102号室 R−2さん 04/3/11 入居
| ココイチについて | |
| ココ・イチ。それは南国の果物の一種ではなく、ましてやオセアニアに浮かぶ島の名前でもない。黄色い服と帽子を被った慎ましやかな人々の棲む、カレーライスの楽園だ。その国はいちめんに湯気がたちこめていて、普通よりもややふとった男たちが背の高い丸椅子に座り、平たいカヌーの上で茶色の液体のかかったライスを額に汗を流しながら口に運んでいる。枯葉色の漬物を皿いっぱいに散りばめる者もいれば、スパイスの入った銀色の缶を祈るようにふりたてる者もいる。ココ・イチ。それは自由で、愛にあふれた、カレーライスの聖地だ。 ぼくがその国の新しい住人になったのは二年ほど前だ。やはり普通よりもふとったある仕事仲間が、昼休みにぼくを誘ったのだ。彼は暗殺者のように無口な男で、会話の中で「そうだ」「違う」という短い言葉の占める割合がゆうに八割を超える。ところが彼の外観は頗るひょうきんで、顎の形が分からなくなるほどの豊かな頬を持っていながら、額には真一文字に眉毛が伸びている。そうして常に鷹のような鋭い目つきをしている。そんな彼がココ・イチのテーブル席に着くなり、店員がまだ何も言わないうちから、「ほうれん草カレーに唐揚げとチーズミックスの二辛、普通盛り」と言ったのだ。ところがぼくは勝手が分からないから、しきりにメニューをめくりながら、掌にいやな汗をかいている。店員、その若く美しい女性店員は、穏やかな微笑みを浮かべ、ぼくの傍に立っている。一方、ふとった暗殺者の彼は目を伏せ、一見、何事に対しても無関心であるかのように、腕組みをして坐っている。まるで、誰もが通る道だ、と言わんばかりの、決意をはらんだ唇で…… 「エビ・カツカレーの三辛、大盛りで、お願いします」 やっとのことで注文したぼくに向けて、彼はそっと熱いまなざしを送ってきた。これは後で知ったことだが、この国では、カレーの「辛」の数は勇気を、「盛り」の大きさは寛容さを示す。また具の種類は注文者の宗教的立場を示し、あまり多くの具を載せないことによって、その信仰心の強さを示すことにもなるのだった。ようするに、新参者としては、ちょっと出来すぎなぐらい、ぼくは完璧だったのだ。 三〇分後、汗に濡れた髪をなびかせながら、野猿街道を歩く二人の男がいた。その日から二人は、同じ国に棲む仲間となったのだ。彼の消息はその後知らないが、ぼくはココ・イチの熱い空気に触れるたびに、彼のまなざしを思い出す。 |
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| 2004/3/11 | |