妖怪とりかえっこ

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──そうか・・・そうだったのか・・・
妖獣ジャコールの身体にしがみつきながら、ぬ〜べ〜は訴えた。
「お前の母親は優れた妖怪だ。いかに霊力が強い人間といえども、お前の母親を倒すことなど、できようはずがない。お前は勘違いしているんだ!」
「黙れ!ならばあの時、吹雪の中で聞いた声は一体何だ?」
「おそらくお前の母親を殺したのは、魑魅魍魎達だ・・・」
「魑魅魍魎?」
「嘘をついてお前をそそのかし、人間を憎むように仕向けたのだ」
「魑魅魍魎とは一体何のことだ?」
「この世に憎しみや恨みや怒りを持って死んでいった、多くの人間たちの怨念のエネルギーの集合体だ」
「怨念のエネルギーの集合体?」
「怨念を持ったまま死んだ人間は哀れだ・・・だが、恐ろしい・・・怨念を持ちながら死んだ多くの人たちを封印した結界が、なんらかの理由で破れ、魑魅魍魎となってこの地上に飛び出したのだ。お前の母親はそれを食い止めようとして、再び封印しようとしたのだが、怨念の集合体はあまりにもパワーが強すぎた。それで・・・」
「殺されたというのか?」
ぬ〜べ〜は悲しくうなずいた。
「お前が母親の仇を討ちたいなら、地上に吹き出した魑魅魍魎と対決するべきだ。そしてお前の力で消滅させるのだ」
「ケッ、いいかげんなことを言うな!俺はそんなまやかしの言葉は信じないぞ」
『とりかえっこ』は屈辱の眼で見た。
その途端妖獣ジャコールが吠え、ぬ〜べ〜の体を吹き飛ばした。
「わっ!」
物凄い力に圧倒され、ぬ〜べ〜はもんどりうって地に倒れた。
「ひねり潰してしまえ!」
妖獣ジャコールが倒れたにべの上に馬乗りになって、鋭い斧を振り上げた。
「ぬ〜べ〜!」
広と美樹が絶叫した。
ぬ〜べ〜の体の上に覆い被さった妖獣ジャコールの腕から斧が振り下ろされた。
ガキイイィィン!
金属質な音が弾け、火花が散った。
斧の一撃を鬼の手がまともに受け、ぶつかりあったのだ。ぬ〜べ〜は第一撃をからくも阻んだ。
しかし形勢は明らかに不利だった。ふたたび妖獣ジャコールの斧が振りあがった。
──ダメだ!
ぬ〜べ〜は必死に防御しようとした。
と、その時──突如異変が起きた。
妖獣ジャコールが斧を振り上げたまま混乱したように奇妙な声で吠えた。
「わっやめろ!郷子、邪魔するな!」
妖獣ジャコールは目の前に戦うべき相手のぬ〜べ〜がいるにもかかわらず、その標的を忘れて自ら狂い、暴れだしたのである。
「一体何が起きたんだ?」
ぬ〜べ〜はあっけに取られて妖獣ジャコールの突然の狂態振りを眺めた。広も美樹もポカンと眺めている。
「ウウウウ・・・お前は必ず倒す!人間どもに復讐してやるぞ!」
郷子の体の中から『とりかえっこ』の声がしたかと思うと、いきなり走り出しぬ〜べ〜の目の前から去った。
それと同時に黒い妖気の渦が消え、妖獣ジャコールの姿も消滅した。
「一体何が・・・?『とりかえっこ』の身に一体何が起きたんだ?」
ぬ〜べ〜はその場に倒れたまま、呆然としていた。

[9]

