おたる無尽ビル再生
2002
柳田良造
おたる無尽ビルの位置する花園公園通地区は、水天宮と小樽公園を結ぶ軸上にあり、山の手の住宅地や市役所、市民会館などの公共施設群と商店街や飲屋街を結ぶいわば、小樽の中心市街地の背骨に位置する。新撰組で有名な永倉新八宅跡、榎本武揚碑、啄木や伊藤整の下宿先、ロシア料理店や喫茶シベリヤ、サクラビヤホール跡、演劇場では公園館や八千代館跡など、この地区に残る歴史エピソードは数多く、それはいまも商店街を構成する店や主にユニークな生活風物を伝えている。
しかし地区の核であった2001年7月北洋銀行小樽支店が廃止が決まり、歴史的に由緒ある建物の解体が報道された。建物は元は北洋銀行の発祥地本店として小樽経済界が創設した銀行であり、長く地域商店街の中心として商店街のみならず、コミュニティの核となってきた。地元町会や商店街から解体取りやめの要望書が北洋銀行、小樽市、商工会議所に提出された。しかし、なかなか保存策が見つからず、2001年10月時間切れ解体というときに、小樽の3人の商店主による買い取り決断により、寸前で解体が阻止された。地域の空洞化、地盤沈下を必死で阻止する訴えである。再生計画案づくり
2001年10月から、再生の案が3人の商店主やその友人達により練られた。規模は1,2,3階で延床面積が約1000Fの大型の建物である。各階で場所の特性や小樽でのニーズ、市場性、改修にあたっての補助金の可能性などが、多角的に検討された。
まず3階は、建物が元々、集会室的な利用がされており、規模的にもホールとしては200名ほど収容でききる規模であった。また小樽市には、制約なく練習から講演まで行える適切な規模の施設が不足しており、そういう建物の特性と小樽でニーズから多目的ホールの構想が浮かび上がった。また地域の歴史的建造物を再利用して、地域の文化や芸術などの活動のためのスペースづくりに、道庁の地域創造アトリエの補助事業があり、無尽ビルのケースはうまく当てはまりそうであり、早速道庁に問い合わせしたところ、補助枠の可能性があるということで、申請することになった。
2階は中、小の会議室がもともとあったため、貸し会議室等の利用を行っていこうということになった。
1階は銀行の営業室であったため天井も高く、角地の立地性や駐車場の確保もできることから路面店として飲食等の再利用を行う計画が練られた。また1階にATSの導入が期待され、各方面に交渉したがこれは実現しなかった。3改修工事
2,3階のホール、集会室の運営は、小樽トラスト協議会(2002年10月NPO法人化)が行うことになり、設立の準備等が2002年1月よりスタートした。運営のスタッフの確保や運営方針、規約等の策定を進め、ようやく体制が整った2002年8月に道庁に正式申請し、承認後、2002年8月末、工事着工。10月初め、3階が多目的ホール「遊人002」として仮オープンした。仮オープンというのは、来年5月にエレベーターの設置工事等を行い、2002年6月に本オープンの予定であるためである。
1階は飲食店のテナント探しも行っていたが、オーナーの田島氏が自ら、新しいタイプの和食ダイニングの店を開きたいとの意欲が生まれ、夏頃からその準備を進め、11月初め工事着工、12月10日完成オープンした。オープニングパーティには、地域の商店街の人たちも多く出席し、評判も上々のようである。
工事をまとめると
第1期工事(2002年8月〜10月)
・工事目的 建物防水、外観改修、2,3階のホール化に伴う設備、建築工事
・工事主体 小樽トラスト協議会
・工事費 約2,600万円
(内道補助金1,070万円、小樽市歴史的建造物補助金403万円)
第2期工事(2002年11月〜12月)
・工事目的 1階の飲食店化に伴う設備、建築、内装、家具工事
・工事主体 株式会社田島
・工事費 約3,000万円
(内小樽市歴史的建造物補助金約30万円、1階の建物構造補強のため)
第3期工事(2003年5月〜6月)
・工事目的 1階の玄関、エレベーター工事、3階ホール床工事、照明・音響設備
・工事主体 小樽トラスト協議会
・工事費 約2,000万円
(内道補助金930万円)今後の活用方針
