函館街並み色彩まちづくり:続き

 ペンキ塗りの長屋

 
ペンキ塗りボランティア隊
都電倶楽部の活動
十字街復興プラン
アメリカでのこすり出し
まちづくり公益信託「函館からトラスト」

函館・街並み色彩研究は1991年トヨタ財団から研究コンクールの最優秀賞を受け、研究奨励金2000万円を獲得することになった。この研究の意味は、建物の色彩にこめた地域にすむ人々の街への思いやささやかだが楽しい自己表現のあり方といったものに加え、住民が街を守り、環境向上の努力を進めていくうえで、自分たちの手で街の環境を実体的に発見し、自ら働きかけを行うことが如何に重要であるかを認識したことであった。この認識をさらに発展的にまちづくりを進めていくために、新しい仕組みである「まちづくり公益信託」を活用し、函館独自の市民まちづくり方式をつくれないかということになった。2000万円を公益信託の基金に活用して、街並み色彩に代表される魅力的な函館の歴史的環境を今後も安定した地域の生活基盤としていくべく、市民が市民のまちづくり活動を支援する仕組みをつくりだそうというものであった。
そして2年の準備をへ、1993年7月「公益信託函館色彩まちづくり基金」(愛称を「函館からトラスト」という)が誕生した。それはまちづくり公益信託制度のなかで、特に市民運動が委託者となって設定されたものとしては全国でもはじめての試みであった。
公益信託とは基金を委託者から受託した信託銀行が財産を運用し、収益を公益事業に提供する制度である。同様の目的で財団法人を設立するよりも、事務機関の必要がないことや基金の規模が小額でも成立できるなど、委託する側の負担が軽いというメリットがある。受託者の信託銀行は主務官庁への申請をはじめ、財産管理、助成金の給付など運営全般に係わる事務をおこなってくれる。
しかし信託銀行はまちづくりの専門知識や地域の情報をもたないし、信託報酬の範囲内では活動内容も限定されるので、活発な活動を行おうとすれば、やはりしっかりした事務機関の確立ということが課題となる。函館の場合では西部地区のまちづくり運動を担ってきた住民、都市計画や公益信託などの専門家のボランティアによる「函館からトラスト事務局」を信託銀行を補佐するかたちで設定し、助成先の公募事務や、助成団体への情報提供やアドヴァイス、基金のニュースレターの発行、報告会の開催、募金活動等、基金を運営、支援する様々な活動を機動的に行う体制をつくりだした。一方基金の顔として、助成先の検討や基金自体の基本方向の決定では運営委員会も公益信託では大きな役割を担っている。
この信託銀行、運営委員会、からトラスト事務局の3者から構成される「函館からトラスト」は具体的に5つのからにこだわって、市民まちづくりを支援していこうと考えている。
●函館のカラーのこだわる
函館のカラー(色彩や地域の歴史文化)にこだわった街並み、まちづくりを支援する。●函館からの発信
市民の活動要求を育て、市民まちづくりの活動の輪をひろげていく。
●からくち(辛口)の情報
口あたりのいい話題ばかりではなく行政、市民にとって辛口の内容や言いにくい事を自由に言い合える場として。
●カタリスト(触媒)としての「から」
基金に関係する人々、活動のカタリスト(触媒)として機能する「函館からトラスト事務局」と情報媒体としての機関誌「から」の発行。
●目に見える成果から
助成活動を通して実際の環境に、目に見える成果を着実に積み上げていく。そのことを通して、市民、行政、企業等の基金への評価を高めていく。

