函館から
  
 
柳田良造
     

 北海道の港町・函館に、1993年市民の力による新しいまちづくりの仕組みが誕生した。名前を「函館からトラスト(公益信託函館色彩まちづくり基金)」という、このまちづくりのトラストは、公益信託という制度を活用して、住民による自主的、持続的なまちづくりが展開することを支援する仕組みをつくりだそうというもので、市民主体のまちづくり公益信託としては全国でもはじめての試みである。函館にはこのまちづくりのトラスト以外にも、町並み色彩研究や景観シミュレーションなど、まちづくりの実験的な試みがここ数年連続的に行われている。

風景をどう読み解くか
 函館を独自の風格をもった町として形づくってきたものは、海峡に突き出された函館山と巴型の港と扇が広がるように延びる市街地、開港場の伝統を今に伝える洋風の町並みとに代表される自然と歴史が一体となった美しく、わかりやすく環境にある。そういう環境のなかで、けっして経済的には活気はないが、ハイカラな暮らしぶりが今も日常の生活の中に息づいている。都市景観といわず、農村や自然景観までもがほとんど断片化され、環境全体としてのトータリティのようなものを失いつつある現在の日本のなかでは、数少ない「日常生活が絵になる」風景をもつ都市である。
 こういう都市の中では、風景をどう面白く読み解きながら、都市デザインのアクションをおこなっていくか、無粋じゃない想像力が要求される。

町並み色彩学
 函館の西部地区の住民や商店主、建築家などからなる市民グループ「元町倶楽部・函館の色彩文化を考える会」が、1988年から、西部地区に数多く残る和洋折衷様式の町家の色彩研究に取り組んだ動機は、旧函館区公会堂が創建当初に復元修理された色彩にショックを受けたことにはじまる。さらに「メンバーのひとりが自宅の外壁を塗り替えた際、下のペンキをはがそうとして、何層にもなったペンキ層をみつけた。このペンキの各層の色をいくつかの建物について分析すれば、その時代の町並み色彩を想像する手がかりになるのではないか。もしかすると戦前には今では及びもつかないようなもっと国際色豊かでハイカラな町並み色彩が形成されていたのではないか。いわば古い下見板に残ったペンキの層が時代の色を証言する生き証人ではないか。」
 85件の建物について、下見板や窓枠に塗られたペンキ色彩を、「こすり出し」という手法を用い、何重にも重なる色彩の年輪(「時層色環」と命名)を浮かびあがらせ、時代の色彩の変遷を分析した。CG(コンピューター・グラフィックス)や化学分析を用い、建物所有者やペンキ業者などにくまなくヒヤリングして、明治からいまに至る時代の町並み色彩を再現した。都市を考古学的に見、解剖学的に見る。
 ペンキの色彩にこめられた地域にすむ人々の街への思い、色彩に託した楽しい自己表現のあり方は町の再発見に通じる。住民がまちを守り、環境向上の努力を進めていくうえで、自分たちの手でまちの環境を実体的に発見することが如何に重要なことであるか。D・アップルヤードのいうLight Environmentとしての町並み色彩。
 
 環境シミュレーションとまちづくり
 建物のペンキの塗り替えや新築建物の相談において、コンピュータ・グラフィックスを媒介にした建物所有者との応答の中から、おもしろい答えが生まれた。創造的なまちづくりの答を見つけるには、住民と行政あるいは専門家との双方向性があり、誰もが容易に認識できる視覚情報のシステムが必要だ。
 自分たちの住む環境を様々な角度からながめる。地域固有の資源は何か。どうすればそれらを生かしより良い環境としていくことができるか。市民ひとりひとりがそれらのことを考えることのできるシステムはできないものだろうか。今までのような一方的な情報提供ではなく、市民も自ら主体的に考えることのできる開かれたまちづくり情報提供システムというというのはできないだろうか。
 都市の環境問題とは多くの場合、具体像(案)が不明なまま、対立、摩擦が生じ、高次のレベルでの空間的解決に進むことが出来ない。現象を人間が理解する場合、数値情報はいわば断面値を捉えることに対し、形態の視覚情報は全体像(構造、関係)を掴むことが容易で、総体を捉える方法である。空間、環境に対し、誰もが容易に理解できる手段「絵=パターン化されたアナログ情報」が重要となる。
 函館西部地区の景観条例の指定範囲は百数十ha、人口も2万と、日本でも最大規模である。この広い範囲とさらにウォーターフロントまで含め、コンピュータ・グラフィックス(CG)を利用し、一体に3次元の景観データーベースをつくり、環境形成をシミュレーションしていくシステムは行政の所管が異なる水辺と歴史地区を連続的に再生していくうえで、画期的な仕組みとなる。
 CGでは、一度データが入力されると、あらゆる視点、角度からの空間分析、再現が容易となる。その結果、都市の変貌プロセス=都市景観を時間を圧縮してトレースしながらリアルに分析することができる。過程の景観の重要性を認識しながら計画することや、マスタープランのようにあるべき未来図を固定的に描くのではなく、動的なプロセスを内包しうる計画理論の構築も可能とする。
 将来的にパソコン通信による市民レベルでの景観情報ネットワークの構築も可能となる。それにより市民に向けて分かりやすいプレゼンテーション技術を開発し、景観形成や計画作りへの市民参加の新しい方法を切り開くことができる。
  まちづくり公益信託「函館からトラスト」
 町並み色彩研究はトヨタ財団による第5回身近な環境を見つめようコンクールにおいて1991年最優秀賞と研究奨励金2000万円を獲得した。この資金を核に、市民の市民による市民のための街づくりをめざして、「函館からトラスト」は誕生した。
 基金は図に示すような仕組みになっている。公益信託とは基金を委託者から受託した信託銀行が財産を運用、収益を公共事業に提供する制度である。専門知識や地域の情報をもたない信託銀行に対して、助成先の検討や公募のあり方など、助成事業への指導・助言を通じて、運営委員会が公益信託では大きな役割を担う。「函館からトラスト」では函館のまちづくりへのアドバイザイーや今後のまちづくりのリーダーとなることが期待できる7人の委員を選んでいる。さらに「からトラスト事務局」を設定し、ニュースの発行、助成活動、募金活動についての調査・企画、助成を受ける人に対しての指導、支援を行なう体制にしている。
 「函館からトラスト」は5つのからにこだわっている。
○函館のカラーのこだわる
 函館のカラー(文字通り色彩、歴史文化)にこだわった町並み、まちづくりを支援する。
○函館からの発信
 市民の活動要求を育て、市民主体のまちづくり活動の輪をひろげ、それを実現していく。
○皆様からの支援で大きくなる
 市民、行政、企業、全国の皆様からの支援によって大きくなる。
○函館からトラスト事務局
 カタリスト(触媒)として事務局と基金のニュース「から」の発行
○からくち(辛口)の内容
口当りのいいことばかりではなく行政、市民に辛口の内容もいいたいことはどんどんいう。