おたる無尽ビルは単なる観光施設だけではなく、商店街の核、地域コミュニティの核として再生することが期待されている。地域にねざした再生後の活用こそが重要になる。そこで各商店街有志が集まる、小樽花園十字街地区のリバイタライズ(再活性化)会議「小樽まちづくり無尽」が2002年1月に誕生し、北海道経済産業局の補助金を受け、おたる無尽ビルを活用した新時代のライフスタイルに対応する地域づくり構想や、地域資源発掘型の商店街再発見による街の回遊性の復活をめざす試みが模索され始めた。2002年度はその構想案づくりと方向づけを行い、2003年度はおたる無尽ビルを核にした街のインフォーメーションセンターづくりや、老舗店舗を活用した地域資源発掘型カフェなどの試みを行い、小樽花園十字街地区の活性化をめざしたいと考えている。
小樽まちづくり無尽とリバイタライズ会議のコンセプト
小樽の歴史資源をいかすべく、地域の拠点であるおたる無尽ビルを活用し、ここにくれば「心」、「技」、「体」を磨き、様々な出会いとコミュニケーションやにより自己実現可能な新時代のライフスタイルに対応する複合店舗づくりと地域資源発掘型の商店街再発見、さらにそれらをつなぐ街の回遊性の復活をめざし、樽都・中心部の再活性化を目標とする。
小樽の中心商店街は、長期低落傾向として、個別店舗売り上げ衰退状況にある。核となる拠点スペースもないため、買い物客の人の流れもなく、地域として活気を失っている。地域の自由に出入りできる場所と小さくても発見的で魅力的な商業拠点が求められている。
<事業とニュービジネスの可能性>
事業の目標は無尽蔵な町衆パワー(人・モノ・金・技術文化・情報・スピード)の発掘によるニュービジネスを開発する実験である。発掘現場は小樽市街地の背骨にあたる小樽公園と水天宮をむすび、新撰組で有名な永倉新八宅跡、榎本武揚碑、啄木や伊藤整の下宿跡、喫茶シベリヤ、など歴史エピソードも数多く点在する花園公園通り。この地区はかって本道のハイカラ発信基地として一大歓楽街であった。しかし近年中心市街地の空洞化や少子高齢化が著しく、ついに金融機関の撤退となり、空店舗、空地が急増している。
<ライフスタイルの変化と時代のもとめるもの>
ひるがえって時代のトレンドをながめてみると現代は、経済社会の大きな転換期に当たり、将来に対して、不透明感を抱いている人が多い。しかし、その底流では、「自分を磨き」、「人とのコミュニケーション」を深め、さらには「社会活動に積極的に参加」する能動的なライフスタイルへの希求も芽生えている。このライフスタイルの変化は大きなビジネスチャンスでもある。このチャンスをいかした新しいビジネスモデルを、歴史と資源を有する樽都(商都小樽の愛称)で構築する。
<地域を読み、時代の求めるものを読む>
その手法は街の資源や、住民の街への要望を読むことと、能動的なライフスタイルをサポートするモノ・情報・空間ニーズをさぐることからである。
街資源、街情報収集活動はすでにスタートしている。たとえば4〜5月に、おたる無尽ビルの見学会と地域におけるコミュニティシアター(商店街などに立地し、民間運営の多目的小ホール)の可能性について、市内の文化活動グループ(延べ参加人数50名)によるワークショップを3回開催しているが、その結果新しい発見がいくつもえられている。地域における小ホールへの要望は、自分を磨き、自己を充実させる行動やコミュニケーションやふれあい、社会参加を大切にするなどの新しいライフスタイルの追求と大きなつながりがあり、従来これらは公共の分野と考えられていたが、実は新しいビジネスとなる部分があることもわかった。
<コミュニティシアターへの要求から時代性を読む>
具体的なホールへの要望は、●天井の高いゆったりとした自由に使える空間があり、●夜遅く(11時頃)まで使え、●利用上の制約が少なく、●貸料もリハーサルなどには安い設定があり、●交通が便利(徒歩でも来訪可)駐車場(6〜7台程度)があり、●街中で周辺に公共施設、関連ショップ、飲食、ATMなどの利便施設がある、などの条件を満たすスペースだが、現状では小樽にはそういう場はない。(公共のホールは制約が多く、ニーズに応えていない)さらに歴史的な建物の空間への魅力も評価が高いことがわかった。利用グループにしても、演劇(市内に7団体、さらにおたる無尽ビルでの札幌、東京、海外のアーティストの公演希望がすでによせられている)、ダンス(高齢者が中心で活発、市内に6〜7団体あり)、音楽(音座などのユニークなイベントあり)、映画、詩吟、狂言、絵画、写真、文化教室の発表展、体験スクール、子供達の地域学習ワークショップなど、小樽には想像以上に活発な文化サークルが多く、今後の成熟社会でのライフスタイルを考えるとこの傾向はさらに延びていくことが想定できる。