妖怪とりかえっこ

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「ガオオオ〜ッ!」
妖獣ジャコールは激しく吠え、斧となった腕を振り上げてぬ〜べ〜に襲い掛かった。
斧の刃がヒュンヒュンと空気を切り裂きながらぬ〜べ〜に迫った。
ぬ〜べ〜は横っ飛びして身をかわした。斧の刃がぬ〜べ〜の後ろのコンクリートの電柱を切り裂き、電柱が真っ二つに割れた。
ドドドドドド〜ッ!
轟音を立てて電柱が倒れた。
「キャアアアアッ!」
美樹が悲鳴をあげた。同時に電柱がプチプチと切れ、切断された箇所からチリチリとスパークが起こった。
「郷子、心をしっかりもて!妖怪なんかに翻弄されるんじゃない。体内に入り込んだ妖怪に取り込まれるな。妖怪なんかに負けない強い気持ちを持つんだ。お前がしっかりすれば・・・妖怪を追い出す事だって不可能じゃないぞ!」
ぬ〜べ〜は霊水晶を取り出して郷子に訴えた。
「郷子は・・・郷子はどうなるんだ?」
広は泣きそうになってぬ〜べ〜を見た。
「ぬ〜べ〜、広を助けてやって・・・」
美樹は既にしゃがんで泣いている。
「郷子の意識下にコンタクトを試みた。郷子の強い意志が発露すれば・・・妖怪を拒む気持ちをしっかり持てば・・・追い出す事だってできるはずだ。しかし、強烈な妖気のバリアーで防御されている」
「防御されているだって?」
「そうだ。郷子の体の中で妖気がバリアーとなって囲いを作っている。その反射帯のようなものが俺の霊気を・・・俺の思念体を防御して跳ね返してしまうんだ。俺と郷子の心の接触を断ち切ってしまっている・・・」
広は身震いした。
ぬ〜べ〜は郷子の身体に入り込んだ『とりかえっこ』に向かって訴えかけた。
「今からでも遅くはない。郷子の身体から離れろ!そうすれば見逃してやる」
「ふふふ・・・ふふふふ・・・」
郷子の口から男の含み笑いが聞こえる。
「説得に応じてくれないのなら、力づくでもお前を郷子の身体から追い出してみせる!」
ぬ〜べ〜は霊水晶を掲げ持った。
「広、下がっていろ!」
ぬ〜べ〜が力いっぱい、広を押しのけて身構えると、妖獣ジャコールは大きな口をあけて鋭い牙をむき出した。
「ガオオオオオ!」
地を揺るがすような響きが起きた。
「怨念が渦巻くところに鬼の手あり!」
ぬ〜べ〜が澄んだ声で呟いた。
「喰いちぎってしまえ!」
妖獣ジャコールの鋭い牙がぬ〜べ〜に襲い掛かり、身体の肉を抉り取ろうとした。
ぬ〜べ〜は必死に避けた。が、鋭い牙が肩口を掠め、真っ赤な血がほとばしった。
「ウッ・・・」
ぬ〜べ〜が一瞬たじろぐ。
「ぬ〜べ〜!」
広が叫びを発した。ぬ〜べ〜の肩口からドクドクと血が滴り落ちている。
ぬ〜べ〜は痛みに耐えつつ霊水晶をしっかと持ち、呪文を唱え始めた。


「宇宙天地、興我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在比刻・・・」
霊水晶からおびただしい霊気が噴射し、渦巻く黒い妖気に突き刺さる。
「ぐわあぁぁぁ!」
妖獣ジャコールが叫んだ。だがすぐに体制を立て直した。
「ふふふ・・・俺は人間の魂を得た。膨大な力を得た。もはや以前の俺ではない。お前の霊力ごときで、妖獣ジャコールは倒れはしないぞ!」
「お前の邪心と俺の生徒に対する愛情の、どちらのオーラが強いか確かめてやる。勝負だ!」
ぬ〜べ〜は顔を真っ赤にして叫んだ。
「俺の力で郷子を救ってみせるぞ!」
ぬ〜べ〜はさらに気負って叫び、左手にはめた手袋をバッと外した。
カッコつけマンのぬ〜べ〜のそのクサイ言葉をいつもなら、あざといと思う広だったが、今は違った。
「やっぱりぬ〜べ〜は頼りになる先生だ」
広は心の半分でシラケながらも、心の半分では熱血教師のぬ〜べ〜に感動した。
「我が左手に封じられし鬼よ。今こそその力を示せ!宇宙天地、興我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手 所封百鬼 尊我号令 只在比刻!うおおおぉぉ!」
ぬ〜べ〜は情け容赦なく妖獣ジャコールの頭に鬼の手を突き上げた。
「ギョォォォォ〜ッ!」
鬼の手が炸裂し、妖獣ジャコールの頭から緑の鮮血が飛び散った。
「ひるむな、妖獣ジャコール。霊気が強いとはいえ、この男はしょせん人間だ、俺たちの敵ではない。殺してしまえ!」
『とりかえっこ』の叫びに呼応して、妖獣ジャコールがけたたましく吼えた。
「お前はなぜ・・・・・・?それほどまでして人間を憎むんだ?」
「みんな死ねばいい。俺の親を殺した人間どもを皆殺しにしてやる。俺は誰にも負けないパワーを得た。ギッヒヒヒ・・・」
狂ったような笑い声がした。
「人間がお前の親を・・・?人間には妖怪『とりかえっこ』を倒す力などはない。それは何かの間違いだ!」
「黙れ黙れ、黙れえええ!」
妖獣ジャコールが突進し、牙で襲い掛かった。


