいないし、市民側は、様々なまちづくり活動やまちづくり公益信託の展開など自由に独自の活動を行うことが多い。それらを包含しながら、非日常的状況のパートナーシップが、地域のまちづくりの制度に刺激とエネルギーを与えている関係を函館モデルとしてみることができる。(図2)
まちづくり過程における市民活動と行政との対応関係は奥田道大等のいう「対抗的相補性」という視点でとらえることができよう。反対運動のように、一方的に「対抗性」ということでもなければ、町内会のような一方的に「相補性」ということでもなく、互い矛盾する「対抗性」と「相補性」の両義性をもつ。
参加を制度化することは、市民のまちづくりへの関心を一定程度高める役割を果たす。しかし参加の制度をつきつめていけば、基本的に行政の組織原理と矛盾する場合もある。
パートナーシップは参加を含みながらも、対等な関係を前提に、市民、行政、等諸力が共同して地域のまちづくり課題に取り組む非制度的、状況的な関係である。とくに地域がかかえる重大な問題、地域の諸力を結集しなければ解決できない課題に取り組む時、パートナーシップは社会性を獲得する。
2.住民自治と市民パワーの段階
1)市民パワーの段階
S.R.Arnsteinの市民参加の梯子段モデルの上段は住民自治、市民パワーの段階である(図3)。日本社会では、市民コントロールの状況というのは、ほとんど未踏の世界、到達点である。そこでの現実の都市計画なりまちづくりのリアルな姿を描き、実際に有効に機能する仕組みのシナリオをつくることは、今の段階ではなかなか難しいように思う。
しかし今後市民まちづくりが、多様化する地域のまちづくり課題を解決できるシステムとして機能していくためには、住民自治、市民パワーの状況も射程にいれたまちづくりモデルを考えていかなければならい段階に至っているともいえよう。
アメリカでのNPOの取り組む都市再生事業などでの、住民自治、市民パワーの段階はけっして珍しくない光景である。たとえば、ボストンでのコミュニティ再生プログラムでは、地域のNPOが、行政から法権力の一部(土地収用権=eminent domain)の委譲を受け、開発の主体として、土地の管理、住宅や公園建設、雇用問題、教育プログラム、などのコミュニティ開発の仕事を行って、成果をあげつつあるダッドリーストリートの事例もあるし、またニューヨークのペンヤードの開発プロジェクトでは、様々な市民グループと土地所有者であるデベロッパーでつくったNPOが、既存高速道路の移設、大規模公園、街区形成と大規模住宅群からなるニューヨークでも最大規模の再開発計画の全体デザインをコントロールする状況も生まれている。
市民サイドへの権限委譲など、市民パワーの段階はアメリカ社会の中では未踏の到達点ではなく、建国の歴史からみれば、コミュニティの成員全員でまちづくりで決めてきた、タウンミーティングの原点に帰ることでもある。しかもそれは歴史的なノスタルジーではなく、今も社会において機能するし、地域の再生に取り組む時、なにより住民主権が欠かせない基盤となっているのである。
2)92年都市計画法改正と市民まちづくり
市民まちづくりと都市計画の制度を考えるとき、92年の都市計画法の改正を念頭に入れておく必要があろう。
今回の法改正では、いろいろな問題点はあるにせよ、地域の計画は地域で考えるという理念が市町村マスタープランとして日本の都市計画制度のなかに初めて導入されたといえよう。市町村マスタープランの主たるねらいは、既成市街地での住環境の整備であり、そのためには地区レベルでの望ましい都市像の共有と、既得権を含め個別利害の調整とが大きな課題となる。個別の利害が絡むだけに計画づくりには当然、住民参加が前提となるが、行政の調整能力を超える問題には、地域の住民自らが調整を行う、いわば住民自治的な視点も必要となる可能性がある。従来日本の都市計画制度においては建て前上はともかく、実質上市民参加、住民参加がなくて、都市計画が全く機能しないという状況は少なかったといえよう。法改正に伴い、形式面ではなく、実質面から、参加の意味が変わる可能性が生まれたといえよう。
