新世紀の函館からトラスト

                                       から20号



柳田良造

公益信託函館色彩まちづくり基金(函館からトラスト)は、来年の基金誕生10年目を向かえ、新しい衣をまとったまちづくり基金として発をすることになった。新しい衣のひとつは、基金の助成規模の拡大による新規分野を含めた支援制度の充実である。もうひとつが新運営委員による新たな体制で取り組む基金の運営。
2月16日(土)、8月31日(土)の2回の運営委員会において、函館色彩まちづくり基金の今後10年の方向と新しい運営の仕組みを決める、重要な話し合いが行われた。基金運営の転換と新体制についてレポートする。

<公益信託函館色彩まちづくり基金の発足・展開>
1993年に公益信託函館色彩まちづくり基金が発足してから10年近くが経った。この間に基金を取り巻く状況は大きく変化している。金利の低下やペイオフ制度などにより、信託制度そのものがその存在意味を問われる状況も生じている。
公益信託とは、基金を銀行へ預け、一定の運用収益を確保し、その益金を目的にそった活動への助成支援に当てる仕組みだ。函館色彩町づくり基金も2000万円の基金設定の当初計画では、運用収益を年6〜7%と想定し、年間100万円程度の助成計画をたてていた。しかし1993年の基金設定時にはすでに低金利時代が到来し、その後さらに超低金利の時代となり、現時点ではわずか金利0.25%、実際基金は寝かせているだけの状態となっている。一方、信託管理の費用や官報への公告費、また運営費などの出費を計算すると、維持費だけでもかなりの金額が毎年必要になっていく。この間、少額(50~70万円)とはいえ、毎年市民のまちづくり活動へ助成を続けてこられたのは、函館市民や全国からの募金がたよりであったというのが現実だ。
基金が助成してきた活動は総計で25件、総額470万円になる。そのなかには、◎毎年元町界隈の夏の恒例行事にもなった若者達のペンキ塗りボランティア隊の活動もそのひとつに含まれるし、◎奥尻地震で被害を受けた海産商同業組合会館の復旧や、◎十字街の大火後の復興プランづくり、◎元町の住宅地での住民と地域の住環境を考えるワークショップの開催 、◎松陰や湯川商店街の自主的なまちづくり活動、◎町家活用の路上アートミュージアムの試みなどが展開されている。ささやかな活動支援であったようにも思えるが、この10年の函館の話題となったまちづくりの主なものは含まれていて、その波及はけっして小さなものではないように思う。また基金をもり立てていただける輪も、函館市内から全国にひろがっている。

<基金の運営についての議論の経過>
基金の取り崩しによる積極的な助成活動をおこなうべきか、細々とでも出来るだけ長くその活動を続けるべきかは、運営委員会の重要な問題として設立当初より何度か議論されてきた。
あまり知られてないことだが、函館色彩まちづくり基金の設立時の計画では、立ち上がりの数年間は、基金を取り崩して毎年200~300万円程度の助成を行い、目に見える成果をあげて寄付も集め、函館色彩まちづくり基金の社会的意義と助成活動を強くアピールし、印象づける。5年目からは巡航速度に落とし、助成額を毎年100万円程度で、安定した活動を持続していくというプランが想定されていた。しかしこの計画は主務官庁の道庁から認可がおりず、結局当初基金は取り崩さずに、収益や寄付により助成活動の運営を行いながら、運営委員会において、その運営方式を随時考えていくということになった。
運営委員会での議論を振り返ってみると、基金がスタートし、ある程度軌道に乗ってきた95年頃の運営委員会においては、「基金のアピールのためにも積極的に助成を拡大すべきだ」、「民間基金ならではのフットワークの軽さで柔軟に対応したい」、「活動あっての基金だから、今は十分に活動助成できるようにしたほうがいい」など、助成とその成果の手応えに、積極運営の声もあがった。しかし「先の見通しもないのに、目先の活動にとらわれるのはどうか。きちんと予算を立てて寄付集めすべきだ」の声も強く、運営委員会としての一致した結論には至らなかった。
その後97〜98年の議論では、積極運営への理解も深まっていったが、逆に取り崩ずしせずに頑張ってきた経緯も評価して、「今は我慢の時。助成額も最小限におさえ、寄付やチャリティの開催などで資金を確保し、しばらくは取り崩ずしなしの現状のままでやっていこう」という方向に議論が収束していった。