とりかえっこ、は混乱していた。
ぬ〜べ〜を倒す寸前に突然、自分の体の中で郷子の魂が殺戮を阻んだのだ。
郷子の強い意志の働きが、憎しみの妖気を薄れさせ、妖気で創りだした妖獣ジャコールのパワーを弱めてしまったのである。
「郷子・・・おまえは・・・・?」
郷子を完全に牛耳ったと自負していた『とりかえっこ』はうろたえていた。
「私はあなたに憑依され、魂があなたの体に入ってしまったわ。それであなたは新たな力を得た。でもあなたの体に入った私の魂は、私自身のものよ。私が今まで育んできた心なのよ。簡単に操られはしないわ」
郷子の魂がキッパリと言った。
「なぜだ?なぜ、俺に逆らうだけの強さをもてたのだ?」
「────」
郷子の魂は応えなかった。だが強い意志を持てたのはぬ〜べ〜のお陰だと思っていた。
──あの時の・・・ぬ〜べ〜のあの声・・・強烈な妖気のバリアーで防御されていたけれど、その隙間を伝って・・・かすかな声だったけど霊水晶を伝って、私の中にぬ〜べ〜の励ましの声が・・・切れ切れだったけど、確かに聴こえてきた・・・
──『郷子、心をしっかり持て!妖怪なんかに翻弄されるんじゃない。体内に入り込んだ妖怪に取り込まれるな。悪しき力なんかに負けない強い気持ちを持つんだ。お前がしっかりすれば、妖怪を体から追い出す事だって不可能じゃないぞ!』
──それは優しく力強い声だった。妖気の反射帯のようなものが邪魔をして・・・ぬ〜べ〜に私の気持ちを伝えることは出来なかった、でも、私は勇気を持つことが出来た。
郷子は改めてぬ〜べ〜の愛を知った。
「お願い。もう一度だけ、ぬ〜べ〜の話を思い出して!」
郷子は身の危険を承知で、『とりかえっこ』に訴えた。
「俺に命令するな!殺すぞ」
「命令なんかじゃないわ。お願いしているのよ。あなたと私は敵同士じゃない。私はあなたの味方だもの・・・」
「味方だと?この俺の?」
「そうよ・・・確かに私は初めてあなたに憑依されたとき、衝撃を受けたわ。でもすぐ後に、私は奇妙な感触を覚えて戸惑ったのよ」
「黙れ!死にたくなければ黙れ!」
だが、郷子の魂は続けた。
「不安と恐怖がありながらも、なぜか心地よさが体の中に拡がったの・・・」
──この心の高まりはなんなの?胸の奥から湧き上がる懐かしくも、愛しいこの心のときめきは?
「そんな風に感じたわ・・・」
「ふざけるな!」
『とりかえっこ』はこれ以上、話を聞きたくはなかった。母親を殺された恨みがふつふつと沸き、人間に対する怒りの炎が噴きあがった。
「殺してやる!」
妖気を爆発させれば郷子は死んでしまう。『とりかえっこ』は妖気のエネルギーを高めた。
「死ぬことなど怖れはしないわ。だって、大切にしてきた私の魂は、今はもう私の体にないんですもの。魂を奪われた私は、生きていたってしょうがないもの・・・・」
郷子は悲しく呟いた。
「だったら殺してやる!」
「あなたは可哀想・・・」
苦しみながら郷子はポツリと言った。

「──?」
『とりかえっこ』は郷子に注目した。郷子は高まった妖気のエネルギーに苦しみながらも、話し出した。
「私はこの数日間、ふいに意味のない孤独を感じることがあった。あなたが私の体の中に入り込んだとき、それが何なのか、はっきりと分かるような気がした」
──これだわ。なぜか不意に感じた孤独な気持ちは、この妖怪の持つそれと同じ・・・
「そう感じると、みるみる寂しさが募ってきたの。それは単なる寂しさではなかったわ。言い知れぬ孤独感よ。その瞬間、妖怪のあなたをなぜか、哀れに思った」
「哀れに・・・ばかな・・・・」
『とりかえっこ』は戸惑った。
「俺が怖くはなかったのか?」
「確かに怖かった。恐ろしいはずのあなたになぜ、哀れみを感じたのか、そのときの私にはわからなかった。でも、次第に分かるような気がしてきたの。私にとって、あなたは嫌悪するようなものじゃない。むしろ、幼い頃の懐かしい、遠い昔の記憶のぬくもりが感じられるような気がした・・・」
「遠い昔の、記憶のぬくもり?」
「そうよ。生まれたときからあなたと私は、見えない糸でずっと繋がっていた。だから、あなたを他人とは思えない・・・」
「!!」
『とりかえっこ』は絶句した。
「もうじたばたしないわよ。あなたの魂と、私の魂が入れ替わった。悲しいことだけど、いまさら、あなたは私の魂を戻してはくれないでしょうからね。だから死んでもいいの。でも死ぬ前にせめて、お願いが1つだけあるの。私の魂を・・・ずっと愛しつづけてきた私の心を・・・あなたの体の中で、大切に育んでいくって約束して・・・」
『とりかえっこ』は驚いた。
ヘタに話せば、殺されることを承知の上で、命を賭けて訴えてきた郷子に戸惑った。
──本当に人間は、性悪なのか?
『とりかえっこ』は郷子にとどめを刺すことができずに、茫然となっていた。