妖怪とりかえっこ

<1> <2> <3> <4> <5> <6> <7> <8> <9> <10>


[4]

「鵺野先生、大変、大変ですわ!」
昼休みの職員室に律子先生が駆け込んできた。
「アチチチチ〜ッ!」
昼食後のお茶を飲んでいたぬ〜べ〜は思わず熱湯をひざにこぼして、慌てふためいた。
「イヤだわ。どうしたんです、鵺野先生?」
「だって急に律子先生が大声を出しながら駆け込んでくるものですから・・・いったい、何があったんです?」
「それが大変なんです。隣の学区の童守南山小学校の5年生がですね、突然暴れだして教室のガラスを割ったり、大騒ぎになったらしいんです」
「なるほど、近頃はだいぶ少なくなったと思ってましたが、校内暴力ですか」
「そうなんですけど、今回は単なる校内暴力とはちょっと違うようなんです」
「違う?どーいうことですか?」
「それが・・・突然、暴れだした女の子は成績の優秀な子なんです」
「学業生成期がいいからといって、暴力をふるわないとは限らないでしょう」
「でもその子、普段はとっても大人しいって評判の生徒なんですよ」
「大人しくて無口な子はともすると、心の奥底に悩みを抱えているものです。不満があっても普段はじっと耐えている・しかし、なにかの折に積もり積もっていた不満や怒りが爆発する。そして暴れ回るなんてことがよくあるものですよ」
「鵺野先生、それは一般論ですわ。私思うんですけれど、今回の暴力事件は少し違うと思ってます」
「どーしてですか?」
「だって、その女生徒は30分ほど暴れ回ったと思ったら、いきなり失神して、目を覚ましたら自分が何をしていたのか、全く分からなかったと言ったそうなんです」
「ふーむ、それは妙な現象ですね」
ぬ〜べ〜は律子先生の話にちょっと興味を抱き始めた。その時、職員室に校長が入ってきた。
「鵺野先生、聞きましたか?小学生が何の原因もなく突然、暴れだした事件を?」
「ええ今、律子先生から・・・で、童守南山小学校の生徒はその後、どんな様子なんですか?」
「童守南山?すると童守南山小学校でも生徒が暴れる事件があったのですか?」
校長が眉をしかめた。
「そうなんです。童守南山小学校に勤務する私の友人が知らせてくれたんです」
「おかしいな?」
校長が腕組みをして考え込んだ。

「校長、どうしたんです?」
「私はたった今、教育委員会から報告を受けたのですよ。谷口小学校、商家町小学校、原川新田小学校、新町小学校、鴨が池小学校の五校で生徒が暴れ回ったという報告です」
「同時多発的に?」
「いや、事件がおきたのはそれぞれ少しずつ時刻がずれている。しかし、似ている部分もたくさんある。まず第一に事件を起こした生徒は、何の前触れもなく突然、苦しみだして暴れだしたこと。そして、30分ほど暴れると急に失神して倒れ、意識を取り戻すと自分が何をしていたのか、全く覚えていないということ。暴れた子達は普段は真面目で、暴れだすような原因がないこと・・・」
「それは・・・もしかしたら・・・」
ぬ〜べ〜はすぐにある予測をした。
「もしかしたら?」
律子先生と校長が同時似ぬ〜べ〜を見た。
「その生徒達はよからぬ霊に一時的に憑依されたのかもしれませんね」
「憑依ですって?」
律子先生の顔がみるみる青ざめていく。
「まだ確かなことはいえませんが。が、おそらくなんらかの原因で悪霊がその子たちの体内に入り込んだ。そして、その子たちの心に乗り移った。そう考えるのが自然です」
「イヤだあ!鵺野先生ったら、また何でもかんでも悪霊のせいにして!でも、私が乗り移られたらどうしましょう?」
怖がりや律子先生は体を震わせ、助けを求めるようにぬ〜べ〜を見た。
「いや、その心配はないと思われます」
校長が律子先生に言うのを見て、ぬ〜べ〜は怪訝そうにたずねた。
「校長、まだ何か?」
「うむ・・・不思議なことに・・・各小学校で暴れ回った生徒達は、みんな5年生ばかりなのだよ」
「小学5年生ばかり?」
「そうなんだ。他の学年の子はいない。これは偶然とは思えんのだよ。鵺野先生、我が童守小学校にもこの恐ろしい事件がいつ起こるとも限らんので・・・特に5年生を中心に十分注意をしていてください」
「わかりました!任せてください」
ぬ〜べ〜はきっぱりと応えたが、言い様のない不安を覚えた。
──突然、子供達が暴れ回った。得体の知れない霊に憑依されたに違いない・・・しかも、小学5年生ばかり・・・
──なぜ、5年生に特定されているのか?これはどういうことだ?何が起きようとしているのだ?
──まさか・・・俺が見たこの間の夢と何か関わりがあるのか?
ぬ〜べ〜はこの時、これからとてつもない悪い事件が起きそうな気がした。
そしてその不安は1分もしないうちに現実のものとなった。
ぬ〜べ〜が教室に行って注意を促そうとした矢先に異変が起きてしまったのだ。