さらに、ホール利用は時間消費に伴う様々な消費を伴う行為であり、環境整備によってはコミュニティシアターは地域の集客性のある拠点になりうることもわかった。類似例として出された札幌琴似をベースにしたコミュニティシアター「コンカリーニョ」は年間稼働率約70%(自主公演のリハーサルを含むと100%)、貸料収入約1000万円/年、集客力20、000〜25,000人/年を達成して、周辺のカフェや飲食、花屋、貸し集会室などへも経済効果が波及し、小学生から老人まで集まる地域の核になりつつあることが紹介された。
<新たなライフスタイル追求をサポートする商業ビジネスへの追求>
今後これらの街情報発見や新たなライフスタイル追求をサポートする商業ビジネスモデルを開発していくわけだが、現時点で目標とする第1は、銀行が撤退し空き店舗となったおたる無尽ビルを活用し、ここにくれば「心」、「技」、「体」を磨き、様々な出会いとコミュニケーションがあり、地域と社会交流し、自己実現可能なコミュニティ拠点づくりとそれらをサポートする新ビジネスを開拓することにある。具体的には、自分を磨き、自己を充実させる行動をトータルにサポートするスペース提供と生活情報関連グッズ販売やくつろぎカフェ、街の情報発信の複合店舗づくりをめざす。
●「心」を磨く(自分探し、快適さ・楽しさの追求・生涯学習・文化体験・芸術鑑賞)に応答する3Fのコミュニティシアター(ex、演劇、コンサート、映画、ダンス、詩吟、絵画、写真展示など)の運営。
●「技」を磨く(資格を取る・語学力・IT機器・生涯学習)に応答する2Fのパソコン教室など各種教室と自由につかえる会議室、セミナー室(ex、職人の会の体験実習など)や運営と書籍の販売
●「体」を磨く(気持ちのいい時間をすごす・体にいい食品)に応答する1Fのコミュニティカフェ(高齢者や子供づれも、若い人も気軽に立ち寄れ、休んでいける、健康食品レストラン)と生活グッズの販売や情報の集まるステーション(銀行のATM、プレイガイド、外人へのインフォ、高齢者サービスなどとフリートイレ)
ホール等はEV等を設置し、バリアーフリー化するのはいうまでもない。
<地域商店街の資源発掘と新商品開発>
第2は地域商店街の情報の発見・活用のコーディネーター、プロデューサー役としての活動である。具体的には歴史的エピソードの多い公園通・北門通・中央通の商店街各店の歴史、逸話や場所の背景をひもときデータ化し、1店1品の特色ある品や商品の発掘、提案を行う。これから得られた街の生活博物館的商品は、消費者の発見意欲をかき立て街への関心を高めるであろう。さらに地域の様々な歴史エピソード(ex、啄木と整文豪祭、小樽新撰組維新祭、ロシア祭、音座、演劇祭りなど)に絡めた新イベントを立ち上げ、展示販売を行い、新たな商店街の商品発掘と商品開発のビジネスモデルをつくりあげる。
<地域商店街の活性化から街の回遊性の回復>
取り組みの第3は、コミュニティストリートづくりである。小樽中心市街地の課題として、観光ゾーンと商店街や公共施設ゾーン、住宅街との乖離がある。近年妙見川と寿司屋通りが、運河と堺町をつなぐ港周辺の観光ゾーンと商店街をつなぐ縦の通りとして成長しつつあるが、さらにもう1本の縦の通りである公園通りが活性化することにより、運河から小樽公園までつながる真に小樽の生活文化軸となるルートが回遊性のある道として機能することになる。リピーターがふえつつある小樽への観光客(年間800万人を越える)が、懐の深い小樽の生活文化軸のなかで回遊することにより、滞在時間がのび、職人文化も含め様々な街の魅力にふれる機会を増やすことは、あたらなビジネスモデルを醸成する大きな条件となることが期待できるのである。
<まちづくり無尽の発想>
無尽ということばは事業主や自営業者にとって有用なシステムとして相互銀行の基となった金融形態であるが、なにより無尽は地域の情報交換・情報収集の場として利用されてきた。有象無象の情報は無尽で伝わると言っても過言ではなかった。この伝統を継承し、小樽まちづくり無尽が取り組む新しいビジネスモデルとは、地域にしっかりと根をはり、地域の生きた情報をキャッチし、加工発信の拠点として、まちづくりのコーディネーター役として、小樽の中心市街地を魅力的に再生しながら生まれるコミュニティビジネスの開発と創造をめざすものである。