住環境の質の生成・維持に関する研究
−あいの里コーポラティブ住宅の事例をとおして−その1.集住体のあるべき姿の発現プロセス

1997年日本建築学会北海道支部論文



正会員 ○森下  満*1  同 柳田 良造*2  同 石塚 雅明*2

1.はじめに−問題意識
 集合住宅は「北海道の気候、風土条件にぴったりの住居形式で、北海道の民家のひとつとして、町づくりの主役を演じるべき可能性をもった住居」であると指摘したのは足達富士夫である1)。が、実際にはその可能性を展開した、すぐれた集合住宅は少ない。札幌市にかぎってみると、1970年代半ばから80年代初頭にかけて、都心縁辺部や郊外でいくつかの低中層集合住宅の建設が試みられたが、質的に十分とはいいがたいものもあり、定着するにはいたらなかった。それ以降現在まで新規に供給される住居は、ますます外延化する郊外の一戸建て住宅地と、いたるところに立地する高層マンション に二極化し、北海道の民家たりうる集合住宅づくりは、むしろ退行しつつあるように思われる。また、それらの一戸建て住宅地や高層マンション では、雪処理問題の未解決・増幅、オープンスペースの不足・貧しい緑環境、調和のとれた町並みの未形成、既存町並みの特質の破壊、新しい現代的なコミュニティの未形成等、住環境として問題のある場合が多い。こういう問題は適切な集住化によって未然に解決することが可能であり、この点でも集住化の意義は大きい。先の足達の提言は、現在でも有効性を失っていないどころか、ますます重要性が高まっているといえる。
 具体的な集住のかたちとして、足達は、「都心での高密度居住のためには中・低層の集合住宅、タウン・ハウス 、……寒地型の町家などを、地域の性格、住要求に応じて適宜組み合わせ、多様な集住化をはかっていくことが必要」と提言し2)、筆者らもそれに賛同するものであるが、それをいかに実現していくかが今日の課題である。
 この課題にこたえるべく、筆者らは1987年から北海道の民家となるような集合住宅づくりをめざしてきたが、そのひとつとして、1996年4 月、札幌市北区あいの里地区の一角に、あいの里コーポラティブ 住宅(以下、「あいの里コープ」という)の第一期分として5 戸が、同年12月に第二期分のうちの1 戸が竣工した。1997年秋までには残り8 戸の合計14戸の住宅と共同施設が竣工し、全体が完成する予定である。

 延藤安弘が言うように「ハードな集合住宅とソフト なコミュニティ形成が有機的に統合された住共同体」を「集住体」3)とするならば、あいの里コープは集住体であると考える。筆者らは、この集住体の建設プロジェクトに、コーディネーター・グループとして、また住み手の一人、設計チーム の一員としても関わり、立ち上がりから全体の完成まで、その全過程をつぶさに把握できる立場にいる。現在進行中の段階ではあるが、これまで関わってきた中で経験的、実感的にわきあがる問題意識は、このプロジェクトが北海道の民家たりうる住居のあり方にたいして、住環境の質とでもいうべき、重要なテーマ を提示しているように思われることである。
 ここで“質”は英語でいう quality(良質、特質)に相当するが、“住環境の質”というのは、以下のような事例と同質のものであると筆者らは考えている。@日本の重要伝統的建造物群保存地区をはじめとする「地域の文化を蓄積した」歴史的な町並みや集落の、地域住民にとっての「かけがえのない存在」4)や、そこを訪れる者に与える何ともいえない良さ、豊かさ、安らぎ、感動。A スウェーデンのコレクティブハウス・フェルドクネッペンの居住者が求めている、「従来の戸建住宅や集合住宅、あるいはサービスハウスでは得られないもう一つの生活の質」と「このような生活の質を保障するもう一つの住まい」5)。B環境の質を表現する、アメニティの概念6)。「アメニティとは、ただひとつの特質をいうのではなく、複数の価値についての総体的なカタログ である。……あるべきものが、あるべきところに存在すること」7)。C「主体者である居住者や市民の価値判断や目標づくりを助ける創造的な段階」としての「“価値づくりの計画”」8)。
 しかし、現時点では、住環境の質というのはアメニティ と同じように「「認識はできるが、定義するのはむずかしい」といわれるほど、とらえどころのない包括的な概念」8)である側面をもつことは否めない。ここでは仮説的に、価値づくりの計画をつうじて獲得された、居住者の暮らしの営みとしての生活の質と、それを保障する場、空間としての環境の質が分かちがたくむすびつき、そこの居住者にとってかけがえのない存在であるとともに、外からながめる人々が共感をもち、意識をかえるような存在となるもの、と定義する。

