妖怪とりかえっこ

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[5]

放課後──
掃除が終わった後、広は今日の不思議な現象が気になって、図書室に行った。
職員室に行くと、律子先生がぬ〜べ〜は図書室に行ったと教えてくれたからだ。
夕陽に照らされてオレンジ色に染まった図書室の片隅で、ぬ〜べ〜は真剣な顔をして本を読んでいた。
「ぬ〜べ〜、なに調べてるんだ?」
「広か・・・なんだ?」
「珍しく深刻な顔してるじゃん」
「馬鹿もん、先生はいつだって真剣だ」
「ウソつけ、律子先生がそばにいる時のぬ〜べ〜ったら、にやけちゃって、だらしのない顔をしてるぜ」
「・・・お前、それが尊敬すべき聖職の教師に言う言葉か?」
「だってホントのことじゃねえか」
広はケタケタと笑ったが、すぐに真顔になった。
「ねえぬ〜べ〜、法子のことなんだけど・・・大丈夫かな?」
「ん?その後、法子の身に何か変わったことがあったのか?」
「そうじゃないけど、心配で・・・ねえぬ〜べ〜、法子は悪い妖怪に憑りつかれたんだろ?あの妖怪はなんなの?」
「お前が心配することじゃない。はやく下校しなさい!」
「だって他の学校でも法子と同じように急に暴れだした子がいるってウワサじゃないか。しかもみんな5年生らしいし・・・それに俺、夢のことを色々調べてみたんだけどさ。おかしなことが分かったんだ」
「夢・・・何のことだ?」
広は不思議な夢を見たこと。そして、自分とほとんど同じ夢をクラス中の友達が見たことを話した。
「うむ、それは奇妙だな・・・」
ぬ〜べ〜は眉を曇らせ、持っていた本のページをパラパラとめくり始めた。
「広、それでお前、一体何を調べたというんだ?」
「うん。夢の話を俺のクラスの連中にも聞いたんだ。するとね、驚くことに1組や2組の5年生が全員、同じような夢を見ていたんだよ。そして、他の学年の生徒に聞いてみると、そんな夢は誰も見ていなかったんだ」
「なるほど・・・5年生だけか・・・」
「法子や他の学校の5年生が暴れ回った事件と、俺たちが見た夢と、何か関係があるんじゃないかな?」
「うむ。おもしろい考えだ。おそらくお前の予測は当たっているだろう」
ぬ〜べ〜はそう言うと、一冊の本を広のほうに差し出した。そこには山猫のような姿をした妖怪のイラストが書いてあった。

「これは・・・?」
「とりかえっこ、という妖怪だ」
「え?」
「とりかえっこ、は山猫科の霊長類と言われている妖怪らしい。だが、実態ははっきりしない。この妖怪は生まれた時に、人間の赤ちゃんと魂を交換することが良くある」
「えー!魂を入れ替えてしまう?」
「とりかえっこ、は精神力が弱い。臆病で引っ込み思案だ。だから野生の動物が多い厳しい自然の中で生きていくことが出来ず、死んでしまうことが多いらしい。それで、とりかえっこの親は精神力の強い人間の赤ん坊と、自分の子供の魂を入れ替え、しばらくの間、人間に育てさせるという場合があるんだ。そしてある一定の時期まで、その子が強い心をもつように育ててもらうんだ」
「そんな馬鹿な」
広はぬ〜べ〜の話に耳を疑った。
「そして、とりかえっこはある時期が来ると、人間の体に入り、元の魂を取り替えてから抜け出て、本来の妖怪『とりかえっこ』として生きていくようになるんだ。それは主に人間が20歳になったときが多いといわれている」
「それじゃ、人間が成人式を迎えたときって訳なのか?」
「うむ。しかしそれは人によってまちまちだ。人間の中にもたくましい心を持つ子と、そうでない臆病な子がいるからな。たくましい子の体内に入り込んだ「とりかえっこ」は、20歳になる前にその魂を取り替えて、飛び出してしまうことがある」
「それじゃあ、俺も赤ん坊の頃に妖怪『とりかえっこ』と魂を入れ替えられてるかもしれないのか?」
「ないとはいえないな。お前達が親に反抗するのは、とりかえっこの仕業だとも言われているんだ」
「なんだって?」
「人間は誰でも押さないときから成長するまでの間に、何度か反抗期を迎える。その反抗は人によってまちまちだが、親がしっかり育てているにもかかわらず、子供は反抗する。親や周囲の人たちは子供が反抗するのは、自我に目覚め、精神的に成長したからだと思っているケースが多い。だが、それは『とりかえっこの魂』の妖気が体内で活性化したのが原因ではないか、とも言われている。だがほとんどの人間は、まさか人の体の中に妖怪の魂が入り込んでいるなんて思ってはいない。それで普段は気づかないで暮らしているんだ」
広は自分の体の中に妖怪の魂が棲んでいるかもしれないと思うと、不快で身震いした。

