函館からトラスト始動

建築知識1993


柳田良造

横浜、長崎と並び幕末期開港場として開かれ、いまもピンクや緑、黄色とブルーなどの鮮やかな色彩のペンキを塗った下見板の町家が並ぶハイカラな街・函館に、1993年初夏市民による新しいまちづくりの仕組みが動き始めた。この「函館からトラスト」、正式名称を「函館色彩まちづくり基金」という。函館山の麓、西部地区といわれる歴史的町並みと港の明るく伸びやかな風景の街で、市民グループが自ら財産を提供し、公益信託という制度を活用して、もともと市民のまちづくり運動が盛んな地区に、さらに住民による自主的、持続的なまちづくりが展開することを支援する仕組みをつくりだそうというものである。市民主体のまちづくり公益信託としては全国でもはじめての試みである。
1 設立までの経緯
 基金の委託者は函館の西部地区の住民や建築家、大学研究者からなる市民グループ、「元町倶楽部・函館の色彩文化を考える会」である。1988年から、西部地区に数多く残る和洋折衷様式の木造外壁の下見板や窓枠に塗られたペンキ色彩を、「こすり出し」という手法を用い、鮮やかな色彩の年輪(時層色環と命名)を浮かびあがらせ、幾世代にもわたり塗り重ねられた時代の色彩の変遷を研究する活動を行なってきた。CG(コンピューター・グラフィックス)や化学分析を用い、明治からいまに至る時代の街並み色彩を再現した研究はトヨタ財団による第5回身近な環境を見つめようコンクールにおいて1991年最優秀賞を受賞した。この研究の意味は、建物の色彩にこめた地域にすむ人々の街への思いやささやかだが楽しい自己表現のあり方といったものに加え、住民がまちを守り、環境向上の努力を進めていくうえで、自分たちの手でまちの環境を実体的に発見することが如何に重要であるかを認識することであった。研究成果に対して2,000万円の研究奨励基金が拠出されることになったが、さらに発展的にまちづくりを進めていくために、函館西部地区を中心にまちづくり活動を担う人々を募り、資金と知恵の援助を行うまちづくりの基金をスタートさせたのである。
2 基金の仕組みと内容 
 基金は図に示すような仕組みになっている。公益信託とは基金を出 する委託者から受託した信託銀行が財産を運用、収益を公共事業に提供する制度である。同様の目的で財団法人を設立するよりも、事務機関の必要がないことや基金の規模が小額でも成立できるなど、委託する側の負担が軽いというメリットがある。
 公益信託の仕組みとして、受託者の信託銀行は主務官庁への申請をはじめ、財産管理、助成金の給付など運営全般に係わる事務をおこなう。しかし専門知識や地域の情報をもたない信託銀行に対して、助成先の検討や公募のあり方など、助成事業への指導・助言を通じて、運営委員会も公益信託では大きな役割を担う。「函館からトラスト」では函館のまちづくりへのアドバイザイーや今後のまちづくりのリーダーとなることが期待できる7人の委員を選んでいる。委員の任期は2年である。さらに運営委員会の下に運営委員会事務局を設置し、ニュースの発行、助成活動、募金活動についての調査・企画、助成を受ける人に対しての指導、支援を行なうこと考えている。基金の助成については、函館の歴史的な街並みの保全や調査研究、まちづくり提案などを公募し、一件につき10万円から100万円を限度に助成を行う。第一回の助成事業は今年の秋に公募予定である。

まちづくり公益信託の歴史と海外の事例
  ところで、こうした公益信託のような民間・非営利の活動や企業の社会貢献の考え方は、フィランソロピーやメセナなどの言葉と共に、近年急速に広がりつつある概念である。従来日本では民間・非営利の考えは必ずしも普及してこなかった。公益信託も大正期にはその制度が生まれていたが、長く実例がなく、ようやく第1号が生まれるのは半世紀以上もたった77年である。一方そういうなかでも江戸時代の地方篤志家による勧恩講や、大正昭和初期の報恩会など、日本にも独特の社会貢献活動の歴史があった。函館でも地域財閥・相馬家による相馬報恩会は有名で、戦前から人材育成や地域づくりに幾多の社会貢献を成し遂げてきた。こういう伝統を、新しい社会貢献のスタイルの中に受け継いでいくことがわれわれの課題となろう。
 現在、まちづくり公益信託は27件が活動中であるが、次第にその内容は多彩となってきている。昨年設定された 世田谷まちづくりファンド は公開審査を行うなど、参加の方式を広く取り入れ、住民主体の積極的なまちづくり活動の支援を目指すものとなっているし、くまもと21ファンド」のように21億円という大きな基本財産をもとにソフト面から文化振興や国際交流、地域交流に取り組んでいる例も生まれている。 

4 今後の見通し
 基金による助成は公募であり、函館市民に限らずだれでもが応募できるものであるが、それも一般的な、ありふれたものではなく、地域の身近な環境のなかから発見された、テーマ性のあるものを期待している。委託者としてあるいは函館のまちづくりに今後もかかわっていく我々としては、こういう街をつくりたい、こういうまちづくりを進めていきたいという願いがある。委託者の思いの実現も含め、創造的なまちづくり活動助成を進めていくうえで、現在のまちづくり公益信託の仕組みはまだ十分なものとはいえない。その問題点は@人的資源が必要とされないのは組織規模からは有利な面もあるが、運営における専門スタッフの関与が難しいため、助成活動が低レベル化、マンネリ化しやすい、A専門スタッフの代理として運営委員会事務局をつくっても、現状ではその制度上の位置づけがあいまいとなる。B募金を集めるうえで税制面での優遇措置が不十分である、などがあげられる。
従来公益信託を受託できるのは信託銀行のみに限定されていたが、制度改正により、今後は地銀や都銀でも公益信託業務が可能となった。より地域に密着した形での活動の受け皿が用意されたわけである。住民の自主的なまちづくりの活動を盛んにする試みに貢献すべく、函館からトラストのささやかな一歩を着実に育てて行きたいと願うものである。