「ぬ〜べ〜、早く教室に来て!法子が!法子が!」
郷子が血相を変えて走ってきた。
「法子が?どうした?」
「突然暴れだしたのよ」
「なんだと?」
ぬ〜べ〜はすばやく立ち上がり、職員室を飛び出すと、郷子もそれに続いた。
「なんだか分かんないけど、お昼を食べ終わった途端にね。法子ったら急に咳き込んだかと思うと、そばにいた克也とまことを殴り始めたのよ。それから掃除用のモップを振り回して大暴れ!椅子や机をひっくり返したり、窓ガラスを割っちゃったりして。広と勝が止めようとしたけど、物凄い力ではね飛ばして、大騒動なのよ」
ぬ〜べ〜は興奮してしゃべる郷子の声を背後に聞きながら教室へと急いだ。
──ついに魔の手は童守小学校に・・・
ぬ〜べ〜は左手に封印した鬼の手を使わなくても済むことを祈りつつ、廊下を走った。
ガシャーン!バリーン!
5年3組のの教室からガラスの割れる音や物が壊れる音がした。
「どうした、法子!」
ぬ〜べ〜が教室の中に飛び込んでいくと、眼をギラギラと充血させた法子が掃除用のモップを振り回しながら暴れていた。
「ぬ〜べ〜、法子を止めてくれ!」
床に倒れていた広が訴えた。法子にモップで殴られたのだろう、広の額には大きなコブが出来ている。
その側には意識を朦朧とさせた勝と克也が倒れていた。失神寸前だった。
さらに教室の片隅には美樹やまことや秀一や、静や晶などの生徒達がブルブルと震えていた。
ぬ〜べ〜が教室に入ってきたのを見た法子は充血した赤い眼をギラリと光らせた。
「法子!?」
ぬ〜べ〜は法子の眼を見た。その眼は明らかに普通ではない。何か得体のしれぬ魔物に憑りつかれている眼だった。
しかも、法子の体からは異様な妖気が噴出し、周囲に渦を巻いている。
「妖怪か?出て来い!なぜこんなことをする?」
ぬ〜べ〜は霊水晶を取り出して身構えた。その途端、法子が狂ったごとく、ぬ〜べ〜に襲い掛かった。
「ガアアアアア!」
飛びかかった法子が口を開け、ぬ〜べ〜の左肩にガッと噛み付いた。
「法子、やめろ!」
ぬ〜べ〜は懸命に法子の体を引き離そうとした。が、思いのほか法子のパワーは凄く、簡単に体を引き離すことが出来ない。
──これは法子の意志じゃない。妖怪に憑依されている・・・法子の体から妖怪を離脱させねば!
ぬ〜べ〜は左肩に痛みを覚えつつも、霊水晶を高く掲げ持って呪文を唱え始めた。