2.研究の目的・方法
 以上の問題意識のもと、この研究は、あいの里コープの事例分析をとおして、@住環境の質とはいかなるものなのか、その内容を明確化、豊富化し、上記の仮説を検証すること、A住環境の質をつくりあげ、実体化する方法をあきらかにすること、の2点を目的とする。
 研究の方法は、従来よくおこなわれている、研究対象の外側からのアンケートやヒアリング等の調査手法とは異なり、先述したとおり、研究対象であるあいの里コープの建設プロジェクト の全過程をつぶさに把握できる筆者らの立場を活用し、対象の内側からの観察・記録、発見・発想といった、文化人類学的な方法を用いる。ただし、この場合、対象の内側にいるために、研究の客観性が問われるであろう。この問題については、可能なかぎり客観的な資料にもとづいて論述することでクリア できると考えている。なお、本研究で用いた資料は、あいの里コープ建設プロジェクトにかかわる、各種会議・講演会の案内書類・議事録、プロジェクトの企画パンフレット 、広報誌、計画・設計の書類・図面等のさまざまの印刷物、出版物である。
 さて、本稿では先の研究目的への第一のアプローチとして、以下の視点について考察する。価値づくり計画の段階においては、目標となる、あるべき姿が重要な意味をもつ。それがどのようにして立ちあらわれ、居住者の合意を得、具体化されたのか、そのプロセス をあきらかにする。
3.あいの里コープの概要
 本論に入る前に、あいの里コープの概要の説明をおこない、あいの里コープとはどのようなものであるのか、その全体像をあきらかにしておく。表1は、あいの里コープの計画概要をまとめたものであるが、その中で特徴的な点について述べる。
1)主体者
 あいの里コープの主体たる居住者は、1995年1 月末に正式に設立された、14世帯からなるあいの里コーポラティブ 住宅建設組合という共同体である。彼らを支援する専門家として、全体の事業の取りまとめ、調整役であるコーディネーターと建物、外構の設計監理をおこなう設計者がいるが、いずれも3〜5の数人あるいは数社のチーム 編成とし、共同体制をとっている。コーディネーターと居住者、コーディネーターと設計者の2重の役割を受け持つ者がいるが、これは共同体制の中で相互のコミュニケーション をはかる上で有利な側面もあるが、事業の過程の中で問題が生じた場合に、その責任体制があいまいになるという事態が実際におこり、問題をはらんでいる。施工者は、14戸全部を請け負うことによってスケールメリットが生じ、コストダウン の可能性があるため、当初は1社であったが、後に居住者の要求等によりもう1社が加わった。
2)建設地の都市計画的与件等
 建設地の用途地域は第二種中高層住居専用地域であり、建ぺい率60%、容積率200 %であるが、地区計画が定められており、建ぺい率50%、容積率100 %への低減をはじめ、建物最高高さ10m、最低敷地面積200 uu、壁面位置制限など、良好な住宅地形成をはかるためにさまざまの制限がかけられている。これらに加えて、居住者自らが建築協定を締結し、街なみ形成と共同のコミュニティ施設整備の基本理念をうたい、その具体策として、コモンスペースの確保、傾斜屋根の勾配5 寸等の諸基準を定めている。また、建築協定にもとづいて街なみデザインのガイドラインもつくっている。
3)土地
 全体の敷地面積は3,270.9 uuで、14世帯各々の専有地と1 筆の共有地(各世帯の持ち分は平等に1/14)に分割された。専有地は、14世帯各々のライフスタイル や所得事情等による要求に応じ、最大で315uu、最小で152uuと、多様な規模で構成されている。建物の建て方が2戸1の長屋建てが主なので、確認申請時の敷地は2 筆をあわせたものとなる。また、共有地に加え、各戸の専有地の一部40〜50uuを全世帯が利用できる共用地とし、全体で750〜
900 uuの共同庭とよぶコモンスペースを確保している。なお、土地の取得方法は、住都公団のグループ向け宅地分譲によるものである。
4)建物
 土地の有効利用をはかり、広々としたコモンスペースを確報するために、主たる建て方を2戸1の長屋建てとしている。従来の壁面を共有するタイプとは異なり、上屋のあるカーポートや外物置を介して2戸の住宅本体がつながるタイプで、各住宅の壁面は4面が開放されている。外部仕上げは、建築協定、デザインガイドラインにもとづき屋根、外壁、建具の材料、色彩について数種類のタイプを定めている。建ぺい率、容積率は最大で44%、71%であり、法定密度までには余裕を残しており、第一種あるいは第二種低層住居専用地域なみの低密度の構成となっている。
5)設計・施工の期間
 全体基本計画づくりは、居住者14世帯が固まった1995年3 月から、住宅・都市整備公団(以下、「住都公団」という)のグループ向け宅地分譲へ応募した同年5 月におこなわれた。各戸の設計・施工は居住者のライフステージなどの要求に応じて1995、96、97年度の3期にそれぞれ5戸、5戸、4戸と分かれた。
 なお、建設資金については、土地は住都公団の融資を、建物は住宅金融公庫の新築1戸建て向けの融資を受けている。