市民まちづくりへ

1993年末に最初の助成活動がスタートして、約10年がたつが、その間計24件の市民まちづくり助成がおこなわれている。それらは例えば次のような活動であるが、函館での市民まちづくり活動の多彩さを改めて認識させるものである。
●歴史的な下見板建築のペンキ塗り替え活動
基金誕生の発端ともなっただけに、下見板張りの町家のペンキ塗り替えは毎年夏、建築学科の学生グループに地域の住民が協力する体制で行われている。ペンキの塗り替えによって街並みに影響を及ぼすには、1軒だけでなく複数のまとまったリニューアルが効果的である。予算の関係で1軒しかできない場合は、隣が塗り替え予定のある建物を選び3軒連続効果をねらったり(94年)、今年は工業高校の学生のボランティアの参加もあり、次第に街並みのレベルでの建物ペンキ塗り替えに、活動が広がりつつある。ペンキ塗り替えは最初「こすり出し」による色彩分析にもとづき、コンピューター・グラフィックスによるシミュレーションで、塗り換えの色を建物の持ち主と一緒に考えることから始まる。作業は夏の週末の2日間に一気に行われるが、最後に足場が外された時、風化した外壁と街並みが、見違えるように輝く瞬間が出現する。ペンキ塗り替えの対象となる歴史的な下見板建築は、行政の外観修復への支援策のある指定物件外の建物であり、観光とも縁のない普通の生活の舞台である。地区の過半を占めるこの普通の生活の舞台は急速に老齢化、老朽化が進行している。ささやかな活動ではあるが、ペンキ塗り替えが地区の忘れられようとしている建物へ、お年寄りの所有者が若いボランティアに刺激され、もう一度愛着を取り戻す契機を生み出しつつある。
その他にも、●市民の足となっている市電車両のペンキの塗り替え活動や、●衰退した商店街の再生へのプランづくり、●市民による函館の観光施設と街並みの景観調査、●奥尻地震で大きな被害を受けた歴史的建造物(旧海産商同業組合開館)の修復事業、●元町地区の古い住宅地での住民と一緒に地域の生活環境を考えるワークショップの開催など、様々な活動が展開されている。また「函館からトラスト事務局」も自主事業として、神戸のグループとの共同での神戸の異人館地区のペンキの色彩調査やアメリカからの建物修復とペンキ色彩の研究者の講演会の開催したり、元町倶楽部のメンバーによるローカルFM放送を使ってのまちづくり講座「じろじろ大学」のようなものも開かれている。
いずれも助成額は1件あたり20万円前後と少額であるが、年2回開かれる夏の中間報告会と3月におこなわれる最終報告会では、各活動団体とも非常に中身の濃い活動を発表し、出席している運営委員や事務局のメンバーを驚かせることも多い。
従来市民のまちづくりというと、なにか切実な課題や反対運動につきうごかされ、やむにやまれず立ち上がるというタイプの活動が多かったが、まちづくり公益信託からうまれつつある市民の活動は市民サイドで自主的にまちづくりのテーマを設定して市民が自ら考えて楽しみながら行動する、能動的かつ非義務的な活動が特色のように思われる。能動的なまちづくり活動では、助成額はたとえ少額でもそれが呼び水となって、満足できる成果がでるところまで、自主的に活動を展開していくケースが多いのである。問題はその呼び水と、困った時などに相談に乗ってくれる相手や情報ネットワークが用意されていることが重要なのである。市民の自主的な活動の受け皿として、財政面やノウハウ、情報提供の面からまちづくり公益信託が地域で機能する可能性がそこにあるように思う。
本来「まちづくり」という言葉は、地域に住む市民が中心となって、行政やデベロッパーと対等な関係をもって、市民にとって暮らしやすい街の整備や開発を行っていこうという意志をこめた言葉である。そういう意味では函館は「まちづくり」に独特のスタイルをもった街である。函館山の麓、西部地区と呼ばれる地域で、ここ十数年来おこなわれてきた歴史的環境をめぐる「まちづくり」は、お上意識、公共依存の都市開発に対し、市民の知恵とアイディア、臨機応変の動きがいかに街を面白くできるか、その実験場であったように思う。「函館からトラスト」というまちづくりの仕組みが、この「まちづくり」の伝統をさらにおもしろく発展させていけるかどうか、地域にどれだけ根付いていけるかにかかっているといえよう。
街は生きているのだから、変わっていって当然だ。再開発の波は函館の街にも押し寄せている。今後も街並みの変化がペンキを塗り替えるように、街の主役である人々の手で行われるような「まちづくり」を我々は望みたいのである

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