「宇宙天地、興我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手・・・」
すると、法子の体の中から震えるような男の声がした。
「よけいな邪魔だてをするな。命を落とすことになるぞ」
「誰だ?お前は誰なんだ?」
ぬ〜べ〜は法子の体内に宿る妖怪に向かって叫んだ。だが、法子の体の中から聞こえてくる声はぬ〜べ〜の質問には答えず、わけのわからないことを呟き始めた。
「ちがう・・・法子ではない。フィットしない。誰だ・・・俺が探している人間は誰だ・・・俺の魂を持っているのは誰だ・・・?」
「なんだと?お前の魂?いったいお前は何を探している?」
ぬ〜べ〜は見えない妖怪に向かって問い掛けた。
だが答えはなく、法子がいきなり激しく手を振った。その指先から暗黒色の妖気が走り、ぬ〜べ〜を取り巻いた。妖気は細かい粒状の集合体だが、鋭くとがった針のようにぬ〜べ〜の体に突き刺さった。
「ウッ・・・」
ぬ〜べ〜は苦痛に顔をゆがめた。
──このまま妖気を浴びていたら、致命傷になるかもしれない・・・
ぬ〜べ〜は苦痛に耐えながら叫んだ。
「法子から離脱しろ!」
だが、黒い妖気はゆらいだだけた。そのゆらぎの中にかすかだが、黒い妖怪の影が輪郭を現しはじめた。それは獣のように見えた。
夢で見た獣に似ていた。
「宇宙天地、興我力量 降伏群魔 迎来曙光 吾人左手・・・」
再び、ぬ〜べ〜が呪文を唱え始めると、ぬ〜べ〜に噛み付いていた法子のパワーがみるみる弱まっていく。
「所封百鬼 尊我号令 只在比刻!」
ぬ〜べ〜は無心の境地でさらに呪文を続けた。
「グッ・・・・ググググ〜ッ!」
黒い妖怪の影が悲鳴をあげた。法子に憑依した妖怪が苦悶の叫びを発したのだ。
だが、次の瞬間渦巻く妖気が一か所に収束し、一条の黒く長い妖気の槍となった。
殺傷力の高い凶暴な妖気だ。
その鋭い妖気の槍が一直線に伸び、ぬ〜べ〜に襲い掛かってきた。危ういところでぬ〜べ〜は攻撃を避けた。
それを見た妖怪は間髪入れずに第二派攻撃をしかけてきた。
──はやい!
第二派攻撃を予測していたぬ〜べ〜は横っ飛びして避けた。その耳の側にヒュッと鋭いうなりがかすめる。
直後、第三派攻撃が仕掛けられた。
「あっ!」
ぬ〜べ〜は咄嗟に身をかわそうとした。だが遅かった。ぬ〜べ〜の左肩に鋭く尖った妖気が突き刺さった。
熱い衝撃が走り、思わずバランスを失う。ぬ〜べ〜は焼けるような痛みに耐えた。
「ククク・・・死んでもらう・・・」
妖怪の影が勝ち誇ったように笑っている。全身が激しく痙攣(けいれん)し、ぬ〜べ〜は闇の世界に落ちていく錯覚にかられた。
全身が虚脱感に包まれる。

──手ごわい奴・・・
ぬ〜べ〜ははやる気持ちを抑え、戦いに駆り立てる内なる心の全てを解放して、心を無にした。
心の奥底から新たな闘志が湧き上がる。法子を助けたいという熱い思いが強く突き上げてくる。
周囲の空気と自分の存在が一つに溶け込むように無心の状態を保ち、息を止めて、黒い妖気の渦の流れを読もうとした。妖怪が動けばそのわずかな妖気の流れで存在がわかるのだ。
その時、かすかに妖気が流れた。妖怪が動いたのだ。
──今だ!
ぬ〜べ〜は瞬時に決断し、床を蹴って飛び跳ね、妖気の流れた中心に霊水晶を投げた。
「グワアアアアア!」
カエルを押しつぶしたような悲鳴がした。
──標的にヒットした!
ぬ〜べ〜は再び霊水晶をつかみ、狙った標的に向かって投げつけようとした。
その直前、黒い妖気の渦がパーッと拡散し、みるみるうちに消滅していった。ぬ〜べ〜は敵対する標的を失って、虚空に視線を泳がせた。標的が忽然と消えたことに戸惑いを感じ、緊張した。
その時、不気味な笑い声がこだました。
「ふふふ・・・お前は人間らしからぬ強烈な霊力の持ち主だ。しかし、これ以上余計な邪魔をしないほうが身のためだぞ・・・」
「なぜ子供達に憑依する?」
「ふふふ・・・この女の子は俺には合わない。だがいずれは、俺が求める真の魂を見つけ出してみせる・・・ふふふ・・・」
声は含み笑いを残しながら消えていった。それと同時に周囲に渦巻いていた黒い妖気も消えてしまったのである。
「ぬ〜べ〜!」
広達が駆け寄って来るのを眺めながら、ぬ〜べ〜は左肩の痛みにじっと耐えた。
左肩の服は真一文字に切れ、皮膚からは真っ赤な血が流れ出していた。
「法子、しっかりしろ!」
ぬ〜べ〜は気絶して倒れた法子を抱き寄せて、意識を戻させようと平手で頬を軽く叩いた。
「・・・私・・・何をしていたの?」
ぬ〜べ〜の腕に抱かれた法子が眼を覚まして、惚けたようにポツリと呟いた。
「何も覚えていないのか?」
「ええ・・・何も・・・」
法子はうつろな眼で、ぬ〜べ〜や戸惑っている他の生徒達を眺めた。
「よかった・・・」
ぬ〜べ〜は安堵のため息をついた。だが、全てが解決したわけではない。勝利の満足感はなかった。
妖怪が誰か他の生徒に憑依する危険は残ったままだった。


              


<BACK>                                     <NEXT>