4.集住体のあるべき姿の発現プロセス
 あいの里コープにかかわる活動は、1987年10月、コーディネーターが札幌市内のみならず、コープ住宅推進協議会(以下、「コープ推進協」という)や住都公団などの全国的な組織へのアプローチや先進事例の視察をつうじ、コーポラティブ 住宅(以下、「コープ住宅」という)への共感を高めるとともに、実際に建設するプロジェクトとして展開するための方法を先例から学ぶための情報収集をおこなったことに始まる。以降、現在にいたる建設プロセス の中で、あるべき姿が発現していると思われる資料を抽出し、まとめたのが表2〜4である。
 当初はコーディネーター 主導で、「北国のまちにふさわしい集住体づくり−集まって住むためのかたちづくりとコミュニティづくり−」という大きな目標や、「雪国における独立住宅地の新しい環境形成の考え方と手法の提案」として、「冬の雪処理、冬の日照、夏の緑、街なみ、コミュニティの 5点」を環境イメージ の大きな枠組みとして取りまとめている。この段階では具体的な環境イメージ や居住者の具体的な生活イメージが欠けている。しかし、1992年2月の、ユーザーへのよびかけを目的とした企画パンフレットの中で、建設地をあいの里にしぼり、併用住宅的な、いろんな活動が展開する生活のイメージと、その空間となるコモンスペースのイメージを「共同アトリエのある家」というコンセプトに表現し、あるべき姿を具体化しているのが注目される。(表2)
 その後、居住者の参加が得られ、あるべき姿を求めるためのワークショップ方式の会議がおこなわれたものの、コーディネーター が準備した枠組みの中でのことであったために、居住者の生の声が発露されたとはいいがたい。この段階はコーディネーター 主導+居住者協力とでもいうべきものであるが、先の段階にくらべると、「花壇や菜園のある暮らし」「気兼ねなく安心して暮らせるコミュニティ」などにみられるように、居住者の生活イメージ への接近がみられ、空間イメージもより具体化している。(表3)。
 居住者が主体となってコープ住宅づくりへの参加動機、夢や希望が語られるようになり、居住者主導+コーディネーター 支援という段階にいたって、「仲間のいる暮らし」「分かり合って、心地よく」「子育てや老後の環境」「エコロジカル で四季折々の多様な暮らしを楽しむ」といった意見にみられるように、生活イメージ が具体化、豊富化している。「個々の建築物はあくまでも個性的でありながら、全体としては統一性のある、調和のとれた街なみをつくる」のように、具体的な環境イメージ も提示されている。一方で、当初コーディネーターが提示した大きな目標・環境イメージはほぼそのまま受け継がれていることに留意すべきである。(表4)


5.まとめ
 集住体としてのあいの里コープのあるべき姿の発現プロセスは、試行錯誤を繰り返しながらも、コーディネーター主導からコーディネーター主導+居住者の協力、居住者主導+コーディネーター支援へと推移する中で、大きな目標・環境イメージ の提示から、環境イメージの具体化と居住者の生活イメージへの接近、居住者の生き生きとした生活イメージと環境イメージの具体化、豊富化、当初の大きな目標の継承へといたるものであった。何をあるべき姿とするかを明確にする過程で、居住者とコーディネーター にはそれぞれ異なる役割があることがわかった。互いの得意とするところと足りないところを相補うかたちで協働体制をとれるかどうかが要点である。

[注記]
1)足達富士夫:北の住まいと町並−もうひとつの生活空間、北海道大学図書刊行会、1990年2月
2)同上
3)延藤安弘:集まって住むことは楽しいナ−住宅でまちをつくる、鹿島出版会、1987年12月
4)西山夘三:町並みとはなにか、歴史的町並み事典(西山夘三監修、観光資源保護財団編集)、柏書房、1981年11月
5)小谷部育子:ヨーロッパのコレクティブハウジング その4 スウェーデン編A、虹の旗ニュース 第14号、コープ住宅推進協議会、1994年10月。この論文の中で、もう一つの生活の質の具体的内容として、「静かな、しかし刺激的な成熟した大人の住環境」他7点があげられている。
6)井上赫郎:アメニティ、キーワード50/建築知識別冊ハンディ版 第3号 まちづくりの新しい視点をさぐる用語(重村力監修)、建知出版、1982年11月
7)木原啓吉:海外にみる歴史的環境保存の動向、ジュリスト増刊総合特集 4 開発と保全−自然・文化財・歴史的環境、有斐閣、1976年7月
8)荒谷登:弱さを生かす−地球環境の保全に求められる方向転換と価値づくり計画の必要性、新建築住宅特集 JA house 9008、1990年8月。延藤安弘は、“価値づくりの計画”を「生活者それぞれの価値や目標自体を創造的に発生させる」と定義している。(延藤安弘、ほか2 名:コーポラティブ住宅の計画研究としての方法的位置づけ−ユーコートの特質とその計画原理(1)−、日本建築学会計画系論文報告集、第396号、1989年2月)
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*1 北海道大学助手 *2 柳田石塚建築計画事務所・工修