「時々、20歳になった若者が今までとは異なった性格に急に変わることがある。両親や兄弟、さらに周囲の人々はその若者が20歳になったので、大人としての自覚を持って今までとは違った性格になったと思ってしまうが、『とりかえっこ』と魂が交換された場合が多いのだ。時には本人さえ、自分の魂が入れ替わったことに気づかない者さえいる」
「そんなことって・・・信じられないよ」
広は疑い深い目でぬ〜べ〜を見た。
「できることなら俺も信じたくはない」
ぬ〜べ〜はポツリと呟いた。が、ぬ〜べ〜にはある確信があった。
それは法子の体に渦巻く黒い妖気の中から聞こえてきた声の内容からだった。影の声は言っていた。
『・・・ちがう・・・法子ではない。フィットしない。誰だ・・・俺が探している人間は誰だ・・・俺の魂を持っているのは誰だ・・・?』
黒い妖気の声は立ち去るとき、さらに捨てゼリフを残した。
『ふふふ・・・この女の子は俺には合わない。だがいずれは、俺が求める真の魂を見つけ出してみせる・・・ふふふ・・・』
ぬ〜べ〜はその言葉から今回の妖怪は『とりかえっこ』ではないかと判断したのだ。
「いずれにしろ童守町に住む5年生は全員が夢を見たと考えていいな。童守北病院に行った生徒を調べる必要がありそうだ」
「え?童守北病院に行った子を調べるだって?」
「とりかえっこ、は5年生に夢を見させて試しをしたと考えられる」
「試し?何の」
「とりかえっこ、は夢を見た子の中で童守北病院に行った子に注目した。自分の魂が入った子なら、潜在意識の中で童守北病院に興味を持つに違いないと考えたんだ・それで童守北病院に行った子に標的を絞って、つぎつぎと憑依し、自分の魂の持ち主かどうか、確かめているんだと思われる」
広は青ざめた。
「だったら俺だって、夢の中で童守北病院に行った一人だぜ」
「ならばお前にも危険性はある」
「でも変だよ。もしもぬ〜べ〜の言うことが当たっているとしてだよ。どうして5年生のこの時期に、『とりかえっこ』は自分の魂を探しに来たんだろう?」
「問題はそこだ──」
ぬ〜べ〜は前に見た不思議な夢を思い出していた。
だがヘタに恐怖心をあおってはいけないと思い、そのことを広には話さなかった。
「とりかえっこは急に自分の魂が必要になる、何か深いわけができたに違いない。赤ん坊のとき、人間と魂を取り替えた『とりかえっこ』は自分の魂を取り戻したとき、想像絶するパワーを発揮するというからな」
「もし『とりかえっこ』がパワーを得たらどうなるの?」
「ほとんどの場合は人間に害を加えないから心配ない」
そこまで言って話を止めた。
──もし、襲い掛かってきたら・・・人は簡単に殺されてしまうだろう。幸いにも法子に憑依した妖怪はまだ自分の魂を探し出していない。だから、何とか太刀打ちできた・・・
──しかし、もしも本来の魂を得たら、とてつもなく恐ろしいことになるに違いない。
ぬ〜べ〜は体の奥底からこみ上げてくる不安を感じて目を閉じた。
そんな二人の会話を、柱の影でこっそり聞いている人影があった。その人影は興味深そうな眼を光らせ、足早に廊下を走り去っていった。

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