──それは何かの間違いだ!
ぬ〜べ〜は地を蹴って飛び、頭上から鬼の手をつき下ろした。が、今度は妖獣ジャコールも素早く動き、鬼の手を避けた。
学校の裏手の道には、穏やかな春の陽の光が輝いていた。
だがぬ〜べ〜と妖獣ジャコールが対峙するその一角だけは霊気と妖気が渦巻き、緊迫した殺気がみなぎっている。
まさに殺戮の嵐だ。
──この妖怪は野獣のごときスピードと強靭さを秘めている。下手に動けば瞬時にして牙の餌食になる・・・
ぬ〜べ〜の体内でアドレナリンが渦巻き、熱い血がたぎる。
妖獣ジャコールの次の動きを見極めながら、ぬ〜べ〜は呼吸を整えた。
──奴は人間に親を殺されたと言った・・・俺が見た夢の中の獣なのか?・・・あいつの心の中を探ってみたい。
ぬ〜べ〜は決意した。
──イチかバチかだ。やるしかない!
ぬ〜べ〜は危険を承知の上で、妖獣ジャコールに突進した。そしてボディに体当たりし心臓部に抱きついた。
「ガオオオォォォォ〜ッ!」
激しく暴れる妖獣ジャコールのボディに必死にしがみつき、ぬ〜べ〜はその胸部に霊水晶をあてがった。
「宇宙天地を司る霊なる力よ。真実の証を知らしめたまえ!」
ぬ〜べ〜は真実を見つけようとして、霊水晶の珠の中を凝視した。パアア〜ッと神秘な霊気が輝き渡り、霊水晶が発光した。
すると──吹雪で荒れる原野が霊水晶に映し出された。


凍てつく冬の北国の山々は激しく降りしきる雪で白一色に染まっていた。
ヒュルルル〜、ヒュルルルr〜・・・
四方八方から吹きすさぶ風が、樹氷を激しく揺らし積もった雪を巻き上げている。
一匹の異様な生き物が樹氷の下に倒れた老いた生き物を、悲しく眺めていた。
妖怪『とりかえっこ』だ。
「お前が生まれたとき・・・お前と入れ替わった人間を・・・探して・・・力を・・・つけるのです・・・そしてやつらを・・・消し去るのです・・・」
そこまで言って老いた生き物はガクッと頭をのけぞらして息絶えた。
「やつら?やつらとは誰なの?」


霊水晶に映る妖怪『とりかえっこ』の記憶の断片を見たぬ〜べ〜は、愕然となった。
──やはり、俺が見た夢は幻なんかじゃなかったんだ。実際にあったことなんだ。本来ならば20歳になって、心も身体も成長したとき、『とりかえっこ』はその人間と入れ替わる。
──予期せぬこの時期に現れたのは、母親が死んだからだったのか・・・そして人間に復讐するために!
『とりかえっこ』の心の中を透視したぬ〜べ〜は、『とりかえっこ』がこの時期に肉体を取り戻しに、人間界に来た理由を知った。
──だとすると・・・夢の中で聞こえてきたあの声は?大自然を司る神々のように威厳のあったあの声の正体は、一体何だ?
ぬ〜べ〜はさらに霊水晶を凝視した。


「ウオオォォォォ〜ッ!」
屍を抱きしめた『とりかえっこ』の慟哭が雪の原野に木霊している。その時、猛吹雪の中激しい風音に混じって、そこからか邪悪な霊気が湧きあがった。
それは神々などではない。
恨みや憎しみや怒りを含み、破壊だけを望む魑魅魍魎たちの霊気だった。
『お前の母親を殺したのは人間どもだ・・・恨め・・・憎め・・・人間どもに憎しみを抱き、人間どもを皆殺しにするのだ』
魑魅魍魎たちの憎しみのこもった、おぞましき声が響き渡った。

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