アメリカのコミュニティ財団
 こうした公益信託のような民間・非営利の活動や企業の社会貢献の考え方は、フィランソロピーやメセナなどの言葉と共に、近年急速に広がりつつある概念である。先例はアメリカやイギリスにあり、制度の充実ぶりもだいぶ違う。
 アメリカのコミュニティ財団はまちづくり公益信託と同じように、地域の人たちの寄付によるファンドで地域の環境・都市問題、文化芸術活動、教育プログラム等の様々な市民公益活動に助成・支援していく制度である。半世紀を越える歴史の積み重ねのなかで、なかなか工夫された運営方法が整えられており、たとえば寄付の集め方にも細かな配慮がある。大口の寄付者には、自分の名を冠したり、指名基金(寄付者が助成先や内容を指名できる)や関与基金(毎年寄付者とファンデーションが相談して決める)を設定できたり、50%までの個人の寄付金控除の枠もあり、住民や企業から、うまく志を引き出してファンドを大きくする仕組みが整っている。
 コミュニティ財団が地域に根着き、大きく成長していくには次のような条件が必要であるといわれる。寄付者の志、住民の活動要求、カタリスト(触媒)としての運営組織、making a difference(結果をだして、まちの環境や社会を変える)の4つである。

 函館の西部地区においてバブル期には、急速な環境変貌、景観破壊、コミュニティの分断などの社会問題が表面化し、町並み保全のさまざまな課題があらためて浮き彫りにされた。そこでの問題は東京マネーの暴走に象徴される市場原理とコミュニティがもっている固有の価値との衝突にあるが、もうひとつ大きな問題は、地域でのまちづくりの情報に偏りがあり、情報を生かすようなネットワークもつくられていないため、行政側も含め、タイムリーな状況で適切な施策がとれないことにあった。
 「函館からトラスト」が従来の官や民とは違うレベルで、まちづくりにかかわるカタリスト(触媒)となり、地域にmaking a differenceを起こせるか、地域に根付く方法が模索される。町並み色彩研究では、
 ●町並み保全の基盤となる建物台帳などのデータベースを構築し、
 ●住民の町並み意識の変化などの日常の基礎データの収集、分析をおこない、
 ●これからおこるであろう建物や色彩の変化のメカニズムや色彩の決定要因をあきらかにする。
 「時層色環」による研究手法が考古学あるいは歴史学的なものとすれば、この手法は考現学あるいは計画学的といえ、過去−現在−未来へといたるより包括的な時間軸の中で、町並み色彩をとおしてまちづくりのあり方を考えようとするものである。
2) 西部地区の町並み保全の諸課題に対し、「ワークショップ」などの手法をより展開させたものとして、
 ●ペンキの塗り替えを誘導するさまざまなインセンティブの調査研究・提案や実践的な試み、
 ●住環境の修復的な整備モデルとしての洋風町家の防寒改修の調査研究活動や提案活動、
 ●老朽化した住宅の共同建て替えの調査研究活動や提案活動など、
より新しいアプローチの活動をおこなうことによって、町並み保全の隘路を突破する糸口をみつける。

 水辺、居住、景観がキーワードになり、それは固有の生活様式、環境デザインの方法として、まちづくりシステムとしていまも機能している。しかし現在この環境資源の中において、激しく変わろうとしている時代の動き、つまりトンネル開通以来倍増する勢いで伸びている観光客、急速に進む歴史的環境のウォーターフロント開発、リゾートを含め多様な居住主体がうまれつつあるマンション立地、草の根の国際交流に代表される情報ネットワーク、などの動きがある。このトレンドを転換期のエネルギーとしてすぐれた地域づくりにつなげていきつつも、伝統的な環境構造をつたえていくダイナミック方法論がまちづくりの課題となっているのである。歴史的な転換点に立つ港湾都市函館において、その都市再生を実現するための最大のテーマである3つの課題、水辺の適切な利用計画、風土に根ざした地域居住計画、創造保全型の景観計画、を統合するする環境形成システムをつくることにある。地域資源、特色を最大限いかすまちづくり原理を地域、環境にこだわる発見的方法が求められている。