3.市民まちづくりに対応する都市計画制度等の仕組みの課題
1)市民まちづくりが展開する条件と支援する仕組み
地域でパートナーシップの市民まちづくりが展開していく条件や支援する仕組みはなにか、そのポイントをまとめてみた。
●市民の環境認識を育む
市民がまちの環境をどう認識しているかが、ポジティブなまちづくりの取り組みができるかどうかの鍵になる。市民がまちづくりに立ち上がる時には、自分とその身近な環境、それがまち全体につながる構造のなかで物語を描くものである。こういうことを可能にする、まちの環境情報を育む手法を開発する。
●まちのWatch dog
まちにWatch dogがいて、重要なまちづくりの問題へいち早く警告を発したり、市民側がまち全体の課題や今後の方向、歴史等も理解して、まちに関心をもっている状態を普段からつくりだしておく働きをする。ニューヨークの例では、シビックグループと呼ばれるいくつかのNPOがWatch dog Organizationとして機能している。日本では、市民運動のなかにWatch dog的役割を果たしている団体がある場合があるが、そういう存在がない場合は、まちづくり支援組織などが、その役割を果たす必要がある。
●第三者機関による都市計画やまちづくり情報の提供
第三者機関、まちづくり情報センター的なものが、従来行政に独占されていた都市計画やまちづくり情報を提供する。中立的立場でまちづくり論争の調停役などにかかわれる仕組みをつくっていく。
●まちづくり支援組織
世田谷のまちづくりハウス、函館からトラスト事務局などは、日本におけるまちづくりの市民活動を支援するNPOの試みである。
●職能団体の役割
都市計画や建築の専門家や研究者が、地域のまちづくりを支援するケースは多いが、個人あるいはグループでの活動であって、職能団体としてかかわるケースは少ない。職能団体として、地域のまちづくりに専門レベルでの提言や分析をして、客観的情報の提供を行うことは、地域のまちづくりの質を高めるのに重要である。
●マスコミとミニコミ
まちづくりや建築、社会学などの専門的な視点も含め、地域の問題を批評できるマスコミ、マスコミが気がつかないような視点や個別テーマで地域のまちづくり情報が提供できるミニコミの存在は、地域のまちづくりを社会化する。
●市民活動を支える財政的仕組み
市民活動やまちづくりを財政的に支えるまちづくり公益信託や助成団体等の仕組みを一層拡大していく。
●行政の役割
市民側の批判に対し、過度に防御的にならずに、優れた提案には耳を傾け、受け入れる度量をもつ。しかしとくに物わかりがよく、開明的である必要はない。地域のまちづくりでは個別利害の調整などは、専門家を交え住民同士が行うことを支援する仕組みをつくる。
2)市民まちづくりに対応する都市計画制度の課題
●情報公開について、計画の早期段階から、可能な限りの情報を、関係住民にはもちろん、広く市民、専門家にも公開する。その場合まちづくりは具体的な空間を対象に行うわけなので、誰にもわかりやすい、大きな図、広い範囲の模型、CG、ビデオなどの視覚情報をはじめ、現場の状況をできるだけ具体的に伝える情報が必要である。
●計画の早期段階での市民参加、住民参加。
●公聴会、協議会、審議会で実質的な議論ができる場の運営(人選や資料、ワークショップなど技術的な方法を含め)が重要。また、実際のまちづくり現場で議論をすることも、参加者が共通の土俵にたてるということで重要である。
●判断する過程での代替案の作成、検討。
●意見の分かれる問題については、住民投票、世論調査も行う。
●審議過程では、専門的助言者、仲裁人、調停者など、特にまちの外部からの人間も交えた論議や検討を行う
●意見書への回答 都市計画などの問題に対し、市民側は意見書の提出という権利があるが、制度上は行政側に回答する義務はない。地域でのまちづくりの議論がかわされることが、市民まちづくりの第一歩である。行政側は機会を逸することなく、計画の論理を明確にし、まちづくりの議論に挑むべきである。

1)Watch dogまちの番犬。地域のまちづくりの監視役として、情報発信する市民活動。