<基金の運営の転換−これからの10年の積極運営へ>
しかし、21 世紀を迎え、基金の運営も10年近く経過する頃になり、運営方式の見直しを求める声が起こってきた。それは基金自体のこともあるが、もうひとつ函館のまちに対する危機感も背景になって生じてきた。函館の歴史的環境を活かしたまちづくりは、いま大きな転機にさしかかっている。1970、80年代の元町界隈の歴史的建造物の創意工夫に富んだ再利用からはじまった函館再生のまちづくりも、90年代以降は長い停滞の時代にある。地区の歴史的建物はこの10数年間の間に約1/3の建物が解体され、さらに重要な景観資源が危ぶまれる状況に立ち至りつつある。また地区の人口も最盛期からみれば1/4にまで減少し、高齢化率も30%近くになっている。今対策を講じなければ、函館の歴史的町並みの根本がくずれていく、そういう状況にいま立ち至っているのである。
一方基金の役割として、不景気や厳しい社会状況の中でこそ、地域で元気を出せるようなまちづくりや活動に、積極的に取り組むべきではないかという意見が出された。いま函館にはまちづくりやコミュニティの住民活動にできるだけ規模の大きい支援が求められる時期にきているのではないか。それはいままで手をつけていない基金の信託財産そのものを、ある程度取り崩しても、積極的な助成活動を支援していこうということである。助成金額が増加することになれば、これまでの活動助成に加え、新たな分野の活動にも支援が可能になる。地球的問題である環境問題に関する活動等も必然的な課題になってくると考えられるし、人間性を取り戻すような創造的なイヴェントも大切である。また単年度だけの活動でなく、継続的な事業への助成なども考えられる。
函館色彩まちづくり基金の運営はいままでの10年間は、収益活用+募金方式で行い、着実な基盤をつくりあげてきた。その成果を踏まえながらも、社会の諸条件の変化に対応して抜本的に運営方式を見直し、これからの10年間は取り崩し+募金方式の積極運営に転換し、よりダイナミックな活動支援を目指していくということになったのである。
住友信託銀行の申請に基づき、北海道庁建設部まちづくり推進課の審査により、8月21日基金の取り崩しに伴う信託条項の一部変更について、その内容が認可された。変更した内容は、信託財産を毎年度200万円まで取り崩しまで可能とし、まちづくりや地区の活動等に規模の大きい、積極的な助成活動を支援するを実現するということである。

<2002年12月1日より、新運営委員にバトンタッチ>
運営委員会の組織も10年目を機会に見直し、運営委員も新メンバーで新たな出発をすることになった。その選考は現在の運営委員にこれまでの活動を踏まえ、さらに充実した活動を推進できる新たな委員を推薦していただき、事務局が取りまとめさせてもらった。
8月31日(土)の運営委員会のあと、現運営委員と、新運営委員の交流会が松陰町のスペイン料理店「バスク」で、なごやかな雰囲気のなか行われた。
新運営委員
◎韮沢憲吉(函館工業高等専門学校教授)
◎角幸博(北海道大学大学院工学研究科建築史教授)
◎佐々木貴子(北海道教育大学函館校助教授)
◎腰山みゆき(カラーコーディネーター・オフィスNORD)
◎加納淳治(編集室Kanou)
◎中尾繁(北海道大学大学院水産学研究科教授)
◎小澤武(建築家・小澤研究室)
◎二本柳慶一(建築家・二本柳建築設計事務所)
◎小柏忠久(函館市都市建設部部長)